第5話 見届け人の少女 3

 なんで? どうして??

 私が叫んだから!?


ーー逃げなきゃ!!


 そんな考えが脳内に浮かぶも、少女の意志に反して、体から力が抜けていく。


「ぃ、ぃゃ……」


 柵に背中を押し付けた彼女の耳に聞こえて来るのは、迫り来る足音と木の葉が散る音。


 全長2メートルほどの小さな竜リトルドラゴンが、目と鼻の先に迫っていた。


「いや…………」


 全身から冷や汗が流れだして、視界が滲んでいく。

 心臓の音は有り得ないほど大きく、全身が脈打つ。


 緑色の巨体が、右から2体、左から3体。


 迫り来るスピードは、少女が走るよりも遥かに早い。


 魔避けの香水も、姿を見られれば意味がなかった。


 思い浮かぶのは、王都に残して来た弟の姿。


 たった1人の、家族の姿。








「立ちなさい!!!!」






「ぇっ……?」




 不意に誰かの声が通り過ぎた。


 聞こえてきたのは、背中の向こう側ーーメアリの声。


「アナタ名前は!!」


 なまえ?


 鋭い牙を剥き出しにしながら、化物が目の前に迫っている。


 死の足音が迫り来る。


 もう5メートルもない。


「なんで、名前なんかーー」


「良いから早く!!」



 

「……リリ! リリです!」



 手足は動かずとも、口だけは不思議と動いていた。


 背後からホッとした吐息が聞こえ、少女のーーリリの足元が輝き出す。


「マッシュ、お願い。リリを助けてあげて」


 キュ! なんて言う、何かの鳴き声が聞こえた気がした。


 不意に感じたのは、持ち上げられるような浮遊感。


「ぇっ? えっ? え??」


 気が付くと、ぷにぷにとした何かが、お尻の下にあった。


 メイド服のふわりとしたスカートに隠れるように、リリの体が持ち上がる。


「きゃっ!」


 その何かがポヨンと跳ねて、飛びかかってきたリトルドラゴンの顔を蹴り飛ばす。


 そのまま身を翻して、リリの体ごと木の柵を飛び越えた。


 次いで感じたのは、プニプニとした物を下敷きにする感覚。


「っ!!」


 慌てて振り向いた先に見えたのは、柵の隙間に顔を突っ込んだ、リトルドラゴンの姿だった。


 食いしばった鋭い牙の隙間から、だらだらと唾がたれている。


 肉食竜特有の鋭い視線が、リリを捉えて離さない。


「みんな、お仕事よ」


 落ち着いたメアリの声が、恐怖に身をよじるリリの耳に聞こえていた。


 柵の上、柵の外、リリの側。


 足を止めたリトルドラゴンを取り囲むように地面が光り、無数の魔法陣が浮かび上がる。


「きゅ!」「きゃ!」「にー?」「みゅ?」


「おおきな、きのこ?」


 プルプルの大きな傘に、ぽてんとした丸い胴。


 可愛らしい目が特徴的な大きなキノコたちが、魔法陣の中から顔を覗かせていた。


「ねぇ、マッシュ。あそこにいるリトルドラゴンを倒してもらえるかしら?」


『キュ!』


 ピョコンと魔法陣から飛び出して、視界を埋め尽くしたキノコたちが、一斉にぷるぷるボディを震わせる。


 弓や剣、鉈やノコギリなどなど。


 傘の中から手入れの行き届いた武器を取り出した彼ら? 彼女ら? は、大きな傘とぷるぷるボディを駆使して、リトルドラゴンたちに飛びかかっていく。


 槍を投げ、矢を撃ち、双剣で斬りつける。


「キャン!」


 その中には、自身の10倍はありそうな大木を切り倒して振り回す、剛のキノコもいた。


 剣と弓の連携で動きを止めて、黒い木でトドメを刺す。


「すごい……」


 なるほど、メアリが生き残れた理由は、この子たちなのか。


 ってか、何これ!?


 え? 本当に何なの!?


「ねぇ、リリ。一緒にお茶でもどうかしら?」


「え? え??」


「大丈夫よ。うちの子たちは強いから」


 うん、それは否定しないし、出来ない。


 でも、これ、なに?


 そんな思いが、リリの中を渦巻いていた。

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