第六章 終わりなき初恋を君に10

「ロベルト様、その青年は一体」

「あぁ、紹介するのを忘れていたな」

 ロベルトの言葉に続くようにして青年は答えた。


「私はアレイラ。ロベルトの双子の姉だ」


 思いもよらない青年の正体にその場にいた者達は驚くことしか出来なかった。

 そもそもロベルトに双子の姉がいるという話など聞いたことがない。

 そんな周囲の反応を予測していたようにロベルトは語り始めた。


「驚くのも無理はない。アレイラは俺の影として育てられていたからな」

 ひどく似通った容姿、ただ違うのは性別だけ。

 たったひとつの違いがロベルトとアレイラの歩む道を大きく分けることとなった。


「言ってみれば、俺のせいでアレイラは影になったようなものだ」

「そんなことを言うな、ロベルト。それに私も大概だ。なにせ城を飛び出して、国を股にかける舞台役者をしているのだからな……二年前、私を城から逃がしてくれたロベルト達には、今でも感謝している」


 そのことが騒ぎにならなかったのはアレイラの存在を公にしていなかったため、アレイラを表立って探すことができなかったからだ。


「そんな中でどうもきな臭い話を耳に挟んでな。弟達とひそかに連絡を取り合っていたというわけだ」

「兄上やロベルト様とのあれは、すべて演技だったのか?」

「まぁな。ついでに言えば、城でのナイフの件も私だ」


 兵の制服さえ手に入れてしまえばあとは簡単だったと笑うアレイラを、セロイスはにらみつけた。


「何故あんなことをした? 一歩間違えれば、あんな騒ぎだけではすまなかったんだぞ」

「そう怒るな、蒼の騎士。紅の騎士を危険に晒したのは悪かったが、あれではっきりしたこともあったからな」

「あんなことで何がわかったと言うんだ?」

「ひとつは黒幕の目的が紅の騎士だったこと。ドロシアを攫ったのはルベールの意見を聞いて、これは二度とない機会だと勝手に勘違いしたんだろうな」


 ドロシアの誘拐は今まで裏で計画を進めていたワルターにしては、ひどく穴だらけのものだった。


(まさか兄上はわざとあんな話をしてワルターを煽ったのか?)

 横目でルベールを見てみるも、その表情からは何の考えも読み取れない。


「それともうひとつは」

 アレイラはセロイスを見るとにやりと笑った。

 その表情はロベルトとそっくりだった。


「お前の気持ちだ、蒼の騎士」

「俺の気持ちだと?」

「だからこそ、こうして舞台を用意した。二年前にはできなかった舞台を……違うか、ロベルト」

「相変わらずアレイラには敵わないな」

 そう言って笑ったロベルトは表情を変えると、セロイスに問いかけた。


「今ここで問おう。お前は何のために剣を欲する?」

 その問いかけは蒼の騎士であるセロイスに対するものだった。


「この心を捧げるため、俺は剣を欲す」

「ならば、再び問おう。お前が心を捧げる者とは一体誰だ?」

「それは……」


 セロイスは言葉を詰まらせると、カメリアへと向き直った。


「随分と勝手なことだとはわかっている。だが、この婚約はなかったことにしてもらいたい」

「わかっている……最初から、そういう約束だったからな」


 一週間だけの、偽の婚約。

 その中でカメリアは生まれて初めて恋をした。

 カメリアが一度は捨てたはずのものを、セロイスは拾い上げてくれた。


(それだけで私はもう十分だ)

 そう思っていたカメリアにセロイスは思いがけないことを告げた。


「そして、改めて求婚させて欲しい」

「何を言ってるんだ、お前は……なかったことにしてほしいと、今言ったばかりじゃないか」

「……俺の抱き続けてきた想いを知っても、お前は何も変わらなかった……そんなお前と過ごすうちに、少しずつ気持ちが変化していることに気付いた」


 驚くカメリアの前でセロイスは膝をつくと、そっとカメリアの手をとった。


「あの日、俺が夜の虹の下で言ったように、俺と結婚して欲しい」

「いきなり言われても、答えられないに決まっているだろう!」


 気付けば、カメリアは叫んでいた。


「あれほど兄上が好きだと言ってたくせに……どうして、今更私なんだ?」

「ずっと相手を勘違いしてことについては謝る。だが、俺の想いは勘違いではない。勘違いなどでこの想いを何年もの間、抱き続けていられるはずがないだろう」


 セロイスは顔を上げると、カメリアに告げた。


「俺はあの日、あの場所で出逢った、一緒に夜の虹を見た相手を好きになったんだ」

「……急にそんなことを言われても、私には今の自分の気持ちがわからないんだ……嬉しいのか、悲しいのか、ほっとしているのか、よく」


 セロイスに抱き締められ、カメリアの言葉はそこで途切れた。

 誰かの腕の中がこんなにも安心する場所であることを、カメリアは今初めて知った。


「今すぐにとは言わない……ただ、いつかでいい。俺の花嫁になってほしい」


 その言葉は夜の虹を見たあの日少女に言われた言葉と同じものだった。

 

 ――花嫁になってほしい。

 それはカメリアが初めて受けた告白であり、プロポーズでもあった。


(どうして忘れていたんだろうな)

 あの日、すでにカメリアは約束を交わしていたのだ。

 ならば、カメリアは答えなくてはいけない。


「……一度交わした約束を守るのが、騎士だからな」

 

 そんな日が本当に訪れるのかはセロイスにも、そしてカメリアにもわからない。

 それでもいつか、カメリアはそんな日を見てみたいとそう思えた。


「これがお前の答えか、セロイス」

「あぁ。これが答えだ」


 迷うことなく答えたセロイスにロベルトは満足げに笑った。


「いいだろう」

 ロベルトがセロイスへと差し出したのは青を基調とした剣だった。


「今この場において、セロイス・ディーゴを我が蒼の騎士と認める」

「ありがとうございます」

 セロイスは頭を下げるとその剣を受け取った。


「今、この時をもって紫の王を守る紅蒼の騎士の誕生を祝福するとともに、紅蒼の騎士である二人の婚約を今ここで宣言する」


 ロベルトの宣言に周囲から溢れんばかりの拍手が沸き起こる。

 その拍手はカメリアが騎士として皆に認められたまぎれもない証でもあった。

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