第10話

 唐突にそう言ったのはトラヤさんだった。

 今までずっと沈黙を保っていた人物に反応して、ユキシロが銃口を向けるが、そんなことをしても無駄だと気づいたのだろう、すぐに俺の方へ戻してきた。


「よく持たせてくれたね、タカナシ君」

「トラヤ、お前何を言って――」


 ユキシロの台詞は再び遮られた。今度は誰の台詞でもない、外から響いた爆音――プロペラの音――に掻き消されたのである。サンタ(悪)の軍勢がざわめき始める中、俺はまったく理解が追い付かなくてじっと銃口を見詰めていた。

 トラヤさんはすべてを承知の上でいるようで、落ち着いた声で言った。


「ヒトキュウマルマル、作戦コード『ケーキ入刀』――開始だ」


 その次の瞬間に俺は、突然向こうの窓ガラスの一面にひびが入り、豪快な音を立てて砕け散るのを、何の予備知識もなく目の当たりにすることとなり、度肝を根こそぎ引っこ抜かれた気分に陥った。

 さらに重ねて、この部屋に入るための大扉の方からも轟音と銃声と怒号とが雪崩れ込んできて、俺はいよいよ混乱の境地に立たされるのであった。


「まさかっ――まさかお前ら、囮……っ!」


 大混戦のさなかでありながら、トラヤさんは変わらぬ威風堂々とした振る舞いで立ち上がると、俺の前に立った。その手には小さなペンナイフが握られていた。断ち切られた縄がはらりと床に落ちる。


「持ち物まで検められなくて助かったよ」


 そう言ってトラヤさんは懐中時計を取り出し、「あぁ、時間ぴったりだ」と満足げに呟いた。

 それから時計の側面にあるネジのような突起を押すと、蓋裏に付いていた赤い光が緑色に変わった。

 俺の脳内でネオンのように点滅し出す――《ALL GREEN》――万事円満、計画通りとほくそ笑む言葉。


「観念するのだな、ノリシロ。これでこの地区、今年のクリスマスは安泰だ」

「っ……!」


 ユキシロは唇を噛みしめて、名前のミスを指摘する余裕もないようだった。


「まだ分からないんだな、トラヤ……お前らが何度僕らを阻止しようと、来年には第二、第三の僕らがまた現れる。クリスマスがある限り、無謀な夢を語る奴らがいる限り、僕らは永遠に不滅なんだ!」

「あぁ、そうだろうな。だが安心しろ。その時は何度だって、我々が相手になってくれる。永遠に終わらないイタチごっこだって、付き合ってくれる相手がいれば、それなりに楽しいものだろう?」


 トラヤさんがブーツの中に手を入れると、そこからもう一回り小さな拳銃が現れる。


「Merry Christmas. また来年」


 撃鉄が落ちた。


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