第41話 2日目の朝

 格納庫からフェストの食堂までは距離があったせいで、色々なヒトとすれ違った。

 まずは操者のミケエラ・クラケット。ミッテルの操縦者らしい。

 癖っ毛が特徴的な大人の女性で、競走中は機体越しでの戦いでエリスとは顔を合わせていなかったが、ミケエラは雰囲気でわかったとのことで声をかけてきた。


「あれには恐れ入ったわ。飛び道具と一緒に飛び込んでくるんだから」


 ミケエラは陽気に話しかけてきたので、エリスも話しやすかった。


「あれはとっさにああすれば勝てるかなって」

「すごい判断力ね。火星人ってみんなそうの?」

「いや、あんなことするのはエリスぐらいやで」

「ああ、そうなんだ。親戚に水星人や木星人はいるんだけど、火星人はいないからそういうことを平気でするヒト達だと思っちゃったわ」

「ああ、エリスのせいで火星人の品性が疑われておるでー」

「別にあんたが火星人の代表ってわけでもないでしょ」

「フフ、あなた達って面白いわね」


 ミケエラは笑う。


「それで、私達に何か用?」

「ううん、別に用ってわけじゃないけど、ただあなたがあの赤い……ハイスアウゲンって名前だったかしら? あれの操者か、確認したかっただけよ」

「ふうん……私はてっきり宣戦布告しにきたかと思ったわ」

「アハハハ、面白いこと言うんだね。朝からバリバリのバトルモードなんて疲れるだけよ。戦いになったらきっちり仕留められるようにスイッチのオンオフはしっかりしておくのが私のやり方よ」


 ミケエラは堂々と語る。エリスもその様子に悪い印象を受けなかった。


「挨拶だけよ。でも、戦いになったらきっちり仕留めてみせるから」


 エリスの眉間に向かって銃のように指を差す。


「結局してるじゃない、宣戦布告」


 エリスは不敵に笑って返す。


「ああ、そうだったわ。アハハハ、おかしい! じゃあ、またね!」


 ミケエラは手を振りながら去っていく。


「気持ちのええやつやな」

「あれで平気な顔して背中から狙い撃ちしてくるんだからまいっちゃうけどね」

「馴れ合っても、戦いは戦いってわけやな。はあ、さっぱりしてるでー」


 イクミは感心する。


「私も仲良くなったから情けかけるような奴と戦ってもつまらないしね。気が合いそうだわ」

「エリス、あんた実は金星人の血が混ざっているやないか?」


 などとくだらないやり取りをしながら、次にすれ違ったのはラルリスだった。


「おはよう」


 先に挨拶してきたのは向こうの方だった。


「これから朝食?」

「ええ、昨日は負けたものだからよく眠れたわ」

「アハハハ、普通悔しくて逆に眠れないんじゃないの?」


 ラルリスは笑う。


「夢の中でたっぷりリベンジさせてもらったからいいわ」

「……それはそれで屈辱ね」

「安心して、現実でもちゃんと借りを返すから」

「ああ、それはいいわね」


 エリスとラルリスは火花を散らすように睨み合う。


「戦いは既に始まってるって感じですね」


 ラミは機体満面の笑顔で言う。


「昨日は先に機体の方がおしゃかになって勝ちを拾わせてもらったけど、今日は実力で勝たせてもらうわよ」

「こっちこそ、機体はじいさんの方が万全にしてくれてるんだから、今度こそ私が勝つわ」

「面白い! 今日の闘技が楽しみね!」


 エリスとラルリスはそう言いつつ、別れる。


「あ、そうそう……一つ良いことを教えてやるわ。

昨日、あなたが言っていたアグライアは確かに私よりも強いわ。――剣での勝負ならね」


 去り際にそんなことを言っていた。

 他にも、ブラシュオンのマイスターと操者にも会った。ただ二人は意気消沈しているせいで会話にはならなかった。

 食堂について、まずその話になった。


「あの二人、どうしたのかしら?」

「なんや知らんのか? ブラシュオンは昨日の競走で叩き壊されてリタイアみたいしたみたいやで」

「ふうん、リタイアね」

「それだけやなくて、エリスが昨日ボコボコにしたゲヴァルツはかろうじて参加できるみたい」

「ああ、あれぐらいならね、まあ参加できるでしょ」


 エリスの興味無さそうに言う。

 それでイクミとラミはお互いの顔を見合わせる。


「あれこそ、よう今日参加できたと思うんやけどな」

「そうですね、あれこそマイスターの努力の賜物ですよ」


 ラミは憧れの念を込める。


「せやな。エリスがあんなボコボコにしたのにな!」

「はい。復帰は絶望的だと思ったんですが、凄いですよね」

「出てきても、また返り討ちにしてやるわよ」


 エリスは意気込む。


「エリスさんの狙いはラルリスさんとノイヘリヤだけなんですね」

「無理ないで、あんな負け方したらな」

「うるさいわね! さっさと食べてじいさんの手伝いしたらどうなの!?」

「す、すみません!」


 ラミは謝って、大慌てで朝食を口に入れる。


「気にすることないで。もううちらに出来ることは無さそうやしな」


 対照的にイクミはゆっくりと食べる。


「失礼。ここいいですか?」


 そこに淡い藍色の髪をした青年がやってくる。

 青年は清潔な作業着を羽織っており、声色から男性だとわかったが、顔は女性と見間違えるぐらい綺麗に整っている。


「別にいいけど、あんた誰?」


 エリスがぶっきらぼうに言うと、青年は丁寧な動作で椅子に座る。


「申し遅れました。ボクはバライ・ファラウスといいます。

エリスさんとお見受けしますが、間違いないでしょうか?」


「ええ、そうよ。私に何か用?」

「ちょっと話がしたいんですが、よろしいですか?」

「いいけど、何の話?」

「あなたについてです」


 バライはニコリと笑って答える。


「火星人というのは本当なんですか?」

「ええ、そうよ」

「なんちゅうか、記者みたいな奴やな。エリスのことがそんなに珍しいんか?」

「はい。単刀直入に言いますと、火星人が金星のマシンノイドに乗り込むのはどういうものなのかお聞きしたいんです」

「あんた、マイスター?」

「ええ、そうですよ」

「バライ・ファラウス……聞いたこと、ありませんねえ」


 ラミが顎に手を当てて言う。


「まだまだ新参者ですからね。名前はしられていないと思いますよ」

「あんたの知名度なんてどうだっていいわ。ただあんたの作り上げた機体が強いかどうか、私の興味はそこだけよ」

「ごもっともです。あなたとは気が合いそうで嬉しいです」


 バライは笑う。ただその目は何やらギラつく光っているようにエリスには見えた。


「それでどうなのでしょうか?」

「そうね……別に変わったことはないわ、ただじいさんの調整がメチャクチャだから急に軽くなったりしてビックリすることはあるわ」

「なるほど、ラウゼンはそういうことをするんですね」

「って、エリス! 何ペラペラ喋ってるんや!?」


 イクミは注意する。


「別にいいじゃない」

「こいつ、敵なんやで!」

「知られて困るような情報なんてないじゃない。代わりに向こうのことを教えてもらうところだし」


 エリスは顔を笑っているが、射抜くような視線をバライに向ける。


「ええ、もちろんただで教えてもらおうとは思っていませんよ」


 バライはそれを不敵に笑って受け流す。


「これです」


 バライはディスプレイを宙に出して、エリスにデータを渡す。


「うちの機体のデータです。あとでじっくり拝見してください」

「こんなもの、気安くわたしていいわけ?」

「見返りにたっぷりきかせてもらいますよ」

「私がこのままデータだけもらってトンズラすることは考えてないの?」

「そういう性格ではないと思っていますので、安心しています」

「なるほどね。まあ、機体のデータぐらいでそんなケチくさいことするつもりなんてないけど」

「そのはっきりとした物言い、ますます気に入りました。是非ともうちの機体の操縦者になってほしかった」

「それは残念だったわね。私もあんな無茶振りしてくるマイスターだと知ってたら引き受けなかったし」

「そう言いながらもかなり楽しんでいるように見えましたが」

「まあ、それなりに楽しんでいるわ。んで、他に聞きたいことは?」

「感覚的に違和感とかありませんかね?」

「違和感……」


 エリスは昨日の戦いでハイスアウゲンが限界を迎えた時のことを思い出す。


「あるわね、昨日は機体が先におしゃかになっちゃったし」

「それはあなたとあなたの機体特有のものでありませんね。

GFSを使用しても、どうにも身体と機体が馴染めないケースは後を絶たないみたいですから」

「おお、それはよく聞く話やな」

「はい。GFSは機体を身体の延長として稼働させるためのシステムなのですが、やはり、ヒトは自分の身体が一番のようで中々上手くいかないようです」

「あんたはそれをなんとかしたいってわけね?」

「マイスターなら当然ですよ。調べた限り、金星人には金星の機体が、火星人には火星の機体がよく馴染むという統計データが出ています。

ですが、ボクはこれをなんとかしたいと思っていまして、金星の機体を火星人でも木星人でも扱えるマシンノイドを作り上げる計画を立てているんです」

「なるほど。それで金星の機体をあつかった火星人のエリスの感想が聞きたいわけやな」

「そういうことです。どうかもっと詳しく教えていただけませんか」

「別にいいけど。参考になるの?」

「参考になるかどうかはこちらで判断しますのでとにかく話してください」

「はあ、わかったわ」


 エリスはため息をつきながらハイスアウゲンに乗っている時のことを話す。

 途中からレースのことを思い出したのか、熱が入り始めてイクミもラミも聞き入った。


「ああ、そろそろ時間ですね」


 話が区切りついたところで、バライは席を立つ。


「どうもありがとうございます。とても参考になりました」


 一礼して、去っていく。


「ああ、もうこんな時間か。すっかり話し込んでしまったな」

「エリスさん、夢中で話してましたものね」

「そう、いつもの調子で話したつもりだけど?」

「せやな、戦いのときに比べたらちょいテンション低かったけどね」

「そうですね。あの時のエリスさんはちょっとハイになってると思いますよ」

「私としちゃあ、いつもの調子なんだけどね」

「あれがいつもの調子だったらうちらは大損害やで」

「それ、どういう意味?」

「ご想像におまかせを」

「あんた、サンドバッグになりたいわけね」

「堪忍してーな!」

「フフ、エリスさんとイクミさんは家族みたいですね」


 ラミは羨ましそうに二人を見る。


「まあ、付き合い長いしな。だけど、ミリアの方がもっとべったりやで」

「そんなにべったりかしら?」

「傍から見てる分にはな」


 自覚の無いエリスにイクミは嫌味ったらしく言う。


「そういえば最近、会ってないわね」

「ミリアさんは今火星ですか?」

「いんや、今はエインヘリアルに留学中や」

「エインヘリアル!? 凄いですね!! 試験通ったんですね!」

「私だって、この腕なら通れたわよ」

「そうですね、エリスさんなら立派な騎士になれそうです」

「クフフ、エリスが騎士やって!」


 イクミは腹を抱えて笑う。


「何がおかしいのよ!?」


 エリスはまたイクミの首を絞める。


「グギュウッ!? ミリアがおらへんからってうちに当たらんでも!」

「あんたもミリアも余計なことしか言わないでしょ!」

「ミリアさんという方にお会いしたいですね」

「あんたとなら仲良くなれると思うわよ。素直だから」

「ミリアもかなり素直やで」

「あれのどこが?」


 エリスにはミリアが素直な性格だと言われても、ピンとこなかった。


「なんだかいいですね、家族みたいで」

「せやな。うちらは身寄りが無い孤児やったからな、エリスやミリアが家族のようなもんなんや」


 イクミは感慨深く言う。


「いいですね、羨ましいです」

「あんたにも家族はいるんじゃないの?」


 エリスはラミは困ったような顔で言う。


「二人の姉がいるんですが……どちらも姉というよりは憧れみたいなもので」

「上の兄弟なんてどこもそんなものなんじゃないの?」


 エリスが訊くとラミは苦笑いする。


「恥ずかしながらそういうものなんだと思いますが、私の場合、どうも恐れ多すぎて『姉上』と呼ぶことさえ出来ないんです」

「ふうん、家族がいるとこもいるなりに悩みがあるってわけね」


 エリスは関心を寄せる。


「っていうか、それはさすがにちょっとそれは特殊な気もするけどな」

「自分でもそう思います」

「別にいいんじゃないかって思うけどね。姉上でもお姉ちゃんでもちゃんと呼ばれた方が家族としては嬉しいと思うし」

「あ、やっぱり、そう思いますか」

「せやな。うちも試しに読んでみるか、エリスお姉ちゃん」

「やめて! 鳥肌が立つから!」

「ハハハハハ、やっぱり照れ屋やん」


 食堂で和気藹々と会話しながら、イクミを開ける。


「これがバライはんの機体やな」

「へえ」

「これは……!」


 エリスは興味を示し、ラミは真剣な眼差しで見つめた。




「――昨日の競走の敗因は何だ?」


 食堂から戻ってきたエリス達は、ラウゼンの提案でミーティングを開くことになった。そして、最初に言われたのがこの一言だった。


「私の判断ミスね」


 エリスは悪びれもなくあっさりと言う。


「違う!」


 ラウゼンは手を大きく振って否定する。


「嬢ちゃんの判断は間違っちゃあいなかった! 悪いのはこの俺の腕だ! 嬢ちゃんの無茶に応えられるようにハイスアウゲンを仕上げなかったせいなんだ!!」


「……師匠」


「あそこでもう一歩踏み出せるだけの装甲があれば、嬢ちゃんの勝ちだったんだ! その一歩を与えてやれなかったのは俺のせいだ! 俺がちゃんと調整しなかったせいなんだ!

だから、どうしても嬢ちゃんに一言詫びないといけねえ! すまなかった!」


 ラウゼンは床に頭をぶつけるんじゃないかという勢いで下げる。


「いや、別にじいさんだけのせいじゃないわよ。私だって、無理をさせすぎたし」

「その無理をなんとかやらせるのが俺の仕事だったんだ! それを機体の方が音を上げちまうなんてマイスター失格もいいところだ」

「過ぎたことを言ってもしょうがないでしょ。大事なのは今日これからの闘技でしょ」

「ああ、そうだ! そのためにハイスアウゲンをチューンナップしておいたぜ!」

「チューンナップ? 一日で?」

「突貫作業だからな! それでも昨日よりかはいい動きは出来るはずだぜ!」

「じいさん……」


 気合たっぷりのラウゼンにエリスも真剣な面持ちで答える。


「私だって、昨日は無茶をさせすぎたと思ったんだけど……もっと今日はもっとさせちゃっていいわけね」

「ああ、限界いっぱいまでやってくれ! それでバラバラになったら俺の調整不足だったってだけの話だ!」

「バラバラになんかさせないわよ。私だって死にたくないし!」

「フン、嬢ちゃんならバラバラになっても死にはしないと思うがな!」


パン!


 エリスとラウゼンは笑顔を交わし、ハイタッチする。


「よっしゃ、いってこい! 今日こそ優勝決めてこい!」

「言われなくても決めてやるわよ!」


 エリスはハイスアウゲンに乗り込む。


――Genome Feedback System Start Up!


 ディスプレイにその文字が浮かび上がり、エリスとハイスアウゲンは機体と一体する。

 エリスの腕がハイスアウゲンの腕に。拳を振るえば何者を砕く鉄腕となる。

 エリスの足がハイスアウゲンの足に。足を踏み出せば大地を震わす鉄脚tとなる。


「アウゲン……昨日はごめん」


 エリスは物言わぬ機体に語りかける。


「私が無茶させすぎたせいでバラバラになりかけた。なのに、私は気づけなかった。

今度はそんなことないようにする。あんたは私の一部……この腕も足もあんたのものであり、あんたの腕も足も私のもの、いいわね?」


 エリスは出口から見据える。

 ちょうど出口から差し込む光に照らされてハイスアウゲンは輝いているように見える。


「さあ、行きましょう! じいさんに優勝の美酒を味わせてやりましょう!!」


 ハイスアウゲンはその呼びかけに応えるように光に向かって歩き出した。

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