喋る黒兎ダル

(だいぶ遅くなってしまった·····和恵ばあちゃんは、急患でもいない限り、もう寝てるだろうな·····)


 深夜遅くの会社からの帰り道、あくびを噛み殺しながらミカは、祖父から受け継いだセダンを走らせていた。


(部長も急に昇進したせいか、上にいい顔したいからって急に採用計画変更とかしないで欲しい。こちらだって初めの予定で準備を相当時間をかけて整えているんだ。それが、また1からやり直しだ。どれだけ時間がかかると思ってるんだ!

課長は尊敬出来るいい人だが、部長は上への点数稼ぎばかりだ。

そういや死んだ銀じいちゃんも「権力を持つと、大半の人間が腐敗する。腐らないのは、強い使命と志を持つ人間だけだ。」って言ってたな。

部長は、完全に前者の権力持って腐敗する側の人間だな。人事部内の人事に失敗してるんだから、笑えない話だ。

和恵ばあちゃんは「誰に対しても、感謝と共感と尊敬を忘れてはいけない」っていつも言うが、まだ私はそこまで人間ができていないな)


 ストレスと眠気でイライラしながら、海沿いの崖道を急ぐと、黒い塊が道の真ん中にポツンとあるのが目に入った。


(なんだゴミか?)


 黒い塊に、ぴょこんと2つの耳が生えた。


(ウ、ウサギ?!まずいブレーキが間に合わない!!)


 慌ててきったハンドルの先にあったガードレールは、海風で錆びて強度を失っており、あっけなく外れ、車は崖から海へ転落した。




◇◇◇




「ハッハッ·····ハクしょーいっっ!」


「よかった!やっと目を覚ましたウサか!鼻の下を僕の尻尾でくすぐった甲斐があったウサ」


 じっとりと濡れて冷えた感覚に体を震わせつつ、目を開けると目の前に黒兎、その背景に純白の白浜とエメラルドグリーンの海が広がっていた。


「えっと·····私は車で事故ったはずで·····うさぎの言葉も聞こえるはずないわけで·····ってことはここ天国?」


「えぇ!僕の言葉が分かるウサか!すごいウサ!僕の名前はダル!轢き殺さないでくれて有難ウサ!お礼に魂だけ僕の世界に連れてきたウサ」


「魂だけって·····え!なんで!この体、私の体じゃない!」


 色白で華奢な自分の手を見て、仰天した。


「何この服!」


 びしょ濡れでよれているが、ヨーロッパの昔のお姫様が来てそうな、華美なレースのドレスを見てギョッとした!

 未だかつて伸ばしたことが無いほどの髪の長さとその明るい紫の色を見て、恐る恐る引っ張って確かめてみると自分の頭皮が痛い。


「なにこれ、なにこれ!私はダレ?ここはドコ?」


「まあまあ。落ち着くウサ。僕が順番に説明するウサ」



 黒兎の話によると、どうやら私はヒロコが貸してくれたゲームで悪役令嬢と呼ばれていた、サムグレース王国王子の婚約者、ミッシェル・ラビに転生したとの事だ。

 そして現在は双子の兄ミカエルと、ラビ家の当主で現王に仕える父親と共に、海に母親の供養に来て(この国では海に散骨し、海に墓参りするらしい)、事故に遭い2人が死亡しミッシェルが生き残った直後だという。ミッシェル自身の魂は事故のショックで消失してしまったとの事だ。

 にわかには信じ難い話だったが、銀じいちゃんが昔「人が作った話の世界というのは、パラレルワールドという形で存在する。多くの読者がいる話の世界ならば、思念が強い分なおさらだ。」と言っていたのを思い出した。

頑健な銀じいちゃんの似合わないカタカナ言葉と、ロマンチックな内容が印象に残って妙に覚えている。幼かった私に夢を持たせてくれるために言ったのかと思っていたが、こうなってみるとあの話は真実だったのだと思う。

ヒロコもこのゲームは人気だと言っていたし、プレイしてる人の思念によるパラレルワールドと言うやつなのだろうと、心は追いつかないが無理やり頭を納得させた。


「まあ、事故の詳細は重たいから後で話すとして、何かここまでで質問あるウサか?」


「色々あるけど·····まずは、双子の兄ミカエルとミッシェルは一卵性双生児?」


「ソーセージ?食べ物のことかウサ?」


「あーいや、食べ物のことではなく、ミカエルとミッシェルの見た目は似ていたのかと聞いてるの」


「似てた似てた!髪型が同じだった幼い頃などは、見分けられるの父親か主治医のトムぐらいだったウサ。間違われるのが嫌でミッシェルは長い髪と女らしい服になったウサ」


「ミカエルの使獣も黒兎だったの?」


「僕そっくりの黒兎のルク·····主が死ぬと使獣も死ぬから、もうこの世にはいないウサ。·····いい奴だったウサ。ルクの分まで僕が生きるウサ」


「そうか、本当に残念だったね·····。私も必死に生き残るよ。ダルが死なないためにも。·····ちなみにミカエルは声変わりはもうしてるの?」


「コエガワリ?えっと?食べ物のことウサか?」


「食べ物のことではないよ。ダルはお腹すいてるの?ミッシェルとミカエルの声は似てるのかと聞いてるの」


「似てる似てる!僕でさえ時々、聞き間違えるほどだったウサ」


「そうか·····そうと決まれば善は急げ、多分これから助けが迎えに来る流れだろうから、その前になんとかしなくては。そこに流れ着いてるのはミカエルの剣?」


「あのエメラルドの飾りは間違いないウサ」


 ミカは剣を拾い上げスラリと抜くと、耳元から髪をザックリと切り落とし、髪の毛を海にばらまいた。


「どえー!なにするウサ!」


「この世界がゲームした人達の思念で作られたパラレルワールドならば、ミッシェルは『どうあがいても死刑になる』存在でしかない。生き残るために私はミカエルとして生きる!」


「ええ!無理あるウサ!ミッシェルは胸も大きい方だし!父親を助けに海に入る時にミカエルが脱ぎ捨てた服なら、そこの流れ着いてる小舟の中にあるだろうけど·····」


「服があるのは助かった!胸はこのコルセットをずりあげて·····こうする!」


 ミカは胸をコルセットに押し込み、手早くミカエルの服に着替えた。


「すごい。本当にミカエルにしか見えないウサ。·····む、助けがきた音がするウサ」


「え!私には聞こえないけど、どのくらいの距離で誰が来た?」


「自分で聞くのが早いウサ。『使獣よ我に力を』って唱えるウサ」


 理解が追いついてないまま、ミカは『使獣よ我に力を』と唱えてみて驚いた。

イヤホンを付けたかのように、急に音が聞こえてきたのだ。

 

馬車の音と、老婆の声が聞こえてきた。


「ああ、お願いします。どうか息子のジェームズと孫のミッシェルとミカエルが無事でありますように。ジェームズも『午後まで戻らなかったら海辺を捜索してくれ』なんて、不吉なこと言い残していくから、無駄に心配してしまうわ。御者さん、海まで後どのくらいなの?あと5分?ああ、どうかみんな無事でいて·····」

 ブツンとイヤホンを切ったように突然、音が途切れた。


「これが使獣の力か!すごいな!ミカエルのおばあちゃんが5分後にこの海岸に着くらしいよ!」


「使獣の力は1日この位が限度ウサ。使いすぎると使獣の早死につながるし、主の耳を損なうことになるウサ」


「え!ダルの早死に繋がるなら、もうこの能力は使わないよ!」


「ミカは優しいウサな。大丈夫!能力使うのは全力疾走する事みたいなもんで、1日1回程度なら健康にいいはずウサ·····でもお腹すいてる時に能力使うのは良くなかったウサ·····僕がバカだったウサ·····」


「え!ダル!しっかりして、ダル!死なないで!」


 ぐったり横になってしまったダルを抱いて叫んでいると、ダルから寝息が聞こえてきた。


「なんだ、寝たのか、ビックリした·····色々あった直後だろうに質問攻めして、知らなかったとはいえ能力まで使わせてしまって、無理させちゃったのだろうな·····」


 ダルが生きていたことへの安堵に胸をなでおろしてると、ミカエルの祖母のサーシャお祖母様が泣きながら駆け寄ってきた。

 サーシャお祖母様に状況を説明し、なだめたあと、馬車にて屋敷へ向かうことになった。

 馬車からの景色を見てこの国について少しでも学びたかったが、抱っこしているダルの温もりと馬車の揺れからくる睡魔にミカは抗えなかった。

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