第55話 びっくらホイ☆魔遣社社長の正体
目の前で
「……キューブロ殿、なんでフラフラと歩いているのでござる?」
不意に背後から霧須手さんが声をかけてくる。が、私には何も見えない。振り返ってみるが、そこには霧須手さんの姿はなく、ただ真っ暗な瞼の裏のみが見えるだけだった。
嗚呼、霧須手さん、あなたは一体、どこにいると言うんだ。
「……なんで薄目になりながら、拙者の顔をペタペタと触ってくるのでござる」
霧須手さんに冷静にツッコまれ、茶番に飽きてしまった私は、目を開けて、しっかりと霧須手さんの顔を見た。霧須手さんは至って真顔だった。
「……いや、なんというか、もうちょっと余韻を味わっていたかったのかな、て思ったんだけど」
「余韻?」
「いや、だって、あんなにいがみ合ってた仲間とわかり合えたんだよ? もうちょっとこう……ねえ? 色々話したい事とか、積もる話みたいなのがあるかなーって、思って、私なりに気を使っちゃったんだけど……」
「ふむ、話したい事、でござるか」
「なのに霧須手さんってば、私が霧須手さんを置いて先へ進もうとしたら、何食わぬ顔で『おや、どこへいくのでござるか? 拙者もいくでござる』とか言って、後ろ付いて来るからさ、ちょっとビビっちゃって……。あの子たちもあの子たちで、特に何も言わないで、そのまま階段から下へ降りて行っちゃうし……」
「まあ、仕事は仕事でござるからな。今回の拙者の仕事は元メンバーと仲直りしろ……ではなく、魔遣社をぶっ潰せ、でござるからな」
「うへえ……なんちゅープロ根性だ。私はちょっと霧須手さんが怖いよ」
「〝公私を混同するな〟と
「うーん、ドライというか、素っ気ないというか……最近の子たちってみんなこうなのかな?」
「何を言ってるでござる。キューブロ殿もまだまだお若いでござるよ」
「……それ、本当に若い人には言わないんだよ」
「ま、まあ、連絡先も交換出来たし、あの三人との話はまたいずれ、という感じでござる。べつにさっきのが演技というわけでもござらんし。拙者は拙者で、キューブロ殿には感謝しているでござるよ」
「そうなんだ。べつにお礼はいいけど……ていうか、今までメンバーの連絡先知らなかったんだね」
「知らなかったでござる」
「あんまりアイドルのプライベートってよくわからないけど、皆、そういう感じなのかな?」
「いや、皆、拙者以外の連絡先は持っているでござるよ」
「え?」
「拙者も教えられていたでござるが……それらは大体嘘だったからでござる」
「う、嘘って……?」
「高鳴る気持ちをおさえつつ、いざメンバーにハートまみれのメッセージを送ってみたら、全然知らない人や拙者のファンの方につながったりとか……遊びに行く待ち合わせをしたら、その場所に変なおじさんがいたりとか……あれはキツかった……」
「それは……なんというか、ご愁傷様」
「けどまあ、プライベートという意味ではそうでござったが、仕事用ならまあ、多少のやりとりはあり申した」
「ああ、やっぱ分けてるんだ、そういうのって……」
「然り。……と、ここでござるな」
私たちは大きく〝社長室〟と書かれた、木製の、大きな扉の前で立ち止まった。中から物凄い〝圧〟が伝わってくる……というわけではないが、やっぱり、それなりの威厳は感じる。この扉から。やはり社長室ともなると、すごい木材を使ってそうだな。と、そんなくだらない事を考えてみると──
ガチャリ。
中から見覚えのある顔が出てきた。
「──あら、キューティブロッサム」
出てきたのはミス・ストレンジ・シィムレス。レンジは一旦、扉をキチンと閉めると、改めて私たちと向かい合った。
私とレンジ、まるで近所の人同士のような関係になりつつあるが、もう驚きもしない。
「それと、あなたはたしか……」
「清掃員の霧須手です」
霧須手さんが食い気味で答える。
すぐ横を見ると、霧須手さんはいつの間にか、またサングラスをかけていた。
「そうそう、清掃員の霧須手さんでしたわね。キューティブロッサムとは同僚の……あら? あなたやっぱり、どこかで見たことがあるような……?」
「気のせいでござろう」
「そうでしょうか?」
「気のせいだよ」
私も加勢する。
「……そう。キューティブロッサムがおっしゃるのならそうなのでしょう」
「うん。まあ、それはいいとして、レンジは何でここに居るの?」
なんでレンジがここに居るのか。
大体はわかってるし、たぶん霧須手さんの言った通り、呼び出しなのだろうとは思っているけど、隣の霧須手さんがすっとぼけているから、私もあえて口に出してみた。
「呼び出しを食らいましたの」
「呼び出し……? 何の?」
〝誰に〟とはさすがに訊かない。
そこまでトボケるのは〝やり過ぎ〟だからだ。
「あなたを取り逃がしたことについてですわ、もちろん」
「やっぱりか」
「……何か言いまして?」
「い、いや、でも、私はほら、今日は魔法少女じゃなくて、清掃員としてここにやって来てるし……」
「そう、ですわよね? あたくしもそう言ったのですが……どうにも信じて頂けなくて……」
「そ、そうなんだ。大変だね……」
「ですからあたくし、これから、あなたを……キューティブロッサムを、とっ捕まえて、ここまで引きずってこようとしていたのですが、まさに飛んで火にいる夏の虫。キューティブロッサム、さっさと、この部屋に入っていただけませんこと?」
相変わらずいきなりだな。まあ、元からここに用があったし、入るなって言われても入るんだけど……。私は霧須手さんと顔を見合わせる。サングラスをかけているから、目元からは情報は読み取れないけど、なんとなく『これはチャンスでござる』と言っている気がする。気持ち、口角も上がってる気がするし。
私はもう一度レンジを見ると、大きく頷いて答えた。
「いいよ。……ただ、霧須手さん、こっちの清掃員の人はここに残しておきたいんだけど……」
「はい。元よりそのつもりです」
私はレンジが
何度も繰り返すようだが、私たちがここへ来た目的は、社長の拘束と魔法少女派遣会社という会社を潰す事。そのためには、ここで私か霧須手さんのどちらか一方が社長と接触しなければならない。けど、私は会社の〝メインコンピューター〟とやらを破壊することは出来ないから、この場合、自然と社長を誘拐するのが私の役目となるのだ。
ただ、そのためにはもうひとつだけ、やっておかなくてはいけない事があって──
「──レンジもついて来てよ」
「あたくし、ですか?」
レンジは自分を指さして、きょとんとした。
〝やっておかなくてはいけない事〟
要するに、レンジの注意を私に向ける事だ。
万が一の場合、ここに霧須手さんとレンジを残してしまうと、戦闘になってしまう可能性がある。というか、この状況自体がそうなるよう仕向けた魔遣社側の〝罠〟である可能性も考えられる。
その場合、霧須手さんが直接レンジとやり合う事になるんだけど、仮にそうなってしまうと、霧須手さん側がかなり厳しくなってしまう。というかぶっちゃけ、殺されかねない。べつに霧須手さんが弱いとは言わないけど、レンジと比べるとさすがに戦闘に関しては劣ってしまう。
だから、是が非でもレンジは私が拘束しておかなければいけないのだ。
「……いやあ、私からしたら社長って、直接的な雇用主じゃないじゃん? いわば、外部委託。いわば雲の上の存在だからさ、ひとりで直接、面と向かって話し合うのって、ちょっと緊張しちゃうから」
「あなたが緊張? 笑かしてきますわね。……いえ、これは笑ったほうがよろしいのでしょうか?」
「いやいや、至って真面目だから。お願い、レンジが居てくれたら、普通に振舞えると思うから、だから……それで、お願い!」
私はパンと勢いよく手を合わせると、必死に、色々と屁理屈をこねて、レンジに頭を下げてお願いした。
「よろしくてよ」
「マジ?」
「しょうがねえですわ。このあたくしが、仕方なくついて行って差し上げます」
「ちょろいな……」
「……なにか?」
「いや、なんでも! ありがと、助かる!」
私はレンジの気が変わらないよう、レンジの手をぎゅっぎゅっと握った。
「ふ、ふん! べつに、礼には及びませんことよ。そもそも、呼び出したのはあたくしのほうですし、ついて行くのはマナーですので」
「うんうん、ほんとうにありがとう」
「はいはい。──では、こちらへ」
私はレンジに促されるがまま扉の前に立つと、ドアノブにそっと触れた。レバータイプのドアノブだ。扉と同じ色だったから、木製かと思ったけど、触るとひんやり冷たい金属製だというのがわかる。どうでもいい。
──ガチャ。
私はドアノブを回し、扉を手前に引いた。
「……し、失礼しまーす」
私がおそるおそる、畏まりながら部屋へはいると、後ろからレンジに『さっさとお入りなさいませ』と、尻を叩かれた。
私は後ろを向き、レンジを睨みつける。……ふりをして、口パクで『あとは頼んだよ』と霧須手さんに言った。霧須手さんは私の合図を受け取ると、そのまま、抜き足差し足で、その場から立ち去った。
改めて、社長室に入る私。
部屋の中には大きな黒いデスクと、トラ革の悪趣味なカーペット。ファイルされた資料が等間隔で並べられて保管されているガラス棚。応接用のソファと低いテーブルがあった。
社長と思しき御仁は、椅子に座って
「──これこれこれーい、シィムレスくん。まだ話終わってへんのに、どこへ行っとんねん……あっ」
部屋に入った瞬間、レンジに向けたお小言が聞こえてくる。
なんだよレンジのヤツ。怒られてる途中で部屋を抜け出したのか──というところで私の思考がフリーズする。
くるりと、ゆっくり回る高級なデスクチェア。
そして、私は──そのチェアに座っている
緑色の鱗にぎょろりと開かれた大きな目、鋭い牙に、ギラリと曲がった凶悪な鉤爪。
社長室にいたのは──そのデスクに就いていたのは──スーツを着た、トカゲ人間だった。
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