第24話 森のなかでおかし

「うわー、生クリームだー」


 ショートケーキを眼の前にして、語尾にハートマークが付きそうなほど幸せそうな顔をしている。


「ニケ、お前はこっちだ」


「ニャ!」


 俺の足元にニケのエサを置くと、ご機嫌でカリーナの膝の上から飛び降りた。


「あ、ニケちゃん……」


 残念そうな顔のカリーナ。


「ニケにもおやつを食べさせてやってくれ」


「そうね。じゃあ、ニケちゃん、一緒におやつにしましょうねー」


 そう言うと、フォークですくい取ったショートケーキの生クリームを至福の表情で見つめる。


「うふふふふ」


 そんな幸せそうなカリーナに切りだす。


「実はカリーナに相談があるんだ?」


「なあに?」


「実は俺もそろそろ商売を始めたくて色々と考えていたんだ」


「それは怖いわね。今度はどんなとんでもない商品が飛びだすのかしら?」


 間髪を容れずに難色を示した。

 これまで商品として彼女の目に触れた、使い捨てライターやガラス細工の置物を思いだしているのだろう。


「高額な商品じゃないから安心してくれ。それに戻ったらクラウス商会長にも相談する」


 クラウス商会長に相談する前にカリーナに見て欲しかったのだ、と二つの商品をテーブルの上に並べた。


「どちらも初めて見る商品よ。それに使い道の想像もつかないわ」


「見た目には高そうに見えないだろ?」


「そうね……」


 見た目で驚くことはなかったが、相変わらず警戒をしている。


「これは着火剤とマッチだ」


 俺はキャンプ用の着火剤と防水マッチを指して説明を続ける。


「実際に使ってみせるよ」


 食事をしているニケとは反対側の地面に着火剤を置きマッチで火をけた。


「魔法、じゃないのよね?」


 驚くカリーナ。

 だが、ショートケーキを口に運ぶのは忘れていない。


「魔法じゃないし、魔道具でもない」


 魔力のない人たちでも使える品物なのだと説明する。


「着火剤は火が簡単に点くようにするための道具だから、火の点き易さを考慮しなければマッチだけでも実用性はある」


 今度は落ち葉を集めて防水マッチで火を点ける。


「そのマッチだけでも十分に着火の魔道具の代わりになるわ」


「魔道具は百回、二百回と使えるけど、マッチは一回の着火で一本使う。これひと箱で二十五回しか使えない」


 俺はこれを魔力がない人たち向けの商品と位置付けて販売をするつもりだと告げた。


 魔力があっても高額な魔道具を使えない人たちは大勢いる。

 その人たちも潜在的な顧客だと考えていた。


「魔力のない人向けの商品は儲からないわよ」


 魔力のない者は弱者であり貧しい。


「俺は魔力のない人たちにも便利な生活をして欲しいと願っているんだ。だからこの商品はそんな貧しい人たちでも使えるくらいに安価で提供するつもりだ」


 驚きの表情でこちらを真っすぐに見るカリーナに聞く。


「どうした? 意外か?」


「え? 別に意外とかじゃないわ」


「金持ちのボンボンが貧しい者のことを考えて商売をするなんて偽善としか思われないのは分かっているよ」


「そんな風には思ってないから」


「金持ち相手の商売とそうでない者を相手にした商売を別々に考えているだけだ」


「そうね。安価なら飛ぶように売れるでしょうね」


 それだけに危険でもあるとカリーナが言う。


「どういうことだ?」


「消耗品なのですぐに供給が追い付かなくなったりしない? そうなるとダイチさんの信用問題になる可能性もあるわ」


「問題ない」


 無限に取り寄せることが出来るのか、という不安あったがそれを表情に出さずに言い切った。


「ダイチさんのアイテムボックスは本当に大容量なのね」


 カリーナが空を仰ぐ。


「俺よりも大容量のアイテムボックスを持っている人の話は噂でも聞いたことがない」


「海の向こうでもそうなのね」


 肯定するとカリーナも妙に納得した顔でうなずいた。


「何れにしても戻ってクラウス商会長に相談してからのことになるけど、俺としては多少の無理をしてでも納得してもらうつもりだ」


 前に提示した使い捨てライターとガラス細工のときとは違って、簡単に退くつもりがないのだと言い切った。

 クラウス商会長にとって俺が重要人物であることは間違いない。多少の揺さぶりをかけても関係を打ち切られることはないだろう。


「分かったわ。これ以上はあたしが口だしすることじゃないわ」


 そう言うとカリーナは再びショートケーキへとフォークを伸ばした。


 ◇


 カリーナ二つ目のスイーツである、チーズケーキを半分ほど平らげたところで別の話題を持ちだす。


「ところで、カリーナは三属性の魔法が使えると言っていたけど?」


「水と火と風よ」


 少し得意げな表情をした。

 これまでの情報で三属性を使える魔術師が希少な存在だということは理解している。


「魔術師ギルドのランクを教えてもらっても失礼にはならないかな?」


 冒険者としてはCランクだと聞いていたが、さて、魔術師としてはどのくらいに位置するんだろうか。


「別に構わないわよ。あたしの魔術師としてのランクはBよ」


 何でもないことのように答えた。

 高位魔術師じゃないか!


「Bランクってことは高位魔術師になるんだよな?」


「ダイチさんからしたら大したことないように映るかもしれないけど、これでも将来有望な魔術師なんだから」


 なけなしの胸を張る。


「魔術師らしからぬ出で立ちに見えるし、キングエイプとの戦闘でも剣を主体に戦っていたよな?」


「あたしがBランクの最大の理由は無属性魔法と風魔法なの」


 無属性魔法での身体強化はもちろん、魔装の強度もこの国では間違いなく上位に入る部類なのだと言った。

 もう一つの理由である風魔法は、攻撃力よりも索敵の範囲の広さと精度を評価されてのことだという。


「じゃあ、キングエイプと戦ったときの魔装は全力じゃなかったってことか?」


「確かに全力じゃなかったかもしれないけど、あの場面で出せる最大の力を出したつもりよ」


 魔装をさらに強化するには魔力を練り上げる時間が必要となる。

 その余裕がなかったのだと悔しそうに言った。


「索敵は?」


 あのとき、忍び寄るキングエイプに真っ先に気付いたのはニケだ。

 ニケの索敵能力が彼女よりも上という可能性もあるな。


「痛いところを突いてくるわね」


 防衛ラインを突破してこちらに向かってくるかもしれない、と正面の戦闘に意識が向いていて索敵を怠っていたのだ、とバツの悪そうな顔で明後日の方に顔を向けた。


「ごめん、意地悪をしたつもりはないんだ」


「分かってるわよ」


 不機嫌そうな彼女の前に三つ目のスイーツをだす。

 ソフトクリームだ。


「見た目は生クリームに似ているけど、少し違うんだ」


「もらっていいの?」


「もちろんだ。カリーナに食べて欲しくてだしたんだ」


「ありがとう」


 簡単に機嫌が直るなー。

 ソフトクリームを受け取るとショートケーキを食べていたときのフォークですくって口へと運んだ。


「んー! 冷たい!」


 幸せそうな顔をしている。


「ソフトクリームって言うんだ」


「こんな冷たくて甘いお菓子を食べるの初めて!」


 夢中で食べるカリーナを見ながら風魔法について思考する。

 索敵は風魔法なのか……、となるとニケの役割がまた増えるな。


 普段は索敵として頑張ってもらって、いよいよとなったら切り札として水魔法を使ってもらう。

 その前に風魔法の練習か……。


 いや、ニケにカリーナの風魔法での索敵を見せておくのも何かの役に立つかもしれないな。


「なあ、ちょっと風魔法での索敵を見せてくれないか?」


「何を言ってるの?」


 風魔法は不可視の魔法がほとんどで、索敵、いわゆる探知の魔法は視認することが出来ないのだと呆れられた。


「いや、まあ。見えなくてもいいからちょっと使ってみてくれないかな?」


「別に構わないけど……?」


 名残惜しそうにソフトクリームを食べるのを中断するとカリーナの表情が変わった。

 静かに意識を集中しているのが分かる。


 俺はカリーナからニケに視線を落とす。

 エサを食べ終えて満足していたはずのニケがテーブルの下からカリーナを見上げていた。


 よし、何か感じているな。

 ダメもとだったが、これはもしかすると、もしかするかもしれない。


 内心でほくそ笑んでいるとカリーナが突然声を上げた。


「待って!」


「どうした?」


「風の探知魔法に反応があったわ」


「魔物か?」


「この大きさと動きは、人間かもしれない……」


 俺の脳裏に、野盗、という単語が浮かんだ。

 カリーナもそのことに思い至ったようで、緊張した面持ちだ。


「人数は?」


「八人」


 盗賊にしては少ない気もする。


「冒険者パーティーじゃないのか?」


「その可能性もあるわね」


「確認に行くか?」


「いいえ、索敵の範囲ギリギリの距離を保った状態で様子を見ましょう」


 俺たちは早々におやつを切り上げて盗賊と思しき反応を探ることにした。

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