第3話 見届け人の少女

 メアリが魔の森に入ってから3日が過ぎたその日。


 見届け人を命じられたメイドの少女は、メアリの遺体を確認するために、滞在先の宿を出ようとしていた。


「朝御飯おいしかったです。御世話になりました」


「あいよ。気を付けて行くんだよ? 魔物避けは持ったね?」


 宿の女将さんが、恰幅の良い体を揺らしながら、頭を撫でて見送ってくれる。


 もう子供じゃないと思っていても、母がいたあの頃に戻れたようで、ちょっとだけ嬉しかった。


「もちろん大丈夫です! あれがないと恐くて森の中なんて……、なんて……、ぁっ、あれ……?」


 鞄の中を見ても、お目当ての瓶がない。


 ひっくり返して覗いてみても、やっぱりなかった。


「……ひゅっ!! とってきます!!!!」


 慌てて部屋に立ち返り、魔物避けの香水をひとふり、ふたふり。


 弟が、可愛いね、と褒めてくれるショートボブの髪を小さく揺らしながら、全身に振りかけていく。


 夜間に出てくるような高レベルの魔物に効果はないけど、日が出ている間は心配ない。


「バッチリです」


「そうかい。気を付けるんだよ?」


「はい!」


 失敗、失敗、とハニカム少女が、クルリと背を向ける。


 森の方へと視線を向けて両手を開き、深呼吸をひとつ。


「……うん。よし!」


 この日の為に新調したメイド服の袖口をギュッと握って、前を向く。


 1歩、2歩と、慎重に。


 その足取りが速まる事もないまま、少女の小さな背中が、森の中へ消えていった。


「確認しない見届け人も多いんだけどね。真面目と言うか、何と言うか……」


 天災、魔物、戦争、生贄。


 死がすぐ側にあって、遺体を見る機会も多いとは言え、心への負担は軽くない。


 逃げることも許されずに生きたまま魔物に食われた遺体を確認するなど、大の男でも逃げ出したくなる。


 しかも彼女の場合、生前の楽しげな姿を確認して、言葉まで交わしていた。

 

「美味しい物でも作っといてあげるかね」


 何もない小さな村だが、傷心した少女をもてなすことくらいなら出来るだろう。


 少女の背中が消えた木々の隙間を見詰めた宿の女将が、ふぅ、と小さな溜息を吐き出していた。

 



☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆




 初日の夜に生きながら食われるか。


 運良く2日目まで生き残って、絶望の中で食われるか。


 どれだけ上手く隠れても、3日目までは生き残れない。


 それが魔の森の掟だった。


「昨日の地点から、北に1キロ。そこから動いてないみたい……」


 貸し与えられた探索のペンダントを握り締めて、メイドの少女がメアリの元へと進んでいく。


 動いていない、と言うことは、そう言うこと・・・・・・なのだろう。


 不意に思い浮かぶのは、3日前に見た、上品に笑うメアリの姿。


 威張り散らす貴族たちとは違って、何だか優しく見えた。


 たげと、今はたぶん……。


「お仕事、お仕事だから!」


 ブンブン、と頭を横に振り、止まりかけていた足を前に出す。


 苔むした木の根を踏みしめて、大木の隙間を通り過ぎた。


ーーそんな矢先、


「え…………?」


 不意に感じた眩しさに、目を細めて、額に手を添える。


 薄暗かったさっきまでとは、見える景色が明らかに違う。


「お日様……」


 鬱蒼とした木々が忽然と消え去り、遮る物のない太陽の光がサンサンと降り注いでいる。


 見えるのは、押し固められた土の地面と、丸太を組み合わせた柵の姿。


 田舎の放牧地を思わせるその中央には、ゆったりとした椅子があって、


「いらっしゃい。温かいお茶と、冷たいお茶。どっちが好きからしら?」


 罪人メアリが、優雅にお茶を楽しんでいた。


 死体じゃない。

 生きている。


「なっ……」


「な?」


「なんですかこれーーーーーーーー!!!!」


 キラキラと輝く光を浴びたメイドの少女が、力の限りに叫んでいた。

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