第12話 属性を付与

「おれに考えがある」

 朝食の席。

「なんだおもむろに」

 ナレディがシリアルから視線を上げもせずに言う。

 あ、ちなみにシリアルっておれが勝手に呼んでるだけで、実際は謎の穀物だ。見た目はシリアルだけど、味がしない。この世界の食い物味がしないのばっか。なんかジャムとミルクをかけて食うらしいけど、ナレディは「ジャムは重い」とか言ってミルクとお湯をかけて食ってる。薄めてどうする‼

 って、シリアルの話はいいんだよ。

 こほん、といかにもっぽく咳払いをしてみせた。

「昨日テーベが言ってたろ? 武器に属性を付与するっていう。おれもそれをやろうと思う」

 飛ばす魔法は当たらない。ということは、当てにいけばいいんじゃないか? いやー、おれ、天才!

「杖に属性はかからないぞ」

「えっ」

「杖は下位精霊の棲みかだからな。そんな場所に火属性をかけて燃えたぎるような熱さにしたり、水属性をかけてびしょびしょにしたりすると思うか?」

 ナレディがシリアルをもしゃもしゃ(サクサクしてない)食いながら雑に返す。

「な……に……」

 昨日寝ながら考えた渾身のアイデアが……。

「杖じゃないものを使えばいいだろう。俺の予備の剣使ってみるか?」

 テーベが言った。こいつは優しいな……。そしてちゃんと協力的。ちゃんと。

「お、おお……!」

「一番小さいやつなら、トモでも持てるんじゃないか」

「やってみよう‼」

 ナレディがぼそっと言った。

「ま、無駄だと思うがな……」

 こいつ……。


「いつもこの辺りで特訓してるのか?」

 テーベが牧草地を歩きながら聞いた。

「そうなんだけど、森に行こう。昨日のとこ」

「洞窟か?」

「そう」

「スライムを倒す気か?」

「そう」

「トモは剣を扱ったことがあるのか?」

「……ない」

「じゃあまずは素振りからじゃないか?」

「い、いやいやいや! そんな激しい切り合いとかしないからさ! スライムに当てるだけだから! それにあれだ! ちゃんと倒せたという実績がないと!」

「ナレディが納得しない、か?」

「……まあ、そんなとこです」

 テーベが剣を渡してきた。さっき一番小さいやつ、とか言ってたやつかな。テーベがいつも背負ってるのに比べると、かなり小さい。

 受け取ってみて、持てないほどには重くないなと思う。

「剣技を覚えるのはいいと思うぞ。選択肢は多い方がいいからな。例えば魔力が尽きた時にも、有効な防衛手段になる」

 テーベも自分の剣を引き抜いておれに並んだ。それを左右にかっこいい感じに振る。やってみろ、ってことか? 真似してみた。やってやれないことはない。……なんかおれの動きはひとつもかっこいい感じじゃないんだけど。

「悪くはないと思うが、やはり向こうの世界の武芸のクセでも残っているのかな」

 武芸? 当然やったことないぞ。動きが変なのはただぎこちないだけだろうな。考えてみたら高校の体育以来、ひとっつも運動っぽいことしてないからなぁ。いや、会社の謎の運動系イベントはあったか。でもあれってただの人数合わせだったからな~。運動したかどうかで言うと……。

「……………」

 ええ、分かってますよ。自分でも今思ってるよ。なんで剣やろうと思ったんだ、おれ……。

 テーベが今度は下から切り上げるような動きをした。ああ、やれって言うんだな……。やるよ、だって言い出したのおれだもの……。でも思ってる、テーベも止めてくれればよかったのにぃぃ……。剣なめんな、ほいほいできると思ってんじゃねえぞ、って……。

 テーベに倣って、何度かさっきの動きを繰り返したり、突く動きしたり、くるっと回ってガードの動きしたりした。くるっと回った時によろめくおれ。バランス感覚も残念なんだわ……。

 でもおかしいなぁ、この身体、むしろスポーティな感じなのになぁ。

「……よし」

 ん? え? 今テーベさん、「よし」って言った?

「実戦してみるか」

「えっ」


 はい、やって来ました、スライムの洞窟。ほんとはスライムの洞窟なんて名前じゃないだろうけど、便宜上おれの中でそう呼ぶことにする。

「待て」

 恐る恐るスライムの洞窟に足を踏み入れようとしたおれをテーベが引き留める。

「火の魔力を剣に付与しなくては」

「あっ」

 そうだった。むしろその実験なんだった。ふつうに剣を習ってる気になってたわ。

「ヴェラメン、テルム、クム、イーニス」

 っていきなりかよ!! みるみるテーベの剣が明るい炎に包まれた。

「おわっ!」

 やべー、すげー、やべー!

「もう一回やるか?」

「うん、あっ、ちょっと待ってメモる」

 おれがノートとペンを出すと、テーベが思いっきり剣を振って火を消した。け、消す時はなんていうか、原始的なんだな。

「ちょっとゆっくり言って」

 テーベがうなずいた。

「ヴェラメン、テルム、クム、イーニス」

 テーベは、おれの文字を書くスピードに合わせてゆっくり唱えた。ナレディと比べて圧倒的親切さ。

 唱え終えて一、二秒後、ぶわっと炎が剣に沿って湧き上がる。熱気が頬や手に伝わってくる。

「剣の、火をまとわせたい部位に向かって息を吹きかけるように唱えるんだ。唱えて少しの間は火が出ない。火を怖がって離れたところから唱えると、剣全体に魔力がかかってしまってな。柄の方まで熱くなる」

「お、おぉ……」

 こ、こえーーーー。

 と、とりあえずやってみよう。

「……ヴェラメン、テルム、……クム、イーニス」

 あ、途中で間があいたのは、一瞬忘れてメモをチラ見したからです。

「おわーーーーーー‼」

 なんか火の勢いがやばいんですけど怖いんですけど‼ これって松明だったっけ?

「やっぱり魔力量が違うと威力も違うな」

「呑気だな‼ 怖いんだけど‼」

 呪文間違えた、って時は、魔法が発動する前に思いっきり息を吸えて本に書いてあったけどさぁ‼ すでに発動しちゃった過剰な魔法はどうしたらいいんですかねぇ‼

「よし、行くか」

「えっこのまま行くの⁉」

 えっなんで首かしげてんの⁉

「無事火の魔法が付与されただろ」

 テーベはナレディより親切でまっとうだと思ってたけど、今の言いぐさそっくりだわ‼ テーベもナレディもおれの気持ち全然察してくれないね‼

「う、うぅ……」

 ちなみに剣は持てないほど熱くなったりはしてない。でも松明と同じ感じだよ……。剣から熱気がすごく漂ってくるよ……。松明持ったことないけど。

「剣に火の魔法を付与するとな」

 な、なんだ? 何か危険が? 大事な注意点か?

「洞窟が明るくなる」

「…………」

 やっぱ松明じゃねーか。

「よし、じゃあスライムに攻撃してみるんだ」

「え、あ、う、うん」

 いや、待てよ?

「これさ、刺せばいいの? それともこう……シュって斬ったらいいの? さっきの素振りみたいな感じで」

「ああ」

 テーベは少し首をかしげた。

「その威力なら、触れただけで倒せると思うぞ」

「お、おぉ~……」

 ツン、と触れてみた。おおおおおお、ジュって‼ ジュってなって、うあああああああ‼ 変な蒸気出てるぅ‼ 変な匂いするぅぅぅぅ‼

「おい、さすがにそっと触れすぎだ。倒すなら倒すで思い切ってやれ。スライムがもだえ苦しんでるぞ」

「ひぃぃぃぃぃい‼」

 塩をかけたなめくじみたくなってる。ご、ご、ごめんなさいぃぃぃぃぃ‼

 思いっきり突き刺した。ジュワァァァっと謎の蒸気を全身に浴びた。

「いいぞ。刺すのは確実に倒せる。ただ、それだと剣のリーチが活かせない。今度は斬ってみろ」

 ああああ、それなら蒸気浴びずに済むかなぁ? もう泣きそうなんだけどぉぉぉ。

「ひぃんっ!」

 剣を振ってみた。

「なんでそんなへっぴり腰なんだ。さっきはちゃんと振れてたじゃないか」

 だってだってだってぇぇぇぇ‼

 それでもスライムにおれの剣は当たった。

「ひぃ‼」

 シュバッと蒸気がこっちに向かって吹き出てきた。ええええええん‼ 結局めちゃくちゃ浴びてるぅぅぅぅ‼

「うぅぅぅぅぅぅぅ‼」

「姿勢はこう、背筋を伸ばして、脇をしめて」

 おい、勝手におれの姿勢を正すな! 一応身体は女だから! セクハラですよ!

「よし、もう一度やってみろ」

「ええええええん‼」

 やってみた。さっきより深々と刃がスライムの本体を通り抜ける。さっきよりがっつり蒸気が吹き出てくる。…………ええええええん‼

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