第5話
時が三時となり、ビルの陰から大通りを覗いていたトラヤさんが「……始まったな」と呟いた。トラヤさんの背後から俺も通りを見てみると、深く俯いて微動だにしないサンタがいた。
「向こうに狙撃班がいるのでね。彼は悪サンタだったのだが、今まさに撃たれたのだ。見ていろ、じきに――ほら」
トラヤさんが言うと同時、サンタがぱっと頭を上げて、さっきまでとはまるで違う穏やかで無垢な微笑みを浮かべた。
「悪サンタも、元々は良きサンタだったのだ……」
絞り出すようにそう言って、トラヤさんはふと振り返った。
「私たちもそろそろ行くとしよう。装備は整っているね」
「はい」
「よろしい」
最初は制圧戦に参戦する、と言ったトラヤさんに従い、俺たちは移動を始めた。
「三丁目の裏通りが激戦区となっているようだな。私たちも加勢に行こう」
「悪サンタは反撃してくるんですか?」
「それはもちろん。あぁ、安心したまえ、死ぬことはないよ。ただ――」
「ただ?」
「我々が悪サンタを良きサンタに戻せるように、悪サンタの弾丸は、良きサンタを堕落させる力を持つ。ヘッドショットなら一発でアウト、ハートショットなら二発目で、それ以外の箇所なら、多少なり個人差があるが、五、六発で完全に悪サンタとなるな」
だから、なるたけ当たってくれるなよ――トラヤさんは緑色の両目を爛々と輝かせながら、こう続けた。
万が一の時は、躊躇わず私を盾にしてくれたまえ、と。
そこには何やら悲壮な決意が含まれているように感じたが、高々バイトに過ぎない俺には何を言うことも出来ず、無様にも口籠ってしまい、そうこうしている内に、トラヤさんはまるで何事も無かったかのように飄々と歩き出していた。
俺は意図せず興味を抱いていた。
トラヤさんはどうしてサンタになったのだろう。どうして骸骨のマスクを着けているのだろう。どうしてトラヤさん以外に遊撃隊のメンバーはいないのだろうか。誰もバイトに来なかったら、もしかしたらトラヤさんは独りきりで戦っていたのでは――
「どうした。何かあったのかい、タキダシ君」
気付くと、トラヤさんがひょいと振り返って、どことなく不思議そうな光を宿した緑色の両眼でこちらをじっと見ていた。
俺は慌ててかぶりを振る。
「いえ、何でもありません」
「そうか、それならいいのだが」
「……それより今、僕のことなんて呼びました?」
トラヤさんは寸の間考え込んで、思い出したように言った。
「……タカナシ君、な。分かっていたよ、うん、分かっていたのだ」
いい加減覚えてきたぞ、と何度も頷きながら、タカナシ君、タカナシ君、とブツブツ繰り返しているトラヤさんは、その風貌と相まって正直不審者にしか見えなかった。トラヤさんには悪いが、骸骨に延々名前を呟かれていると、なんとなく呪われているような気になってくる。俺はそういう精神攻撃に弱いのだ。
耐え兼ねて俺は口を出した。
「あー、あのー、トラヤさん。三丁目って――」
「しっ」
唐突にトラヤさんは立ち止まって、壁際に寄るよう手だけで指示してきた。
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