第669話 野村さんと1階層

俺達は野村さんの実力を見る為にダンジョンに向かい、一階層へ潜る。


「それじゃあ、俺は横で見ているから二階層へ向けて進んで行こうか」

「海斗先輩、ゴブリンが出た時は……」

「ああ、心配いらない。最初は俺が倒すし、絶対に安全だから、徐々に慣れればいいから」

「わかりました」


俺と野村さんは二階層に向かって進んでいくが、シルがいないのでスライムに全く遭遇しない。

野村さんの装備は、俺の初期装備と大差無いが、今になって考えると、初期装備こそお金があれば強力な物を用意しておきたい。

強力な装備があれば単独でもすぐに二階層を越える事も可能だし、何よりも貧弱な装備ではどれだけ頑張っても成果がついてくる事は難しいだろう。

もし、今からお金を持った状態でやり直しが効くなら、LV1の段階で、できる限りの装備を買う。

少なくとも数十万円使えたなら、俺の一階層の三年間は無かっただろう。

ただそうなると『スライムスレイヤー』のスキルは手に入らず、シルとルシェとも出会えなかっただろうから、今となっては、初期資金が無かった事は俺にとって幸運だったのかもしれない。


「おっ! スライムが出たな。野村さん頼んだ」

「はい」


野村さんは、そろそろとスライムに向かって行き、ハンマーを両手で構えて振り下ろす。

スライムはハンマーで潰されて一瞬形を崩すが、また元の形に戻り始める。

野村さんはハンマーを再び振るいはじめて、モグラ叩きの要領で、スライム目掛けてハンマーを連打する。

野村さんの持つハンマーはモグラ叩きのこのほどの大きさは無いが、金属製なのでそれなりの重さは有りそうだ。

LV4とはいえ、標準的な女の子の体型である野村さんにとって、それを連打する事はそれなりに体力を消耗するようで、肩で息をし始めているのが後方からでも確認できた。


「ハァ、ハァ、ハア。どうですか? 海斗先輩、倒しましたよ」

「ああ、今ので大体の実力はわかったけどちょっと休憩するか?」

「ハァ、ハァ、大丈夫ですよ〜。歩きながらで大丈夫です」


野村さんがスライムを倒すまでの時間はおよそ二分程度だろうか。

たった二分だが、重量のある鈍器を全力で振るう二分はかなりキツい。

俺は実際にやった事は無いが、テレビで見るボクシングや格闘技の試合が三分間程度の事が多い気がする。たった三分でも選手達は全身から汗を流して、ふらふらになったりするが、おそらく野村さんもそれに近い体力を消耗している。


「野村さんが真剣なのは見てればわかったけど、どうしてそんなに探索者で稼ぎたいんだ? 他にもコンビニとかファーストフード店とかでバイトとかもあるだろ?」

「私の家は母子家庭なんです。それで弟が二人いるんで、お金が必要なんですよね〜。まだ先だけど弟達は進学とかさせてあげたいし。それで、今後一切お小遣いはいらないって、お母さんに頼み込んで探索者になったんですよ。だから、もう後には引けないんです〜」

「それじゃあ、もしかして十五歳からお小遣い無しでやってるのか」

「そうですよ〜」


色々と物入りな女子中高生がお小遣い無しで過ごす事は、結構キツイのは俺でもわかる。

やっぱり野村さんは見た目以上に覚悟と家族愛があるみたいだ。

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