第74話 南の領主ツァニス乗船

 軌道エレベーターの防衛長官ラルサスが宇宙海賊に倒され、東軍の領主サレアは南軍の領主ツァニスに敗れた。それで、この戦いの勝敗は決した。

 残存するクリュメゾン軍は軌道エレベーターを破棄し、撤退した。

 領主を失った東軍は、敗走という形でクリュメゾンから退いた。


「派手にやったもんだな」


 海賊船はヴァ―ランスが放った光によって両断された軌道エレベーターを見上げる。


「お、落ちてきませんかね……?」


 リィータは不安を口にする。


「いや、その心配はない」


 ザイアスは言う。


「あれは衛星軌道上から宙づり状態になっていてな。地上から伸びているのではなく、大気圏外から宙づりになっているんだ」

「え、それじゃあ地上から伸びているんじゃなくて上空から伸びているんですか!?」

「ああ、まあこのままにしておけないがな。早く戦争を終わらせて修繕しないと落ちてこないとも限らない」

「け、結局危ないんじゃないですかあ!」


 リィータは震え声でザイアスへ訴える。

 そのやり取りを見て、ダイチ達は和んだ。


「キャプテン、ハンガーに着艦依頼がきてるぜ」


 リピートが言う。

 その先に、軌道エレベーターの中の一つの外壁が開いて、海賊船を迎え入れる準備をしている。


「受けるか、レジスタンスの団長とも直接会いたいしな」

「了解」


 リピートは承認の返信を出す。






 レジスタンスの旗艦の艦橋でガグズとギルキスは海賊船の着艦準備に入る様子を眺める。


「簡単に許可してくれましたな」

「大胆不敵といった面構えだったからな」

「しかし、彼が戦場に介入してきただけで、我々は南軍と同盟を組むことになった」

「おかげで我々は軌道エレベーターを占領できた」

「我々レジスタンスだけのものではないですがね」


 そこまで話してギルキスは立ち上がる。


「弾薬とエネルギーの補給はつつがなく終わらせるのだぞ」

「はい。いつでも事を構えられように」


 ガグズの返答は物騒であったが、それだけこれから会見する相手は得体のしれないものであった。






 海賊船は軌道エレベーターのハンガーは着艦する。


「とりあえず、お前等は待機だ」

「いよおし! リィータちゃん、デートしようぜ!」

「断固お断りします」


 リィータはやんわりとしつつも頑なに拒否する。


「お前等もついていくか」


 ザイアスはダイチやフルート、イクミを誘う。


「あ、ああ……」


 ダイチは答える。


「ダイチが行くのなら、童もじゃ!」


 フルートは元気よく答える。


「うちもいこうか。木星の技術も色々みておきたいしな!」


 イクミは楽しそうに言う。


「………………」


 格納庫にやってくると、ひょろ長い長身の男が無言で佇んでいる。


「ご苦労だったな、キルリッヒ」


 ザイアスが労うの言葉を掛ける。


「………………」


 しかし、キルリッヒは無言で表情すら微動だにせずザイアスを見下ろしている。その眼光はとても力強く、目を合わせただけで射貫かれたかのように感じる。


「この人がさっきのスナイパー……」

「そうだ、俺の頼もしい仲間だ」

「質実剛健といった男じゃな」

「………………」

「褒められて嬉しいみたいじゃな」

「そうなのか!?」


 ダイチにはただ無言で突っ立っているだけで変化がわからない。


「こいつはすぐに顔に出る方だぞ」

「は、はあ……」


 まったくそうは見えない。


「留守は任せたぜ」


 キルリッヒはわずかに頷く。そのくらいはわかる。


(狙撃手、か……)


 ダイチは密かにそう思った。


「しかし、派手にやられたな」


 イクミは格納庫に安置されたヴァ―ランスを見上げる。片翼を撃ち抜かれた他に、シュヴァリエやジェアン・リトスの巨体から繰り出されるパワーある攻撃に対抗されるために無茶をさせすぎた結果、あっちこっちに痛みや凹みが見える。


「すまねえ、せっかく持ってきてくれたのに」

「なあに、改造仕立てでよおく戦ってくれた方や。この戦闘データを取り込めばもっと強くなれるぞ」

「そうか、そいつは楽しみだな」


 ダイチは心からそう思う。

 この次の戦いで、もっとうまくやるために。エリスを助け出すために。






 ダイチ達はザイアスについて海賊船から降りて、軌道エレベーターのハンガーから廊下を降りる。

 廊下は無人でヒトの気配を感じない。


「最低限の技師だけ残してあとは脱出したそうだ」

「残して? 逃げ遅れてじゃなくて?」


 ダイチは訊く。


「技師達はこの軌道エレベーターの運用に生命をかけている。ヒトがいなくなって機能停止になるのだけはどうしても嫌らしい」

「その気持ち、わかるなあ。うちもフォルティスを捨てろって言われたら死んだ方がマシや! ってなもんでな」

「はあ……」


 ダイチにはちょっとついていけなかった。命あっての物種だからだ。


「まあ、そんなわけで、俺達もこのエレベーターを使えるってわけだ」

「ありがたい話でもあるんだな」


 そんな会話をしながら、無人の廊下を歩き続ける。

 やがて廊下からエレベーターに辿り着く。

 昨日使った観光用エレベーターやついさっき上って戦いを繰り広げたエレベーターとはまた違った趣のものであった。景色が見れるでもなく、観光用の装飾も無く、エレベーターという機能だけがある業者用という印象だった。


「この先にいるのは、レジスタンス団長と南国の領主だ」


 ザイアスが独り言のように呟くと、ダイチは改めて自分が場違いだと思い知る。


「大物ばかりだな……」

「いや、お前等だって、十分大物だ」


 ザイアスが言う。


「何せ、軌道エレベーターのド真ん中で戦いを繰り広げてたんだ。スケールのデカさじゃ負けてねえよ」

「はは、そんなもんか……」


 自分としては無我夢中に戦っていただけなのだが、不思議とザイアスにそう言われるとそんな気がしてくる。


(器の大きさって奴か……そういえば、その二人がそろうことになったのも、キャプテンが取り計らったからって聞くし……)


 そう考えると、余計にザイアスが大きく見えてくる。

 エレベーターが目的の階に着く。

 その階のミーティングルームに行くと、既にレジスタンスと南軍の両雄が揃っていた。

 レジスタンスの方は団長のギルキス、副団長のガグズを始めとして一番隊隊長のユリーシャや会議で顔を合わせた隊長格の面々が顔を連ねている。


 南軍の領主ツァニスを中心に親衛隊と思われる風格を持った軍人達がいる。


(おっかねえ……)


 ザイアスはこの場に相応しいと言ってくれたが、やはりいざミーティングルームに入ってみると、場違いだと思ってしまう。

 せめてもの救いは、レジスタンスの方に顔見知りがいることぐらいだ。そう思うと、ユリーシャの傍らあたりにデランがいることに気づく。

 なんというか凄い馴染んでいるように見えた。ユリーシャの補佐官だと言われたらそのまま受け入れてしまいそうなほどに。

 そのさらに隣にマイナの姿がある。


(あ……)


 途端に気まずくなる。

 正直、軌道エレベーターで必死に無我夢中に戦っていたせいですっかり忘れていた。無事で何よりなのだが、あの戦場で置き去りにしてしまったことに違いない為、どうにもきまずい。

 心なしか、マイナの自分に向ける眼差しに恨めしさを感じる。


「ま、よく集まったものだな」


 ザイアスはそう口にする。


「あなたに集められた、というべきでしょうね」


 ツァニスはそう返す。


「まあ、そうともいう」


 ザイアスはフッと笑う。


ザワッ


 レジスタンス、南軍双方にざわめきが起こる。

 一国の領主、それも現ジュピターの血を直接引くツァニスに向かって、不遜な態度をとる。それだけだと生命知らずの愚か者だということになるが、ツァニス自身はその彼に敬意を払っている。

 一体あの男は何者なのか、と。


「もしや……!」


 ツァニスの傍らにいた中老の軍人が、ザイアスの顔を見て驚きに目を大きく開く。

 ツァニスはすっとそんな彼に向かって手を上げて「黙っているように」と合図する。


「………………」


 軍人はそれで黙りはしたが、ザイアスの顔を何度も確認する。


(なんだ、あの領主とキャプテンは顔見知りなのか……?)


 ダイチは疑問に思う。


「俺の同盟の提案に応じてくれて、まずは感謝する」


 そんなことをザイアスは言い始めた。


「半ば無理矢理だったようでしたが、魅力的な提案でしたもので」


 ツァニスは弾むような口調で言う。

「事実、あなたやレジスタンスの奮戦もあって我々は軌道エレベーターをこうして難なく占拠できました」

「こちらとしてもさほど犠牲者を出さずにすんだ。そういった意味ではこの同盟は正解だったといえる」


 ギルキスも同意する。が、それは言葉だけの表面上のものにすぎず、ギルキスとツァニス、いや、レジスタンスと南軍の陣営は剣呑な雰囲気であり、息が詰まりそうになる。


「そいつはよかった」


 そんな中で、ザイアスはやはり不遜な態度でレジスタンスと南軍に向かって言う。


「あなたは一体……?」


 レジスタンスの隊長の誰かが疑問を口にする。


「俺か。俺は宇宙海賊キャプテン・ザイアスだ!」


 ザイアスは高らかに名乗りを上げる。

 そのせいで、双方の陣営の疑問、というより疑念は大きくなる。


「ただの宇宙海賊やレジスタンス風情に我々は同盟を組んだのか……?」

「ギルキス団長、何故あのような宇宙海賊と……? しかも、南軍と同盟なんて……?」


 雲行きが怪しくなってきた。

 ひょっとしたら、ここで交渉が決裂してそのまま戦争に突入するのかもしれない。


「みんな、落ち着け」


 そこへギルキスが血気にはやる隊長達を制止する。


「落ち着くのだ」


 それはツァニスも同様だった。


「我々レジスタンスの目的は、皇族の支配体制の打倒だ」

「ああ、そうとも! だからこそ、そこにいる皇族野郎とは手を組むなんておかしいだろ!!」


 二番隊隊長のコンサキスが怒声ともとれる発言をする。それはツァニス側にも聞こえていたが、それで戦争になったりしないかダイチは冷や汗ものであった。


「確かに、コンサキス隊長の言う通りだ。だが、我々の現状の目的は火星人達の処刑を阻止することだ」

「おお、そうとも! だが、それがどうした?」

「それは我々レジスタンスだけの戦力で確実に果たせると思うか?」

「うぅ……!」


 ギルキスの迫力にコンサキスは圧される。コンサキス自身、宇宙海賊に助けられなかったらやられていた負い目もあるのもその一因だ。


「こうして、彼等と手を組んだことで我々は大した犠牲を出すことなく軌道エレベーターを占拠する事ができた。その勢いを維持したまま、ブランフェール収容所にまで攻め込める」

「だが、それでも、こいつらと肩を並べることは……!」


 コンサキスはそれでも納得がいかない様子を露にする。

 それは皇族支配によって虐げられてきた平民であるなら仕方のないことだということで、他の隊長達も諫めようとはしない。むしろ彼等の不満をコンサキスが代表して発言している趣すらある。


「数百人の生命がかかっているのだ。失敗は許されない」

「う……!」


 コンサキスは完全に気圧され、一歩引く。


「現実問題として、彼の宇宙海賊と南軍を相手にして我々が勝利できる保証はありません」


 ガグズが補足する。


「ただ皇族打倒を掲げている以上、その同盟も長く続けるつもりはない」


 ギルキスは確認するようにザイアスと向き合う。


「火星人の救出が成功し次第、我々は同盟を抜ける。それでよろしいか?」

「ああ、構わない。こちらとしても火星人の救出が第一だからな」

「そういうわけだ。火星人数百人の犠牲を出さない為にも、ここは納得してもらえないか?」


 ギルキスは隊長達に申し出る。

 ただ、それでも隊長達は完全に納得がしたというわけではないが、ギルキスが掲げる火星人数百人の救出までの同盟ならばと不承不承ながら従う向きが見えた。


「こちらとしては火星人の救出など目標にないのだがな」


 ツァニスは言ってくる。この場でそんなことを言うのは火種を放り投げるようなものだ。


「そういうな。ブランフェール収容所にも相当規模の防衛軍が配備されている。今やクリュメゾンの威信にかけても収容所を守り抜くつもりだろう」


 それをザイアスは諫めるように言う。


「なるほど、それを叩けばクリュメゾン軍は一気に瓦解する事も有り得るか」

「そういうわけだ」


 ザイアスはニヤリと笑って言う。


「聞いての通りだ」


 ツァニスはマントを翻して親衛隊に語り掛ける。


「なんとしてでも収容所を攻め落とすためにも、この同盟の力が必要だ」

「領主陛下がそういうのであれば……」

「レジスタンスや宇宙海賊との同盟もやむなしか」


 そんな声が南軍の面々からあがってくる。


(まるでキャプテンを手玉にとってるみたいだ……)


 レジスタンスと南軍、それぞれのやりとりを中立のような立場でみていたダイチはそう思い、改めてザイアスの大物ぶりに圧倒される。


「さて、話がまとまったところで、こいつを見てくれ」


 ザイアスはミーティングルームの中央に立体スクリーンを出す。

 巨大な白い壁がそびえたっており、その先にある建造物を守っている。


「こいつがブランフェール収容所だ」

「ほう、こいつを攻め入るってことか」


 ツァニスが興味を示す。


「デカいな……」

「ええ、クリュメゾン最大の収容所よ」


 ユリーシャとデランはそんなやり取りをする。


「一度入ったら出られなさそう……」


 マイナは冷や汗を流す。


「俺の仲間が割り出してくれた情報によるとクリュメゾン軍はこの軌道エレベーターの三倍の戦力を投入している」


 ザイアスがそう言うと、赤いマーカーが収容所を取り囲むように大量に出現する。


「さ、三倍……?」

「うむ、凄い数じゃのう」


 フルートは感心する。


(ここの三倍って……)


 軌道エレベーターの方にも相当な戦力が集まっていたというのに、その三倍というのも想像がつかない。この大量のマーカーはそれだけの大軍とも示しているが、これを突破しなければエリスとミリアを助け出せないとなると骨が折れるどころの難易度ではすまなそうだ。


(それでも、なんとかしないとな)


 二人の生命がかかっているのなら、と、ダイチは拳を握りしめる。


「作戦はこうだ」


 白、黒、緑の三色のマーカーが出現する。レジスタンスの白、宇宙海賊の黒、南軍の緑を示しているようだ。


「俺達宇宙海賊が強襲をかけ、レジスタンスと南軍はそれに続いて援護して欲しい」

「俺に露払いをさせるつもりですか?」

「ボスランボは強襲向きなんでな。拠点への一点突破にはもってこいなんだ」


 ザイアスはさも得意げに答える。


「そのまま、俺達で火星人は収容する」

「あの海賊船にそれだけのヒトを収容することができるのか?」


 ギルキスが訊く。


「ま、無理だろうな。半分はレジスタンスで受け持ってくれ。いいだろ?」

「もとより、輸送艦の準備はある。そのぐらいは造作もない」

「オーケー、さすがだ」


 ザイアスとギルキスは微笑みをかわす。

 たったそれだけで数十年来の戦友のように見えてくるから不思議だ。


「戦力からいって、三軍の戦力を集めてもややクリュメゾン軍が有利か」

「そうだな。だが、この戦いに勝てば一気にクリュメゾン領主への道が開ける」

「はい、気合が入りますな!」


 ツァニスは大いに張り切る。ダイチもそれに負けたくないと思った。


「我々も負けていられませんな」

「ああ、火星人の処刑を許すわけにいかないからな。レジスタンスもまた威信をかけるぞ!」


 ギルキスの呼びかけに隊長達は頷く。

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