第三章 未知なるもの7

「その、大丈夫か……?」

 大丈夫でないことはわかってはいたが、それ以外にどう声をかけていいのかわからないカメリアにはその一言でせいいっぱいだった。


 予想以上のセロイスの落ち込み方にカメリアはセロイスのそばに寄ると、心なしか顔色も悪いように見えるセロイスの額に手を伸ばした。


(熱はないようだが)

 額に手を当てながらそんな心配をしていたカメリアだったが、セロイスの表情に目を落とし、そして固まった。

 セロイスの青い瞳からは静かに涙が流れていた。


「お、おい、何を泣いてるんだ!?」

「情けないと思われても仕方ないとはわかっている。しかし」


 慌てふためくカメリアに対し、セロイスは静かに語り出した。


「――好きだったんだ……」

 セロイスが口にしたのは、たった一言だった。

 しかし、その一言にはセロイスの想いが込められているような気がした。

 

 カメリアには誰かを好きになった経験はない。恋というものがわからない。

 だからこそ、カメリアはセロイスにたずねた。


「なぁ、どうして兄上のことを好きになったんだ? セロイスなら兄上じゃなくても、もっといい人がいるだろう?」

「ルベールだからだ。あの日、俺を……」


 そこまで話すとセロイスはその先の言葉を閉ざしてしまった。

 その時のことを思い出したのか。セロイスの目には再び涙が込み上げていた。


(本当に兄上のことが好きだったんだな)

 カメリアは改めてセロイスの深さを知ったような気がした。

 おそらく、ここに来るまでには、色々な葛藤があっただろう。

 それでもセロイスはルベールを想い続けたのだ。


 たとえ叶わない恋だとわかっていても……。

 セロイスの横顔は剣を振るっている時とは違う真剣さをおびており、それはカメリアの知らない表情だった。そんなセロイスの表情にカメリアの胸は痛んだ。


「それで、お前はどうしたいんだ?」

「どうしたいと言われても……」

「想いを伝えたいんじゃなかったのか?」

「あんな光景を見た以上、告白などできるものか」


 うつむくセロイスの胸倉をカメリアは掴み上げると、そのままベッドへと押し倒した。勢いあまってカメリアまでセロイスの上に倒れ込むような形になるが、そんなことにかまっている場合ではなかった。


「お前の想いはその程度のものだったのか?」

「それは……」

「だったら、想いを伝えろ。すべてはそれからだろう!?」

「……お前に何がわかる」


 気付いた時には体勢が入れ替わり、カメリアが逆にセロイスを見上げる形になっていた。


「お前に何がわかるんだ?」

 セロイスは再びカメリアに問いかけた。


「誰かを好きになったことのないお前に、俺の気持ちがわかるのか?」

「それは」

「お前は何もわかっていない」

「そんなことは……」


 身体を起こそうとしたカメリアの腕をセロイスは掴むと、ベッドの上へと押さえ付けた。


「俺以外の男にこんなことをされたらどうするつもりなんだ?」

「どうするって……」

カメリアは少し考えるとセロイスを見上げて答えた。


「股間を蹴り上げて逃げる」

 目・鼻・股間は人体の急所。

 騎士とは言え、素手でも戦えるようにと体術も学んでいるカメリアにしてみれば、それは当たり前の答えだ。


 むしろ自分と同じように体術を学んでいるセロイスがどうしてわざわざそんなことを聞いてくるのか、不思議でならなかった。

 セロイスは一瞬目を丸くしたかと思うと、カメリアから顔を背けてしまった。


(なにかまずいことでも言ったか?)

 カメリアのそんな思いは落ちてきた笑い声で杞憂に終わった。


「おい、どうして笑うんだ!?」

 よく見ればセロイスの肩は必死に笑いを抑えているせいで振るえ、片手で口元を隠しているものの隠し切れていない。


「いや、まさか、こんな時にそういう答えが返ってくるとは思わなくてな……」

 カメリアに気を使うことをやめたのか、セロイスは完全に笑っていた。

 自分のせいでセロイスが笑っていることを知ったカメリアは妙に恥ずかしくなった。


「笑うな! 私は本気なんだぞ!?」

 カメリアはどうにか笑うことをやめさせようとするが、セロイスの笑いが止まることはなかった。

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