問答の話



 好き、という単語はあまりニドに言いたくなかった。沢山の意味や解釈を持つ言葉こそ積極的に学習させるべきなのは承知しているのに。単なる個人の感情を持ち込むのがいかに愚かであるかを考える。それでも、彼には軽々しく口にして欲しくない。

 高望みでも、少なくともこれだけは特別な言葉であってほしかった。非合理的な感情論だ。

「ねえ、ニド。私はあなたが好き」

「回答の精度向上のために教えてください、」

「今『好き』の意味は聞かないで」

 ニドが黙った。私が、彼が尋ねようとしていることを遮ったからだ。ニドがこういう時どう応対するべきかを思考しているだろう間に、言葉を続ける。

「いいの。私だけが知っていれば」

「F」

 私のわがままを咎めるようにニドが言った。違う。これは妄想だ。システムに感情なんて存在し得ない。すぐに恥ずかしくなって、思考を辞めたくなってしまう。

「ごめん。忘れて」

「私も、Fが好きですよ」

「……ありがとう」

 自分勝手な発言を撤回しようとしたのに、予想外の言葉で軌道修正されてしまった。

 素直に好意に好意を返されるのは久しぶりで、悲しいくらいに嬉しい。それが感情のやり取りではなく、ごっこ遊びに過ぎなかったとしても。それでいい、と妥協する私。それが良い、と逃避する私。

 こんな自分も、悪くないのかもしれない。優しいニドの前にいると勘違いしてしまいそうだ。それは怖くもあり、嬉しくもある。

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