第五章 重なる想い、重ならない想い2
「どうしたんだ、急に?」
カメリアの目の前にあるセロイスはひどく焦ったような顔をしていた。
何故、セロイスがそんな顔で自分を見ているのか。
不思議に思っていたカメリアの目元へと伸ばされたセロイスの手は濡れていた。
「どうして泣いている?」
セロイスに指摘されて、カメリアは初めて自分が涙を流していることに気付いた。
どうして泣いているのか。カメリアにもわからなかった。
何か言おうと口を開くが、情けない声しか出てこず、カメリアは口を閉ざした。
まるで自分が自分でなくなってしまったかのようで、カメリアはひどく恐ろしかった。
(嫌だ……こんなの、私ではない)
どうにか涙を止めようとするカメリアの意志に反して、溢れ出す涙が床に零れ落ちていく。
涙を流すカメリアを見ていたセロイスは何を思ったのか、ふいにカメリアを抱き上げた。カメリアの背中と膝裏に手を回したセロイスはカメリアを横抱きにしたまま廊下を進んでいく。
「何をするんだ」
「黙っていろ」
「でも」
「心配しなくても、俺達の役目はない。恥ずかしいなら、目を閉じていればいい」
セロイスの言葉から降ろしてくれるつもりはないことを悟ったカメリアはきつく目を閉じた。
*****
カメリアを腕に抱いたまま、セロイスは進んでいく。
カメリアが狙われている可能性があるとなれば、カメリアに他の仕事が回ってくることもない。ロベルトは既に手を回していることだろう。
そうなれば、ここにいる意味も必要性も何もない。
恐らくルベールはこうなることを見越して、カメリアを守るよう言ったのだろう。
セロイスは腕の中にいるカメリアへと意識を向けた。
小さな肩も、細い腕も、腕の中に感じる軽さも。
カメリアを形作っているそのすべてがセロイスとは違うものだった。
(もう少し危機感を持つべきだ)
これがセロイス以外の男ならば、一体どうなっていたのか。
騎士であるカメリアが、そう簡単にどうにかなるとは思ってはいない。
カメリアの実力をセロイスが認めているのも事実だ。
しかし男性と同じ服を身にまとい、男らしく振舞おうが、カメリアは女性なのだ。
(お前は王子になれるかもしれないが、俺は頑張ったところで姫にはなれない)
「馬鹿馬鹿しい……」
らしくもない考えに嘲笑するセロイスだったが、カメリアのことをそんなふうに思ったことはなかった。
男物の服を身にまとい、騎士を志して剣術に励むカメリアの姿を見て笑う者達は大勢いた。しかし、セロイスがカメリアを笑うことはなかった。
そんなカメリアの姿に、セロイスはどこか自分を重ね合わせていた。
ルベールへの秘めた想いゆえに、縁談を断り続けてきたセロイスがカメリアとの婚約の話を驚きながらも受け入れたのは、そのせいなのかもしれない。
どんな形であれ、ルベールのそばにいられるのであればいいと。そんな邪な理由がセロイスの中にまったくなかったわけではない。
兄妹ということもあって見た目はどこか似ていると思っていたが、中身はまったく違うもので、見た目で好きになったわけではないものの、ルベールの方が女性らしいと思っていた。
初日にカメリアが眠る部屋に投げ込まれた時には父親やロベルトを恨み、この話を受けたことをひどく後悔した。
この婚約にはカメリアなりの理由があったことも、セロイスが半ば脅したようなものであることも理解している。
それでもセロイスは、こんな自分を、そして今までひた隠しにしてきたルベールへの想いをカメリアが受け入れてくれたことが嬉しかった。
蒼の騎士という鎧をまとったセロイスではなく、ただのセロイスを見てくれた。
そんな女性はカメリアが初めてだった。
「……もっと早く出逢っていれば、俺はお前を好きになっていたかもしれないな」
随分と勝手なことを言っていることは自分でもわかっている。
ただセロイスの心に深く入り込んできたのは、ルベール以外ではカメリアが初めてだった。
腕の中にいるカメリアに目を向けると、言われたとおりに目を閉じ、緊張のせいか身体は固まっている。セロイスの腕の中は決して落ち着く場所ではないはずなのに、それでもそこにおさまったままでいるカメリアに、セロイスは何とも言えない気持ちになった。
今まで一色に染められていたところに、違う色が混ざり合っていく。
それはまるで夜空に虹がかかっていくようであった。
(夜の虹、か……)
「……懐かしいな」
「なにか言ったか?」
「いや、なんでもない」
セロイスはカメリアを抱え直すと足を早めた。
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