仕事の依頼



その日の夜。

本日の仕事を終えた俺は、親父の待っている酒場にまで足を運ぶことにした。


【冒険者酒場 ユグドラシル】


 暗黒都市の裏路地にひっそりと聳え立つこの酒場は、俺たち組織が頻繁に利用する店であった。


「珍しいな。お前が手をかけたターゲットに興味を持つとは」


グラスを片手に上機嫌に笑うこの男の名前は、ジェノス・ウィルザード。

 血は繋がっていないが戸籍上は、俺の父親ということになっている。

親父の元を尋ねたのは、三年前の事件について改めて確認したいことがあったからだ。


「過去の人間に拘らない。それがお前の信条だったんじゃないのか」


 親父の言う通り、俺は過去には拘らない。

 死んだ人間のことを考えたところで『未来』が変わることはないからな。

 嵐のように人の命が吹き飛んでいく戦場では、過去の人間に頭のリソースを割いていられる余裕もなかったのだ。


「なんてことはない。単なる気まぐれだよ」


 親父に学園のことを詮索されても面倒だからな。

 ここは適当に言葉を返しておくのが正解だろう。


「ふむ。マイク・アルテミシアか。たしかに、お前が殺しているな。若くして優秀な創薬師だったよ。政府に目を付けられていなければ、今頃は……。まあ、これに関しては考えても仕方のないことだ」

「そうか」


やはりルウの運命を狂わせた責任の一端は俺にあったようだ。

別にだからどうというわけではないのだけどな。

親父の言う通り、これに関しては深く考えても仕方のないとことだろう。

俺が殺さずとも、他の誰かが同じように殺していた。

それだけのことだ。

政府に目を付けられた時点で、ルウの父親の運命は決定していたのだろう。


「どうして急にアルテミシアの家について?」

「別に。たいした理由はない。少し気になることがあっただけだ」


立て続けに質問を受け流すが、親父はさして気にも留めていない様子であった。

裏の世界で生きていれば、誰にだって踏み込まれたくないことがある。

お互いに必要以上に干渉しないことが、この世界で生きている人間たちにとっての暗黙のルールとなっていたのだ。


「で、アルよ。次にお前に任せたい仕事が決まったよ」


 俺から真意を引き出すことを諦めたのか、親父は話題の転換に乗り出したようだ。


「とある貴族のパーティーに出席してもらいたい」


 ふむ。

貴族のパーティーの偵察任務か。

 逆さの王冠(リバース・クラウン)が現れて以降、徐々に依頼数が増えている仕事だな。

 おそらく政府は恐れているのだろう。

 三年前に貴族のパーティーで起こった大量虐殺、《オズワルド事件》の再来を――。


「しかし、奇妙な偶然もあったものだな。今回のパーティー主催者は、三つ星(トリプル)貴族、レクター・ランドスター。マイクの後輩にあたる人物だな」

「…………!?」


そこで親父から聞いたのは、俺にとっても意外な人物の名前であった。

待てよ。

最近、何かと俺に突っかかってくるクラスメイト、ジブールの名前も、たしか、ランドスターだったような気がするな。

つまり今回の任務は、ルウの家に踏み込んだものになるのかもしれない。


「偶然にしては出来過ぎたタイミングだな。神様の悪戯ってわけか?」

「……神なんていないさ。この世界の醜さがその証拠だよ」


適当に返事を濁した俺は、小銭をテーブルに置いて店を後にする。

やれやれ。

関わらずにいようと決めた矢先にコレである。

何も面倒事が起きなければ良いのだが……。

親父から仕事の概要を聞いた俺は、そんなことを思うのだった。


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