33. もやもや

  最近、エリーズの様子が変だ。

  よくぼーっとしているし、話を聞いていないことも多い。現に、今もそうだ。さっきから呼びかけても全然答えない。今日は休みの日で、俺が来ている、と言ったらすごく上から目線だけど、でも普段は俺がエリーズの家に行ったら、いつもよりしゃきっとしているのに、心ここに在らず、というかんじだ。


「エリーズ」


  頬をつつくと、ようやく顔を上げた。


「ごめんなさい、アラン」


  申し訳なさそうな顔をする彼女。様子がおかしくなりだしたのは、一ヶ月くらい前からだっただろうか。その辺りからずっと疲れているような顔をしている気がする。


「何かあった? 俺でよければ聞くよ」


  彼女がぼんやりしているとき、いつもこんな風に当たり障りのないように理由を尋ねる。が、絶対に話題をそらされたり、何でもないよ、と笑ったりするのだ。


「何でもないよ」


  やっぱり笑った。でもそれは少し無理のある笑顔、というか、完全なる作り笑顔で、何かを隠しているのは火を見るより明らかだった。他の人には分からなくても、俺とエリーズは十年以上の仲だ。俺には絶対に分かる。


「そういえば、アランもいつもとちょっと雰囲気違うんじゃない?」


  エリーズが微笑んだ。そんなことないのに、と思うが、よくよく考えてみれば俺はいつもエリーズをからかってばかりだから、こんな風に尋ねれば少し違うふうに感じるのかもしれない。


「そんなことないと思うけど」


「そうね」


  エリーズがまた作り笑いをした。やっぱりどこかおかしい。

  それに、おかしい、というか変な事件は、一ヶ月前にもあった。


  エリーズが男装していたのだ。

  男装して、上級生の不良学生と喧嘩し、相手を地面に転がしていた。


  実は、彼女が凄く剣術、そして体術が上手いのは、幼い頃から知っていた。彼女の家族らは隠しているようであったが、何度か剣を奮っているところを見たことがあって、その剣筋とかからなんとなく規格外に上手いんだろうということはわかっていたのだ。


  けれど男装して喧嘩する意味が分からなかったし、俺に知られないようにしていたのも意味が分からなかった。エリーズは喧嘩をふっかけるような人でもないし。

  そりゃ、女子で喧嘩なんか売ったら、すごく目立つだろうけど。

  それにクルーエさんも男装したエリーズに落ちていたし。(一週間後くらい経って、あっさり諦めていたけれど)


  この家のメイド長のミアさんが入れてくれた紅茶をすすりながら、エリーズの様子を横目で見ると、やっぱり彼女はどこか上の空だった。


(まさか恋煩いってやつかな)


  彼女の様子がおかしくなりだしてからしばらくして、彼女がレオンと一緒にいるのを見るのが増えた気がする。昼休みも、二人でどこかに行っているみたいだし。


  もし、エリーズとレオンが恋仲なら、俺はどうなるんだろう。婚約破棄、なんてこともありえるのだろうか。


(婚約破棄はちょっとなぁ)


  俺とエリーズはビジネスライクな関係だったし、別段エリーズに、恋心を抱いていたわけではないのだけれど。そりゃ、好きだの愛だのは言っていたけれど、それも友愛、や兄妹愛のうちなわけで。


(けど、やっぱりもやもやする)


  そんな思いにそっと蓋をして、俺はまたエリーズを横目で見た。

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