第40話 デイジーハウス、再び
俺とアリシアがデイジーハウスに到着するとシスター・フィオナとメリッサちゃんが出迎えてくれた。
「こんにちは」
「アサクラ様、アリシア様、どうしてこちらへ? それと、その後ろの人たちはどのような方々なのでしょうか?」
シスター・フィオナの微笑みに続いて、メリッサちゃんが警戒心も
文字通りスラム街から抜け出てきたような外見のチンピラたちだ。
この場合、メリッサちゃんの反応が当然で、むしろ天使の笑みを浮かべて迎え入れるシスター・フィオナの度量が大きすぎる。
「壁や柵が
俺は連れてきたチンピラたちを、奉仕活動を希望する青年たちとして紹介した。
どこで知り合ったとか、彼らが何者かなどの不都合な情報は割愛する。
目的はこいつらのボランティア活動を口実に、シスターたちや子どもたちからもう一度話を聞くことだ。
「まあ、それは助かります」
警戒心のかけらも見せずに受け入れるシスター・フィオナの姿勢は、立派を通り越して少し心配になるレベルだな。
「どういう経緯でそうなったんですか?」
近付いてきたメリッサちゃんが小声で聞いた。
普通はこういう反応するよな。
「午前中、ちょっとした切っ掛けで知り合ったんですが、そこで教会の話をしたら奉仕活動に目覚めたそうです」
チンピラたちを振り返って「そうだよな?」と聞くと、彼らは口を揃えて俺の言葉を肯定した。
「信じられないんですけど?」
「若者の善意をしんじましょう」
俺のセリフをアリシアが補足する。
「概ね本当のお話ですよ。少なくとも彼らが壁と柵の補修をしてくれるのは確かです」
「まあ、アリシア様がそう言うなら……」
それでも
◇
チンピラたちがボランティア活動をしている間、俺は孤児院の職員や子どもたちと話を聞いていた。
それもそろそろ終わり、切り上げようとした頃、五歳くらいの少年が魔道具を使えるようになったのだ、と得意げに話しだした。
魔道具を使えるということは魔力が発現した証左である。
この世界では魔力の有無で人生の大半が決まってしまうと言っても過言ではなかった。
この幼さで勝ち組が決まったのだから嬉しくて仕方がないのだろう。
「一昨日、初めて使えたんだぜ」
「へー、小さいのに魔道具を使えるのか、それは凄いな」
「へへへっ、俺が一番早いんだ」
「カール、自慢はよくありませんよ」
シスター・フィオナに
「カールはいいなー。あたしも魔道具を使えるようになりたいな」
「俺は魔法を使えるようになってやるんだ」
「はい、魔力や魔法のお話はここまでです」
年長の子どもたち二人の会話をシスター・フィオナが止めた。
差別に繋がりかねないし、妥当な判断だよな。
俺が言うのも何だが、魔力が全てじゃないと言うことも教えておくか。
「でもな、魔力なんか必要としない便利な道具だった世の中にはたくさんあるんだぞ」
「そんなのないよ」
「そうだよ、魔道具を使うには魔力が必要なんだよ」
そんなことも知らないのかと子どもたちが口々に言う。
「魔力がなくても光がだせる道具を持っているけど、見たいか?」
「嘘つけ」
「あたし、知ってるよ。松明とかロウソクでしょ」
なかには「薪に火を付けるだけかもよ」などと茶化す子どもまでいた。
「そこまで言うなら見せてやろう」
俺はマジックバッグから取りだしたLED式の懐中電灯を、子どもたちの目の前で点灯して見せた。
だが、反応は期待と反するものだった。
「兄ちゃん、魔力あるじゃん」
「それ、魔力を流しているんでしょ?」
冷めた反応をする子どもたちにLED式の懐中電灯を数本渡して自分たちで試してみるようにうながす。
「このスイッチを押すだけで光が点く」
扱い方を説明すると子どもたちは直ぐに試し始めた。
「うわっ! 光った!」
「え? 何で?」
「本当に魔力を流していないの?」
「ええ! 凄い! 本当に魔力がなくても光ってる!」
子どもたちが次々と驚きの声を上げる。
「あの、アサクラ様」
子どもたちをからかうのは控えて欲しい、とシスター・フィオナが子どもたちに聞こえないよう俺に耳打ちした。
簡単に信じてはもらえないか。
「ちょっと場所を変えましょうか」
俺は子どものいないところで説明したいと告げ、LED式の懐中電灯で遊ぶ子どもたちを残して別室へと移動した。
◇
別室に移動したのは俺とシスター・フィオナとメリッサちゃん、アリシアの四人。
「これは本当に魔力を必要としないんですよ」
懐中電灯のなかにあるボタン電池を取りだして彼女に見せながら説明を続ける。
「このなかに魔力に変わるエネルギーが入っていて、そのエネルギーを使って光を放出しているんです」
「本当に、魔力を必要としないのですか?」
シスター・フィオナが真剣な表情で聞いた。
「もちろんです」
「アサクラ様は異国の商人で、この大陸では手に入らないような不思議で便利な商品をたくさん販売しているのよ」
メリッサちゃんの説明にシスター・フィオナがうなずく。
「本当に、魔力を必要としないのですね……」
「ええ」
「でも、貧しい人たちが買えるような品物でもありませんね」
寂しそうな表情を浮かべて懐中電灯を俺に返した。
「シスター・フィオナの言う「貧しい人たち」というのがどの程度なのか分かりませんが、俺はこれらの商品をこの国の人たち全員が気軽に購入できるようにしたいと考えています」
「え?」
「むしろ、魔力のない人たちこそ、これらの商品を使って欲しいと思っているんですよ」
「アサクラ様、さすがにそれは言い過ぎですよ」
メリッサちゃんの言葉を俺は即座に否定する。
「本気ですよ」
カリーナたちと出会って直ぐに感じたこと。
それは魔力のある者とない者との格差だ。
魔力がある者、より強い魔力を持っている者、便利な魔術を持っている者は
もちろん、魔力がある者、有益な魔法を使える者はさらなる高みを目指して努力をする。逆に魔力のない者は努力すらしなくなってしまう。
まるで現実を受け入れたようなことを口にし、実際には現実から目を背けているのだ。
俺はそれを少しでも変えたいと思った。
「そんなことが果たして出来るのでしょうか?」
シスター・フィオナが寂しそうな表情で聞いた。
「直ぐには無理かも知れません。それでもいつかは魔術のない人たちにも豊かな生活ができるようになって欲しい、その助けをしたいと思っています」
「素敵なお考えですね」
シスター・フィオナが突然大粒の涙を溢した。
「どうしたんですか?」
「なんでもありません。昔のことを思いだしただけです」
何のことか分からずに困惑する俺にメリッサちゃんが言う。
「フィオナも昔は魔力がない、って言われていたんです」
シスター・フィオナの両親も彼女自身も魔力がなく、決して豊かとは言えない生活をしていたそうだ。
俺が言葉に
「豊かではありませんでしたが、父と母と一緒に過ごした時間はとても幸せでしたよ」
その場にいた者たち全員が押し黙るなか、彼女が続ける。
「父と母が他界した後も母方の祖父が引き取って愛情を注いでくくれましたし、水魔法の発現後、神官である祖父に師事することができたのも幸運でした」
数は少ないが十歳を過ぎてから魔力が発現する者がいる。
さらに少ないが、シスター・フィオナのように十歳を過ぎてから属性魔法を使えるようになる者もいる。
彼女はその希有な例だった。
教会の神官になるには水魔法を使える必要がある。
彼女は発現した水魔法を祖父の下で伸ばし、祖父が他界してからはその後を継ぐようにして神官になったのだと話してくれた。
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