第17話 村での買い物

 昼食後、早々にカリーナに案内されて、村でも上等な部類の品物を扱っている古着屋へと来ていた。


 古着に抵抗はあったが、『新品の服なんて都市か大きな町じゃなきゃないわよ。それに新品の服をきてる旅人ってとっても違和感でしょ』というカリーナの言葉と現代日本の服をジト目で見る視線とに納得して古着屋へと足を運んだわけだ。


「どうだ?」


 何着目かになる服を試着してニケとカリーナに見てもらう。


「ミャー」


「うん、旅人に見えるわ」


 どちらの反応もいま一つだな。


「やっぱり似合わないか?」


「似合う似合わないはこの際二の次でしょ」


 もっともだ。

 目的は出来るだけ目立たない恰好をすることなのは分かっている。


「目立たずおしゃれに、というのはダメかな」


「おしゃれな服を着て歩く旅人はいません」


 にべもなく却下された。

 多少は見た目に気を使いたいというのは贅沢なようだ。


 ここまでに選んだ服は五着。


 基本的には動きやすく周囲に溶け込めるようなものを選んだ。

 商人風の服が二着。


 どちらも質の良いものである程度成功している商人に見えた。

 旅人風の服が三着。


 こちらは旅人や冒険者が着用する服で実用性重視の機能的で丈夫なものだ。


「お姉さん、これをください」


「いやですよー、こんなおばさんをつかまえてお姉さんだなんて」


 三十代後半と思しき女性が嬉しそうに笑った。


「えー! 俺よりも四、五歳くらい年上でしょ? 十分にお姉さんじゃないですか」


「もう、口の上手い若旦那だよ」


 十四歳になる娘がいるのだという彼女の言葉に俺は心底驚いてみせる。


「娘さんと並んだら姉妹に間違えそうだな」


「嬉しいことを言ってくれたから少しまけちゃおうかしら」


 告げられた値段は銀貨九枚。


 銀貨一枚が日本円に換算して千円程度だから、古着のシャツとズボンが五着ずつ、上着が二着で九千円。

 俺の感覚では十分に安い。


 カリーナに視線を向けると小さくうなずいた。

 妥当な金額のようだ。


「お姉さん、現金の代わりにこれで支払いってできるかな?」


 ポーチから銀の延べ板を一枚取りだす。


「え?」


「な!」


 古着屋のおばさんとカリーナが同時に声を上げた。

 カリーナが即座に動く。


「ちょっと、ちょっと待って!」


 銀の延べ板を持った俺の右手は押し返すと、古着屋のおばさんに向きなおった。


「ここはあたしが払います!」



「そ、そうですか……」


「銀貨九枚ですね」


 カリーナは革袋から銀貨を取りだすと、唖然とするおばさんの手に無理やり押し込んだ。


 一般の商店で通貨以外、特に貴金属で取引ができるか、銀の延べ板の銀貨換算がどの程度か知りたかったのだが邪魔されたか。


 せめておばさんの反応だけでも知りたかった。

 カリーナは買った服を俺の腕に押し込むと、


「さあ、次に行きましょうか!」


 背中を押して店の外へと連れだされた。


「随分と慌ててるけど、どうしたんだ?」


「いまの、わざとでしょ!」


 やっぱり見抜かれたか。


「わざとも何も普通に銀で支払おうとしただけじゃないか?」


 何を怒っているんだ?

 と、何も分かっていない体でカリーナを見る。


「いえ、悪かったわ」


「じゃあ、次の店に行こうか」


 武器と防具を揃えようとカリーナをうながすと、


「いいえ。その前にクラウス商会長のところへ行きましょう」


 有無を言わさず予定を変更された。


 まあ、そうなるか。


 ――――それが十数分前の出来事である。


 そして、いまはクラウス商会長のテントで、カリーナと二人して商会長の前に立っていた。


「テントを張っていて良かった……」


 カリーナから古着屋での出来事の報告を受けたクラウス商会長が大きなため息を吐く。

 俺が黙っているとクラウス商会長が口を開いた。


「どういうつもりだ?」


「どういうつもりも何も、代金を支払おうとしただけですよ」


「これでか?」


 テーブルの上に置かれた銀の延べ板に視線を落とす。


「こちらの大陸の銀貨はまだ見たことありませんが、俺の祖国では銀貨の代わりに銀の延べ板で支払いをするのはそう珍しいことではなかったので」


 同じ銀ですよね? ととぼける。


「この大陸に上陸してから我々と出会うまで、銀貨を見たことがないというのか?」


 カリーナの話では港から俺たちが出会った場所まで百キロ弱だったな。


 徒歩で三日から四日という距離か。

 銀貨を見なかったとしても不思議じゃない距離だ。


「水や食料など最低限必要なものは、アイテムボックスのなかに入れていましたから、ここまで特にお金を使う必要もありませんでした」


 他の大陸から来たばかりなのだから、この国の通貨を持っていなくても不思議がないことを主張した。


「なるほど。アサクラ殿の言い分ももっともだ……」


 言葉の上では納得しているが、目が納得していない。


 何故事前に相談しなかった!

 そう語っている。


「いいえ、こちらこそ申し訳ありません。もう少し慎重になるべきでした」


 と謝りつつも、「まさか、銀の延べ板で買い物できないとは」と驚きを口にする。


「いや、私ももう少し考えるべきだった。アサクラ殿が現金を持ち合わせていないことに思い至らなかったのは迂闊うかつだったよ」


「当面の現金が必要なので、昨夜お見せしたガラス細工の商品か、銀の延べ板と金の延べ板を買い取って頂くことは可能でしょうか?」


 そう言って金の延べ板をテーブルの上に置く。


「アサクラ殿……」


「難しいですか?」


 頭を抱え込むクラウス商会長に再びたずねる。


「アサクラ殿とはカラムの街に着いてからも懇意こんいにしてもらいたいと考えているからあえて言わせてもらおう」


 祖国の常識はこの国の非常識だという前提で行動して欲しい。

 さらに、祖国の製品はたとえ価値のないものであっても無闇に人目に触れさせないようにして欲しい、と少々厳しい口調で言われた。


「承知しました」


 クラウス商会長に続き、


「カリーナ、君にも迷惑をかけたな。申し訳なかった」


 と謝罪をした。

 その後、俺はクラウス商会長から金貨三枚と銀貨五十枚を受け取ってカリーナとともに村へと向かった。

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