第14話 初めて?のデート

十月十八日火曜日 午前八時


「おにぃがオシャレしてる……」


 普段服を着る時よりも少し意識的に服を選んで着込みリビングに降りるとまだ食事をし始めようと椅子に座っていた唯が面白おかしく茶々を入れてきた。


「わりぃかよオシャレしちゃー」


 普段意識して服を揃えないため、妹に指摘されると余計に自分が恥ずかしくなってくる。


「てか唯はなんでまだ家に居るんだ?昨日はこの時間には家出てただろ」

「部活の朝練がなくなったからゆっくりしてられるんだ!」


 唯が嬉しそうにピースマークを俺に見せてきた。


「てか今日は何でオシャレしてるの?」

「え~とそれは…」

「恭子ちゃんとデートに行くそうよ」

「貝塚さんとデート!!あのおにぃがぁまさかあり得ないでしょ」

「ふふっ私も知らなかったけど交際期間は一年半にも及ぶそうよ」


 母さんが驚き混じりに昨夜家に帰ってきた後落ち着きを取り戻した俺は母さんに恭子ちゃんと付き合っていたらしいことを打ち明けた際の内容を簡略化させて唯に語った。

 しかし母さんは敢えて俺が彼女と付き合っていたことを覚えていないと言うことに関しては秘密にしてくれた。

 それよりも昔の自分を恨むよ。

 何故親と唯に黙っていたんだ俺は……と心の中で自答自答していた。

 伝えていれば、今こうして笑いのネタにされることも無かったのだろうなと言わざるを得ない。


「あれっ…………」

「どうかしたのおにぃ?」


 今、この状況を受け入れようとしていた自分がいたことに動揺を隠せなかった。

 昨日まで必死に亜香里を捜そうとしていたのに、今は少し違う気がする。

 

「いや今日の朝食は米がいいと思ってたからその通りでびっくりしただけだよ」


 唯に問われた俺は慌てて誤魔化す言い訳を考え言った。

 じゃないと二人に迷惑をかけてしまうかもと思ったからだ。

 その後は家族三人で朝食の席に着く。

 

「おにぃが付き合っていること父さんに報告しないといけないね。父さんどんな顔するかな?」

「そりゃー喜ぶんじゃない。息子の初彼女なんだしね」


 本堂家の女性陣は盛り上がりを見せ話に花を添える中、俺はもくもくと食事に勤しむしかなかった。

 なにせ俺ともう一人の男性陣営である父さんは海外に出張中で今は家に居ないから言い返すことも出来なかったのだ。


「ここ数日、色々あったと思うけど、すぐに楽しい思い出で一杯になるから。おにぃはデート楽しんできてねぇ」


 唯なりに俺のことを気にかけていて妹の優しさが身に染みる思いで俺は嬉しかった。

 だけど俺はこれを手放しで喜ぶことが出来ないことへの自分との認識間の差が葛藤を生み出す。


「ああそうするよ」


 病室のベットで目を覚ましてから幾度として家族に不安を起こさせないように笑い顔を唯に見せた。


「じゃあ俺、先に出るから」


 家族水入らずの朝食を食べ終え、ソファに用意していたショルダーバックを手に取り私靴を履くと玄関から外へと出ていった。

 あきらが出て行くと唯はムスッとした顔になり母親に今の兄の言動に文句を垂れ流す。


「母さんおにぃ、やっぱり何か隠してるよね」


 あきらにとっては隠し通せている気でいるのだが唯には何か自分に隠し事があることはお見通しであり、それはあきらの母親である美佐も同様であった。


「ええでも、あきらにも自分で考え受け入れるまでに時間が必要だから今はそっとしておきましょう」


 俺は母さんと妹の間でそのようなやり取りが行われていたことを一切知る由はなく家から出ていく。

 そんな俺が家から出て電車の駅に歩いていく姿を監視している二人組に気づく筈は無かった。


「目標対象人物が野外に出るのを確認、追跡調査を開始します」

 

 昨晩から張り込んでいた二人組の一人が定時報告とは別に緊急報告として監視を指示した人物であり、彼等の仲間である相葉秋に連絡を入れ尾行を開始した。


※※※


同日 午前八時四十分


 平日のこの時間は通勤・通学時間のピークが過ぎ去って間もないため、駅前の人口密度はそれほど高くもなく低くもない中途な密度だった。

 ただ平日の朝っぱらということも重なり前を行く人は足早にその場を去っていくなか、足下まで伸びる長めスカートに白いセーターを着こんだ恭子ちゃんが駅前の柱に背中を凭れかけていた。


「おはよっあきら!」


 俺が近付いているのに気付いた恭子ちゃんがこちらを振り向くと笑顔で声をかけ、手を不離出迎える。

 振り向き様の笑みと彼女が普段は履くことのないスカート姿を前にドキッとしてしまう。


「おはよう恭子ちゃん」

「もぉ~私のことは恭子でいいって言ったのに、まぁ仕方ないか。今日のところは前みたいに恭子ちゃんと呼んでいいわ」


 仕方ないなぁ~と言いながら、渋々了承する様も可愛らしく見える。


「それで今日はどこに行くんだ?」


 恭子ちゃんに告白され今日のデートが決まった際、俺が男として当然リードするものだと思っていたのだが彼女を家まで送る道すがら、今日のデートプランは自分に考えさせて欲しいとの恭子ちゃんからの頼みがあり俺はそれを受け入れていた。

 なので今から自分がどこに向かうのか等全く検討もつかなかった。

 

「それは乗ればわかる」

「乗る?」


 そういって一番最初に思い浮かべた乗り物は集合場所に指定されていたみやま駅から連想される電車であった。

 もしくはバスか……。


「そう乗るのアレに」


 恭子ちゃんが指す先には電車のホームがあった。

 行き先は告げられなかったが目的地はそれなりに遠いらしく、念のために持ってきていた電子マネーにお金を多目にチャージする。

 改札口を通り、恭子ちゃんの後を追うように付いていき、電車が止まる駅のホームに辿り着くとホームには既に電車が一両停車していた。


「こっちこっち電車もう出ちゃうから早くぅ~」

「扉が閉まります、扉にお近づきのお客様は扉に挟まれないようご注意下さい」


 恭子ちゃんに急かされ飛び乗った電車の扉が閉まり、アナウンスが流れてくる。

 飛び乗った電車は二人掛けシートの座席が幾つも列なっていたので、俺と恭子ちゃんは二人掛けが出来る空いている座席を見つけるとそこに腰を下ろした。

 友達と思っていた女の子からの告白。

 その女の子が今自分の隣に座っているこの状況に緊張が高まり、普段暇を持て余すこのような時に一体何を話していたのか思い出せない。



「この景色ってもしかして……」


 俺と恭子ちゃんが乗る電車は市街地を抜け自然溢れる山を通り越し、田園地帯を走っていた。

 俺はこの景色に見覚えがあった。


「ははっ流石にここまで来れば気付くよね」


 出だしこそ、緊張から何も話が出来なかったが恭子ちゃんが始めに話題を提供したことがきっかけで会話を楽しめた。

 亜香里や彗星のことは勿論触れないようにして……。

 主な話の内容は恭子ちゃんの記憶と俺の記憶が一致した亜香里が死ぬ前中学一年生の夏休みの思い出を中心としていた。

 俺自身不確かな記憶に突っ込むことはあまり臨んでおらず、恭子ちゃんもその気持ちを察している節があり話題を選んでくれていた気がする。

 それ以降だと話にズレが生じて、気まずい空気が漂う恐れがあるからだ。


「目的地は皆で遊んだ懐かしき遊園地よ」


※※※


同日 午前十時


 電車の旅も目的地付近の最寄りの駅に到着すると終了し駅の改札口を出て看板を頼りに十分くらい道なりに歩くと多くのアトラクションが稼働している遊園地テーマパーク、あすなろ遊園地の入場ゲートが見えてきた。


「え~と最後にここに来たのは中一だから五年ぶりか」


 近づくにつれ、ジェットコースターの駆動音と人々の絶叫が大きくなる。

 入場ゲートを前にゲートを見つめながら記憶を遡るようにして俺は思い出す。

 中学生になった始めのGWに、仲良し五人組で来たのが最後の思い出だ。


「…………」


 しかしその俺の発言に対して恭子は少し顔を曇らせたていた。

 俺が気づかない内に顔を元の表情に戻すと肩に掛けていたオシャレな赤いポーチバックから事前に買っておいた入場券を取り出すと、入場ゲートをまじまじと見ていた俺に手渡す。


「はいこれ、遊園地の入場券」

「えっそれは悪いって恭子ちゃん。いくら?」

「だぁ~め、今日は私が無理矢理誘ったデートなんだからお金のことは気にしないの」 


 遊園地の中に入ると入場券に付属していたフリーパス交換券を持って専用の窓口に行き交換券を係のスタッフに差し出しフリーパスを貰うと手首にしっかりと巻きつけた。


「それじゃあ、あきらまずはどれに乗ろうか?」

「そうだなぁーここは定番のジェットコースターからにしよう」


 フリーパスを貰った際に窓口に置いてあった園内パンフレットを一読し最初に乗るアトラクションを決めると、真っ直ぐ目的地目指して歩く。


※※※


「そろそろお腹すいたし昼食にしようぜ」


 平日の遊園地は人が余りおらずスムーズにアトラクションを遊べたので、遊園地内にある八つのジェットコースターを午前中に全て制覇し終えた。

 お互い絶叫系アトラクションが好きなのと今日は人が少なかったことも関係しつい調子に乗ってジェットコースターに乗りまくった結果、流石に俺は後半になるにつれ気分が悪くなったが恭子ちゃんは平気で最後の方は強引にアトラクションに連れて行かれた。

 そのため正午を回り、ジェットコースターを全制覇したこのタイミングで昼食を取ろうと誘ったのだ。

 じゃないと体力が限界だ……。


「そうだね」

「それじゃあえっとどこ行こっか?」


 尻ポケットに忍ばせていた園内パンフレットを取り出し広げて恭子ちゃんにも見えるように見せた。

 園内パンフレットには、複数のレストランが点在しそれぞれに特色があるがここは恭子に店を委ねる。


「ここがいい!」


 俺が園内パンフレットの園内の食事処が掲載されているページを見せると他の店に目もくれず真っ先にパスタの店を指差した。


「この店以前行ったことがあるけどメチャクチャ美味しいよ」

「ふ~ん。ならここにするか」


 店を決めると早速移動し恭子ちゃんが入りたいと言ったパスタ店に入店する。

 昼時の店側からしたら稼ぎ時の時間帯にも関わらず平日の為、店内にいる客が少なく恭子ちゃんについて行くがまま一番窓際の空いている席に座る。

 そしてメニューを決め店員を呼ぶとそれぞれ食べたい料理を告げた。


「ご注文を確認しさせていただきます。カルボナーラがお一つとペペロンチーノキャベツ増しがお一つでよろしかったでしょうか?」

「はい」


 料理を注文してから料理が来るまでの間は午前中に制覇したジェットコースターの話をして料理が運ばれるのを待った。


「お待たせ致しました」


 注文していた料理が到着し、テーブルに置かれていたフォークを握り俺は自分が注文したペペロンチーノキャベツ増しに手をつける。


「本当に美味い、このパスタ」

「ふふっ、そのパスタを選んであきらは余程好きなのね」

「んっなんか言ったか?」

「な~んでもない。じゃ私も食べよっと」


 そう言って彼女もテーブルに運ばれてきた自分が注文したカルボナーラを食し始めた。

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