第19話 地下牢
一階の倉庫スペースに当たる空間には鉄格子の牢屋が四つ並んでいた。
幸い地下牢のなかは無人だったが……、木製の食器とスプーン、配膳に使っていた思われるトレーが無造作に転がっている。
犯罪の臭いしかしない。
「あのボンボン、変な実験をしていたんじゃないだろうね」
いやいやいや。
勘弁してくれよ。
何で地下に牢屋があるんだ!
怪し過ぎるだろ!
「メリッサちゃん、これ何だと思う?」
「えっと、倉庫……?」
現実逃避したな。
倉庫だとしても恐い。何を格納していたんだよ!
「牢屋ですね……」
「牢屋じゃな」
アリシアとセシリアおばあさんの言葉が重なった。
二人とも似たような言葉を口にしているが表情と声のトーンが違いすぎる。
アリシアは怯えたように声が震えているが、セシリアおばあさんはこの状況を楽しんでいるようだ。
声の調子からワクワク感が伝わってくる。
修羅場を、違った、人生経験豊富そうだもんな、このおばあさん。
対照的なのは商業ギルドから呼び寄せたスケープゴートの二人だ。
「何故こんなところに、こんなものが……?」
「知らない、知らない……」
リチャード氏の鋭い眼光はどこかに消え失せ、焦点の定まらない目で壁の奥から現れた地下牢を見ている。
エドワードは泣きそうな顔で首を横に振って立ち尽くしていた。
二人とも責任問題で頭が一杯なのだろう、まともな相談なんてできる状態じゃなさそうだ。
「坊主、灯りじゃ」
うながされてLED照明で壁の奥に隠されていた地下牢を照らすと、その様子が詳細に浮かび上がった。
「一年以上前の代物ではなさそうじゃな……」
視線の先にはLED照明に照らされた木製の食器類があった。
現れずに放置された食器類にはわずかに食べかすが付着しているが、とても一年前のモノとは思えない状態だ。
腐っているが量がすくないのと消臭が付与されている壁に囲まれているため、悪臭が行動の妨げになることはなかった。
「二週間くらい前のようですね」
「そのくらいだろうね」
俺の推測にセシリアおばあさんが首肯した。
「曾お祖母ちゃん、これって衛兵を呼んだ方が良いんじゃない?」
地下牢に近寄ろうとする矢先、アリシアの言葉が俺を押し留めた。
「確かに俺たちの手に余りますね」
「衛兵よりも騎士団の方が良いかもしれないね」
セシリアおばあさんはそう言うと、未だ呆然としているエドワードの頭を杖で小突いて言う。
「お前さん、騎士団にこのことを知らせな」
「は、はい」
「分かってるのかい? ただ知らせるだけじゃないよ、騎士団を連れてくるんだよ」
「も、勿論です」
エドワードが弾かれたように隠し階段に向かって走りだした。
その後ろ姿を見ていたメリッサちゃんが不安そうにつぶやく。
「大丈夫かなー」
「あのまま逃げたりせんじゃろな」
「まさかー……」
メリッサちゃんは顔をわずかに引きつらせて笑っただけだったが、彼女の後ろにいたリチャード氏は顔面蒼白なまま表情を失った。
気の弱い女性が暗闇で出会ったら悲鳴を上げそうな顔をしている。
もはや、鋭い眼光も落ち着いた雰囲気も消え失せていた。
「
「何じゃ面白くない。騎士団が到着するまで暇じゃから、あいつの百面相でも見ながら時間を潰そうと思ったのにのう」
悪趣味すぎるだろ。
だが、完全の俺たちの手を離れたのは事実だ。
いくら自分の所有物件だからといって、むやみやたらと犯罪現場を荒らすわけにも行かない
さて、どうしたものか。
「ここに居ても仕方がないですし、上に戻ってお茶でもしませんか?」
自分でもまたお茶か、と思うが他に思いつかない。
「ワシのところにくるか?」
「いえ、隣とはいえここを離れるのは騎士団が到着したときに心証を悪くするかも知れないので、二階のバルコニー部分でどうでしょう?」
バルコニーからなら店の前を見下ろせるから、騎士団が到着したら気付くだろう。
「アリシア、家に戻ってお茶の道具を持っておいで」
「はい」
「大丈夫です。お茶のセットもお茶菓子も俺が用意します」
「え?」
不思議そうにするアリシアを横目にセシリアおばあさんが納得した顔でうなずく。
「アイテムボックスにお茶のセットまで揃えておるのか」
「俺の祖国のお茶とお菓子です」
「先ほどのクッキーとチョコレートというヤツか?」
セシリアおばあさんが身を乗りだした。
「今度は違うお菓子です」
「異国のお茶とお菓子ですか?」
メリッサちゃんが尻尾をブンブンと振り回して目を輝かせている。
視線をアリシアに移すと、彼女も目を輝かせてそわそわとしていた。
どやら気を紛らわせることには成功したようだ。
「この国の人で口にしたことがあるのは一人だけです」
ショートケーキに目の色を変えてかぶり付いていたカリーナのチョロい姿を思いだす。
「それは楽しみじゃな」
「それじゃ、こんな辛気臭いところからさっさと移動しましょう」
と自分の立場を忘れたかのようなメリッサちゃん。
だが、立場を忘れていない人もいた。
「リチャードさんもご一緒してくれますよね?」
「ええ……」
俺の誘いにも、死んだ魚のような目でボソリとつぶやくだけだった。
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