第80話 所長ゴロンの鞭

 ウィルは満足そうに笑みを浮かべて、マップを指でなぞる。


「こちらに脱出用の出入り口がある。ここを確保する」

「五つ先のエリア……距離はあるわね」

「かなり先ということはそれだけ戦闘も予想されます。この戦力でどこまでいけますか……」


 ミリアは不安を口にすると、ウィルは言う。


「なに、俺達には切り札がある」

「それって、そこにいるおっさんのこと?」


 エリスが差したのは、ウィルの仲間に連れられて居心地悪そうにしているソロンや女医であった。


「そういうことだ」

「人質ですか」


 ミリアはあからさまに不快そうに言う。

 それはエリスも同じ気持ちであった。


「こっちだってな、必死なんだ。手段は選んでられん」

「あいつらがそれで手を緩めてくれるといいわね」


 エリスは皮肉気に言う。


「それはありえんよ」


 ソロンは吐き捨てるように答える。


「奴等にそんな甘い感傷などせん。人質になったら容赦なく見捨てる。それがここのやり方だ」


 ソロンがそう言うと、女医の方は怯えて身を震わせる。そちらの方は覚悟が出来ていないようだ。


「さあ、それはどうかな。ともかくついてきてもらうぞ」


 ウィルはそう言って、銃を突きつける。


「気に入らないわね、そのやり方」

「こっちだって必死なんだよ。生き残れるかどうかの崖っぷちだからな」

「そんな手を使うくらいだったら落ちた方がマシね」


 エリスははっきりとそう言う。


「結構よ」


 女性は満足そうに言うが、エリスはイラっとする。


タタタタタタタタタ!!


 そうこうしているうちに、衛兵の大隊がやってくる。その数、百人以上。


「こっちだ! まともに相手してられんぞ!!」


 ウィルは促す。

 不満はあるものの、百人以上の雑魚相手にしていられない。


「あんたには借りがあるから」


 ソロンに向かって言う。

 ようするに、放っておけないという方便であった。


「こちらに、捕まっている火星人がいるんだ!」

「そこに、両親がいるはずなんです!!」


 ハイアンは言う。


「親か……」


 孤児のエリスには正直よくわからない存在であった。

 ただ家族だというなら、それはどうしても助け出さなくちゃならないものだということぐらいは理解できた。


ドガーン!!


 向かっている先で爆音が鳴り響く。


「まさか!」


 ハイアンの顔が青ざめる。

 嫌な予感がよぎったのだろう。一瞬立ちつくしたあと、猛烈に走り出す。


「父さん!! 母さん!!」


 両親を呼ぶ。


「あれでは敵に位置を教えているようなものだ」

 ウィルは呆れつつ、厳しい現実を突きつける。が、当のハイアンの耳には届いていない。

 それほどまでにハイアンは一人先行してしまっていた。


「私がついていく」


 エリスが前に出る。


「放っておけないのですね……」


 ミリアはフフッと笑う。



「父さん!! 母さん!!」

 ハイアンはどんどん行ってしまう。


カタカタカタカタ!!


 そこへ待ち構えていたであろう銃や剣、槍、果てはパワードスーツまで着込んだ衛兵の大隊がいた。


「撃て撃て撃て!」


 隊長らしき髭の濃い巨漢が号令をかける。


「――! 止まりなさい!!」


 エリスはハイアンの腕を掴む。


バババババババババン!!


 ハイアンがいた場所が銃弾の雨あられで吹き飛んだ。


「ぐッ!」


 その中の一発がハイアンの足に当たった。


「迂闊に出るから! 立てる?」

「ぐ、うぅ……!」


 ハイアンは悲痛な声を上げる。

 それで「無理だ」とエリスは思った。


「よくも!」


 エリスは前に出る。


「相手は武器を持ってない火星人だ! さっさと殺せぇッ!」

 髭の濃い巨漢はわめき散らす。

「――!」


 エリスはキィッと歯を立てる。


「だからどうだっていうのよ!!」


 一足飛びで距離を詰めて、衛兵を蹴り飛ばす。


「ガハッ!」


 さらに、拳でパワードスーツの巨体を弾き飛ばす。


「く、こいつは!?」


 そこで髭の濃い巨漢は、エリスがファウナと戦った赤髪の少女だということに気づく。


「なるほどなるほど、ファウナ様に挑んだ愚か者の火星人か! そうとなれば!!」


 髭の濃い巨漢は、部下達に下がらせるように合図を送る。


「このような愚か者は所長ゴロン様自ら葬ってやろうか」


 ゴロンは不敵に笑い、獲物である鞭を振るう。


「――!」


 音速を超えた鞭の攻撃に、エリスはとっさに後ろに飛んでかわす。


「ほう、これをかわすか! ならばこれはどうだ!!」


 ゴロンは鞭を振り回し、ウネウネと唸りを上げてエリスへ襲い掛かる。

 エリスはこれを右へ飛び、左へ飛び、かわしていく。


ビュゥゥゥゥゥゥン!!


 音を掻き切る鞭の風圧で、エリスの頬が切れる。


「しつこいわね!」


 憤慨するが、鞭が生き物のように不規則に襲い掛かって迂闊に飛び込めない。

 認めたくないが、相当な技量の持ち主だ。


「フン!」


 ゴロンが一息入れると、鞭が壁を切り裂く。

 あれをヒトが受けたら、ひとたまりもない。


「ハハハハハハ! いつまでよけ続けられる!? ハハハハハハ!!」


 耳障りな笑い声をあげる。


「こんの!」

「それとも、そっちの仲間を狙った方がいいか!」


 エリスは反射的にハイアンの方を見る。


「隙あり!」


 エリスの腕に鞭が絡む。


「しまっ!」


 一瞬の隙を突かれた。

 ニヤリとゴロンは嗜虐的な笑みを浮かべる。


ビリビリビリ!!


 鞭から高圧電気が流れる。


「がぁぁぁぁぁぁッ!?」


 全身に痺れと熱気が掛け巡る。


「あひゃはははははははははッ!! 電圧鞭の味はどうだ!? どんな男だって、五十万ボルトをくらったら大人しくなるぜ!! さあ、跪けよ、お嬢ちゃん!! ひゃはははっはっはっはーッ!!」

「こんのぉぉぉぉぉぉ!!」


 エリスは片膝を突きつつも歯を食い縛って立ち上がる。


「ほう、まだ耐えるか! さすがファウナ様に楯突いただけのことはあるな! ならば、電圧を上げてやる!」


 ゴロンはそう言って鞭の電圧を引き上げようとする。


「させません!」


 そこへハイアンがナイフを持って倒れ込むような勢いで突撃する。


「があッ!」


 ナイフはゴロンの腹に突き刺さる。


「きさまぁ、よくもぉッ!!」


 ゴロンは鞭を振るい、ハイアンを腹をえぐる。


「ああぁッ!!?」


 ハイアンの悲鳴がエリスの耳に届く。


「――!」


 倒れるハイアンの姿がエリスの目に映る。


(足をやられてたはずなのに、無理して……! ――それも私が情けないから!!)


 エリスは地に着いていた片膝を上げる。


「おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」


 叫びを上げて、鞭を引っ張る。


「おう、貴様まだやる気かぁッ!?」

「やらせるもんかぁぁぁッ!!」


 熱気を放出して、電圧を吹き飛ばす。


「な、そんなバカな!?」


 さらにエリスの熱気は留まることをしらず、上がり続ける。


「ヒートアップ!」


 熱によって向上した身体能力で一気にゴロンの懐へ飛び込む。

 渾身の力を込めた回し蹴りを叩き込み、吹っ飛ばす。


「がああああああッ!! よくも、よくも、やってくれたな!!」


 ゴロンは悲鳴を上げて、立ち上がる。


「本気でやったのに……結構頑丈なのね」

「もう許さん!! お前達も何を黙って見ている! やれやれかかれぇぇぇッ!!」


 号令をかけると今まで黙って見ていた衛兵達が銃を構える。


「数に頼るなんて、最低ね」


 エリスは心底から嫌悪する。


「なんとでも言え! 火星人の言葉など聞く耳もたん!!」


バババババババババン!!


 その時、衛兵からではなくエリスの背後から銃声がした。


「撃て! 撃て撃て!!」


 ウィル達の援護射撃だ。

 完全にエリスやゴロンに気を取られていた衛兵達はなすすべなく次々とやられていく。


「くぅぅぅ! 何をしている!!」

「所長、ここは後退を!」

「だ、だが……!!」


 ゴロンは悔しさで歯噛みする。

 だが、戦況の不利は明らかで、それを理解できないほど無能でもなかった。


「くそ、後退だ! 覚えてやがれ、火星人!!」


 負け惜しみを言いつつ、後退する。


「待ちなさい!」


 逃がさないと言わんばかりにエリスは追いかけようとする。


「いえ、待ってください」


 それをミリアが腕を掴んで止める。


「放しなさいよ!」

「いいえ、深追いは禁物です」

「あいつを、あの下種な木星人を放っておけないわ!!」


 そこまで言って、エリスはハイアンの存在を思い出す。


「そう、あいつは!?」


 エリスはハイアンが倒れた場所を見る。


「ハイアン! ハイアン!!」


 マテオが必死に呼びかけている。


「あ、あぁ……」


 弱弱しく声を上げる。


「レイ、ア……」


 最期にその名前を呼んで、目を閉じてしまう。


「おい、ハイアン! しっかりしろ!!」


 マテオは激しくハイアンの身体を揺する。


「……マテオ君、彼はもう」


 ウィルがそんな残酷な事実を突きつける。


「そんな! そんなはずねえだろ!! だって、こいつは、こいつは!!」


 マテオは悔しさのあまり、涙を流す。


「私が情けないから……死んだのよ……!」

「ええ、そうですね。エリスは情けないですから」

「なんですって!」

「御自分から言ったじゃありませんか」

「――!」


 エリスはミリアを睨む。


「情けないと思うなら、強くなればいいじゃありませんか」


 ミリアは微笑みを浮かべて言う。


「簡単に言うわね……」


 そこへウィルがやってくる。


「エリス、君のおかげでこのエリアを制圧できそうだ。感謝する」

「感謝ならあいつに言いなさいよ」


 エリスはハイアンを目で指す。


「彼もよくやってくれた……せめて、彼の両親や婚約者は助け出さないとな」


 ウィルはそう言って、火星人達へ号令をかける。


「彼の犠牲を無駄にしない為にも、何としてでも我々は生き残るぞ! さあ行くぞ、この先にいる仲間を助け出すぞ!!」


 ウィルは戦える火星人達を引き連れて、先行する。


「エリス、どうしますか?」


 ミリアが訊く。


「どうするって……?」

「彼と一緒に戦いますか?」

「……そのつもりはないけど……」


 医者のソロンを人質にするようなウィルのやり方は気に食わず、協力する気はさらさらない。

 しかし、エリスの脳裏にゴロン所長の笑い顔が浮かぶ。


「あいつだけはぶっ飛ばさないと気がすまないわ」

「それでいいと思います」


 ミリアは満足げに言う。


ピコーン


 その時、エリスとミリアの通話ウィンドウが勝手に開く。


『おお、ようやった。繋がったか!』


 イクミであった。

 さっきまで外の誰ともつながらなかったが、イクミのハッキング技術なら別に珍しいことではなかった。


『エリス、ミリア、無事か?』

「見ての通りよ」


 エリスは適当に答える。


『そっかそっか、無事で何よりや』

「イクミの方こそ無事のようですね。心配していませんでしたけど」


 ミリアはわざとらしく悪態をつく。


『せやな。こっちにはダイチはんもマイナはん達もおるからな』

「ダイチ……」

『なんやエリス、うちよりダイチはんの方が心配か』

「べ、別にそんなんじゃないわよ! あんた、今どこにいるの!?」

『海賊船の中や』

「海賊船って……ああ、あの宇宙海賊のね。ヒトが大変な時に呑気ね……」


 エリスはため息交じりに文句を垂れる。


『んでもって、今そっちに向かっとるとこや』

「はあ?」


 エリスは、イクミがまた戯言を言い出したと思った。

 そこからイクミは現状を簡潔に説明し始める。







「エリスと連絡が繋がったって?」


 ヴァ―ランスの操縦席から、ダイチは訊く。


『そや、概ねの事情は説明しといたで』

「概ねの事情、か……」


 果たして、イクミの説明でどのくらい伝わったか。ダイチは不安に思った。


「それで、エリスは無事なのか?」

『無事といえば無事やな。怪我はしてるみたいやったけど』

「怪我……?」

『ああ、心配するほどのもんやないで。五体満足やったし』


 その基準はどうかと思ったが、とにかく心配するほどのものではないというのはわかっただけでも一安心だ。


「あとは俺達がブランフェール収容所に乗り込んで助け出せばいい、ってわけだな」

『おお、ダイチはん。やる気やな!』

「キャプテンも言うておったじゃろ。妾達が一番乗りするんじゃ、やる気になって当然じゃ」

「お、おい……」

『ええでええで! うちは断然応援するで!』

「まったく……」


 みんな勝手言いたい放題だと思った。


「ダイチ、主は彼女らを助けたいと思わぬのか?」


 フルートが訊いてくる。


「思わないわけないだろ。助けたいよ、助けるためにこうしてやってるんじゃないか」

「なら、もうすぐその時がやってくる。チャンスを逃さぬようにな」


 そんな予言めいたことを言ってくる。

 フルートに備わった冥皇としてのチカラを考えると、にわかに信憑性が出てくる。

 ザイアスがケラウノスを放つようになってから海賊船に取りつく機体は極端に減った。

 しかし、それは一時的なもので、時間が経つに連れて海賊船を沈めようと集まってくるクリュメゾンの機体はどんどん目に見えて増えてきている。ダイチは本当にこの包囲網を突破できるのか、時間とともに不安は増大していく。

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