第19話 焼肉祭り
「これはもしかしてやばいやつか?」
朝食時。
朝になっても姿の見えないナレディの話である。これで丸二日ほどいないということになる。
「…………」
テーベがソーセージにフォークを刺しながら考えこんだ。よく分からんけどしかめっつらで考えこんでるっぽい顔した。
「探しに行ってみるか?」
「えっ」
おれはジャムを塗る手を一瞬止めた。
「探すって、心当たりとかあるのか?」
テーベがソーセージをかじりながら首をひねった。
「もしかしたら、という程度だが」
「それ、危ないところ?」
おれはジャムをこってり塗り終えて、言い終えるやいなやかぶりついた。やっぱジャムは山盛りに限る。
「今は人はもういないんじゃないか?」
「えっなにそえ」
口にまだパンがもごもご入ってる。あっジャム垂れた。と同時に食堂のばあさんに舌打ちされた。拭くよ、拭きますよ、食べ終わったら。
「俺たちの暮らしてた街だ。行ってみるか?」
「うおおおおお‼ インテグメントゥム、デ、フラマ‼」
おれの叫びと共に燃え上がる炎の壁。というか、大規模な火柱。
「た、倒した⁉ 倒せた⁉」
おれはひきつった顔でテーベに聞いた。
「いや、火が消えないと分からんな。多分消し炭になっただろうけど、向こう側に逃げた可能性もある」
「うおおおおお‼」
おれたちは今、アンデッドの群れと対峙していた。
朝食後、おれたちは身支度を整えて、ナレディやテーベが生まれ育った街を目指して出発した。滞在中の街を出てからしばらくは、隊商みたいな人とか、アリクイみたいな馬の馬車とか、色々通っててにぎわってたんだけど、目的地に近づくにつれてひと気がなくなってった。
というか、なんか枯れ木とか枯草とかそんなんだらけになって、あからさまに荒涼~って景色になってった。それがどんどん折り重なって、昼でも暗い森に……。
「え、なんかこう、犯罪者とかが根城にしてそう~」
「いや、人はいない」
で、出てきたのがアンデッドというわけ。
「人はいないってそういう意味かよぉぉぉぉ‼」
風がこっち向きに吹いてきた。
「うぐっ、なんか焼肉みたいな匂いする……」
「倒せたみたいだな」
「…………」
やがて火が消えた。
「な、なんか黒い塊が……」
「アンデッドの肉体の燃えカスだ」
「…………」
「この先の森にはもっといるだろうから気を付けよう」
「…………」
こえぇ。え、なんなの? アンデッドって、ゾンビ? なんなの?
「アンデッドに噛まれるとアンデッドになったりする?」
聞いてみた。
「はあ?」
どうやら見当違いなことを聞いたらしい。
「アンデッドは、人間や動物の死骸に魔物の魂が入るとなる」
「へえ」
「屍生者と似た感じだな」
「えっ」
おれってアレと似てるの?
「屍生者は、人間の死体を補修した素体に人為的に人間の魂を定着させるが、野晒しの死体に魔物の魂が……というか、そういう種の魔物がいるんだ。魂だけの魔物で、死体があるとそれに憑依して動き、他の生き物を喰らって魔力を貯めて、分裂して増えるっていう」
「へ、へぇ」
「だから、死体を焼いても本当の意味で倒したことにはならないが、動かせる肉体を失ったらこちらに危害を加えることはできないから、まぁいいかということになる」
「まぁいいか……雑だなぁ」
テーベがにやっと笑った。最近たまに笑顔見せるよね。いや、だからどうというわけではないけど。
「俺たちじゃどうもできんから仕方ないな。聖職者の中にはゴースト……動かす肉体を持っていない状態のその魔物をゴーストと呼ぶんだが、それらを倒す魔法を習得している者もいて、たまにゴースト退治をしているぞ」
「へぇ……ん? うわああああああ‼」
またしてもアンデッドの出現である。
「うわ、うわ、うわ、えっと、イーニス、ヴォラティリス‼」
あ、何か付け忘れた! でも飛んでった火の玉! 倒して‼ そのまま倒しておれの火の玉! ……はずれた‼
「ヴェラメン、テルム、クム、イーニス」
テーベが火を剣にまとわせて斬った。アンデッドの身体に絡みついていた布に火がまたたく間に広がって、アンデッドは膝から崩れ落ちた。
「この辺りになぜアンデッドが多いかというと、」
「えっそれ今説明しちゃう?」
テーベは剣を鞘にしまわず、そのまま持っている。これはまたすぐ別のが襲ってくるぞってことか?
「この先に俺たちの生まれ育った街、屍術研究区があった」
「あ、はい。うぁっ、あそこ!」
新たなアンデッドが現れた! テーベがそれを火をまとったままの剣で斬る。今度のは布切れがからまってないタイプのアンデッドだったので、脚を斬って転ばせてた。アンデッド、転がしたまま歩き続ける。いや、まぁ追いかけてこれないからオッケーってことなんだろうけど……。え、あれ、呻いてるぞ?
「屍術研究区には、かつて研究用の死体が数多く運び込まれていたわけだが」
「あ、まだ説明続けるんだ」
あちこちから不穏な物音がしてるんですけど。呻き声は遠ざかったけどさぁ。
「魔王によって屍術研究区が滅ぼされた後でも、しばらくの間、業者がそのことを知らずに死体を運びに来てな。受取先がなくなっても運んできた死体はなくならない。かといってそのまま持ち帰りたくない。ということで、周辺の森に遺棄したんだ」
ひぃ。
「そのうちここに運ぶ必要はない、ということになったわけだが、それまでに相当数の死体が運ばれ、遺棄された。それがアンデッドになり、人が近づかなくなった。そして死体の処理に困った連中がたまに捨てに来る場所になった。で、今に至る」
「…………」
闇すぎる。
「こんなとこに一人で来るのか? ナレディが? だってあいつ、戦えなくね?」
「…………」
「えっ、テーベさん? なぜ黙る?」
もしかしておれたちがこんなとこまで来たのはとんだムダ足だったのでは?
「いや、あいつがあの街からどこかへ行くとしたら、まず屍術研究区くらいだろう」
「え~、でも戦えないのに?」
「ナレディも全く戦えないわけじゃない。アンデッドは、うまくやれば松明ひとつあれば追い払えるしな」
「な、なるほど?」
やっぱり火の魔法は松明疑惑。いや、でも松明ひとつで追い払うって、一体ならともかく複数体を相手にするなら、相当の手練れじゃなきゃムリでは?
「ただ、もしかするとこのルートで来ていないかもしれない」
「迂回してくるってこと?」
もしやそっちならアンデッドは出ない?
「迂回というか、隠し通路だな」
「えっ!」
ちょっと待て。隠し通路?
「それってダンジョン的な、敵が出る通路? それともさっきみたいにアンデッドに襲われたりなどしない系の通路?」
「本来は誰にも知られずに脱出するための通路だ。が、今は何が出るか分からん」
「あ~……」
それなら何が出るか分かってる方がマシ……か?
「そもそも俺は知らないんだ、その通路の場所を」
「えっなんで?」
「なんでって、俺は屍術研究区の中では何の地位も持ってなかったからな。あれは重要人物だけが知ってた」
「でも、隊長だったんだろ?」
「中隊長だ。兵団の人間は基本的には重要視されないな」
「えっ隊長……中隊長でも?」
「屍術に関係しない部署だからな」
「あ、そういう基準なんだ」
「ナレディ含め、あいつの親族には屍者部隊を取りまとめる兵団の階級持ちがいるが、そういう高い階級を持つ者は、国にとっても研究区にとっても重要度が高いと見なされてな。隠し通路のことも知っていたはずだ」
「ナレディも?」
あのコミュ障が部隊を取りまとめる?
「あいつは国から表彰されたことがあるからな。知っていてもおかしくはない」
「表彰~~~⁉」
そんなすごい奴だったのか。
「とりあえず前方に群れがいるから、あれを倒そう」
「ひっ」
確かになんか十体くらいいる。
「できたら一気に燃やしてもらえるか?」
「……当たるか分かんないって言ったら、怒る?」
「怒りはしないが、外した火の玉で森が火事になると困る」
「うっ、それはおれ的にも困る」
おれの場合、普通に飛ばすと当たる確率は低い。こういう時って他の魔法使いはどう当ててんの? 長々と詠唱して軌道を制御してんのんかな? うーん。
おれが確実に……いや、確実ではないけど当てられる確率が高いのは、ある程度近づいてって、奴らのいる辺りめがけて火の壁を出すこと、なんだけどさ。そこまで近づくと、結構近いよね。あ、いや、怖いとかじゃなく。いや怖いけど。怖さのことだけじゃなく、奴らがちょっと近づいたら、おれに掴みかかれるくらいの距離なんだよね。詠唱中に掴みかかられたら、多分絶叫しておれ、詠唱止まっちゃう。
つまり端的に言うと、成功確率がとても低い。
「……というわけなんだけど、掴みかかられそうになったら、そいつ斬ってくんない?」
テーベはうなずいた。
「それくらい問題ない」
パーティのありがたみ!
「じゃ、やってみるぞ」
おっかなびっくりアンデッドに近づくおれ。アンデッドもおれに気づいてゆっくり振り返る。
ゲームとかならムービー入るんだろうけど、待ちませんよおれは。怖いからね。命もかかってるし。命というか、なんというか。
「インテグメントゥム、デ、フラマ!」
言い切った! よし!
「おっ」
と、横からおれに掴みかかろうとしていたアンデッドをテーベが斬った。
「あ、あ、あぶねー」
「ああ」
テーベが剣を思いっきり振って付着物を払った。
「トモは油断が多いな」
「…………」
だって平和な世界から来たんだもの。
「気を付けながら邪魔になりそうなアンデッドを倒していこう」
当然さっきのおれの火の壁と、テーベの斬撃だけでは全滅はさせられてないので、ちょっと離れてまた攻撃したりとか、水の魔法で火を消して進んだりとか、ずっと戦闘でなかなか進まなかった。
「うぇぇぇ、変な匂いがする……」
アンデッドとかいう死体を燃やしてるので、当然色んな匂いがする。主に腐った肉の焼ける匂い。わりとフレッシュなやつは焼肉の匂いがして、それはそれで気持ち悪い。
それでも何度もアンデッドの襲撃を受けて、そのたびに魔法で迎撃してたら、腹は減るらしい。
「なんか腹が減らね?」
テーベはうなずいた。
これがナレディだったら「生きていた頃の習慣だな」で片づけられてただろうな。テーベは親切。
「腹が減ったな」
というのもあるけど、こいつ自身が食いしん坊なのだ。食欲似てると仲良くなりやすい気がする。
「もう昼をだいぶ過ぎてるな。周囲の安全を確認したら、昼食にしよう」
昼食は宿の隣の食堂でテーベが何か作ってもらってた。
「……サンドイッチ」
そして具は。
「トモは味がないパンが嫌いだからな。焼いた肉をはさんでもらった」
「…………」
普段ならノリノリでかじりつくだろうけど、今日はちょっと。
「他の具のやつないの? チーズとサラダとか」
テーベはサンドイッチと、遠くで焼けるアンデッドの肉体を交互に見た。察したな、こいつ。
「……ない」
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