第4話 食の力は偉大
「あの……昼もパンだけなんですか……?」
あれからずっと歩き続けた。他の食料、買い足せるような街とかには全然立ち寄らなかった。むしろどんどん山の方へ向かってってる。
「ここから南下して山を越える」
「ひぇっ山!」
「今いるここは、俺たちの本来の国じゃないんだ」
そんなこと言われたって、この世界のことなんて何から何まで分からないんだから、反応のしようがない。
「簡単に説明すると、ここ、隣国のアジョアと俺たちの国、アコスアはちょっとした戦争をしてな」
えっちょっと待って。ちょっとしたとか言われてもこえーわ。
「今回の前線に魔王が出ると聞きつけてここまで来たんだが……」
ナレディの言葉に、テーベがため息をついた。口は挟まなかった。そのままナレディが説明を続ける。
「返り討ちにされて、仲間の一人、エレナを失った。で、今朝出てきた国境の街に逃れたというわけだ」
「なるほど。で、追手が来るかもしれないから、すぐに出た?」
「そうだ」
結構やばそうな感じだけど、その割にのんきな感じで宿泊したりパン買ったりしてたよな。
「向こうはまだエレナが死んだことを知らない。手負いだと思っているはずだ。おそらく、身動きが取れずあの街の手前の山林に潜んでると思われているだろう」
テーベがうなずく。
「昨日の感じだとそうだな」
「昨日、魔物がどうの、と言ってたあれ?」
そんなこともあったな、と、すでにかなり前のことみたく思えてきた。まだ丸一日も経ってないのにな。
「いや、あれはただの山の魔物だ。だが、あの後魔王配下の兵を見つけてな。俺には気づいていなかったが、ナレディが術を使った辺りを探索しそうな感じだった。それで、わざと反対方向に痕跡を偽装してきたんだ」
「そうなのか」
「警戒すべきは魔王軍だけじゃないぞ」
ナレディが話を引き継ぐ。
「さっき言ったが、アコスアはこの国と戦争中だ。敵国人がいると知れたら、面倒なことになるかも分からん。だから、なるべく早くアコスアに戻りたい」
「えっそれやばくね?」
見えない魔王軍よりリアリティがある怖さというか。てかよく今まで捕まらなかったよ。
「まあこの辺りは何度も侵略したりされたり、国が一つだったこともあったからな。見た目や言葉だけではどっちの国の人間かはすぐに知られることはない」
「そ、そうなのか?」
これだけ呑気にしてるってことは、そうなんだろう。もうなんかすべてが怖いんだけど。
「特に、お前のその見た目」
ナレディが俺を指した。
「典型的なアジョア人だ。術を使った場所のせいか、たまたまなのかは知らんが、ちょうどよかった。おかげで街の出入りも宿での滞在も、何かとやりやすかった」
多分感謝されたうちに入るんだろうけど、当のおれに自覚が何もない。
「魔王が戦争を仕掛けたせいで、正規の国境は使えないから、山を抜ける」
「……でもその山は安全なのか?」
そういう亡命ルートにこそ各国の軍とかいるんじゃないの?
「魔物はいるが、さほど強くはない」
「えっ魔物」
「それに大した山でもない。半日で越えられる程度だ」
絶対おれが気にすることじゃないんだけど、そんな程度でいいもんなの? 国境のある山。そこんとこちゃんと取り締まらないとさぁ。不法入国とか多発するんじゃね?
「山のふもとに村がある」
ナレディは前方の山を指した。遠くに頂上のとんがりが見えるだけで、ふもとの村は当然見えない。
「そこでチーズでも買おう。あればジャムも」
な……に……?
「チーズ……ジャム……や、やったー‼」
ふもとの村とやらへの道中、色々説明を聞いた。例えばこの世界の職業。
「一般的には、商店や宿屋。こういう都市から離れたところでは農夫。都市部へ出て兵士に志願したり、医者や研究者になる者もいる」
「そういうのはおれの世界にもいた」
「冒険者はいないのか」
「いな……あー、いるって言えばいるのかな。でも、こっちとは違うかもな。魔物と戦ったりはしないな」
魔物がいないからな。
「魔物がいない、と以前に召喚した屍生者から聞いたことはある。やはりそうなのか?」
ナレディが言った。というか、主にしゃべるのはこっちで、テーベの方は本当に時々しかしゃべらない。
「いないよ。そういうのは、ゲームとかマンガ……」
って概念は分かるんだろうか? 分からなそうだよなー。
「……本の中にしかいない」
「なるほど」
本は通じた。
ところで、「屍生者」というのは、どうやらおれのように、死体に異世界の魂を入れて蘇生された者のことを言うらしい。
「ちなみにあいつは剣士だが、」
ナレディはテーベを指して言う。
「俺は屍術師だ」
ネクロマンサーってやつだな。まぁ納得?
「屍術って、国で禁忌になってたりしないの?」
そういう設定のマンガとかあるよなーと思いながら聞いてみた。
「そういう国もあるが、我が国はむしろ逆だ」
「魔王が統治してるから?」
「いや、魔王が現国王を取り込む以前から、国の研究所がある。王都近くの街の一角が、研究所とそこで働く一族の生活区域になっていて、そこだけで一つの街みたいになっていた。俺が生まれ育ったのもそこだ」
「ふーん」
エリートの生まれ、的な?
「代々、平時には病気の研究も兼ねて屍術研究をしているが、戦時になると死体が集められ、屍術師と屍生者による部隊を編成して国のために働く、ということになっている」
「おお……」
なかなかグロそうな。
ってこともないのか? 屍生者って、おれみたいに見た感じは普通の人間みたいなもんなのかな、この世界では。
「屍術に関してはまた追い追い説明するとして、まずはもっと一般的なことを知っておいた方がいいんじゃないか? 何か聞いておきたいことはないのか?」
ある。たくさんある。
けど、何をどう聞いたもんやら。すべてが分からな過ぎて何が分からないか分からない状態。
「なんでおれの身体は女なんだ?」
哲学みたいな質問をしてしまった。
「結局屍術の話じゃないか」
え、これも屍術の話ってことになるのか。
「まあいいか。それは素体……つまり、元になった肉体が女だからだ。本来は全く異なる姿になるわけだから、男になる可能性もゼロではない。ただ、魂の属性よりも素体の属性が強く出るらしい。なぜかは分からないが、実験の結果そうなったことの方が遥かに多い」
「実験……」
研究所とやらで、死体をいくつも蘇らせてきたんだろうか、こいつは。
「たとえばこれだ」
ナレディが腰にぶら下げてた革製の水筒を持ち上げて見せた。
「中の水を魔力とすると、水が大量に流れ込めば水筒は膨らんで、形が微妙に変わるだろう。それが、素体と今の姿が別になる理由だ」
「ほ~」
「だが、この金具、」
水筒についてる金具をカチャ、とナレディが動かした。腰のベルトにひっかけるやつ。
「どれだけ水が入っても、このカラビナの有無には左右しない。それが性別が変わりにくい理由と言える」
「えー、でもたまには変わるんだろ?」
てか、おれのちんこはカラビナか。
「それはカラビナを取り付ける部分がすでに取れかけている場合で、水流が激しくてその勢いでカラビナが接続部ごと吹っ飛んだ場合とかだな」
「…………」
ひぇ。
「ちなみに、素体と魂の性別が不一致だと、心に問題が出ることがあってな。実験の結果では、不一致者の方が心を病みやすく、そのため一致者よりも寿命が短かった」
「…………」
またそうやってショックなことをしれっと言いやがる。
でも、どうやらこれが、おれが目覚めた時にこのおっさん二人ががっかりした理由のようだ。素体と魂の性別が一致してて欲しかった、ってことか。中身までかわいい女の子じゃなかったのが不満だったわけではないらしい。
「他に聞きたいことは?」
「……おれの寿命ってどれくらい?」
「知らん」
「…………」
しばらくして村とやらが見えてきたんだけど、ふもとじゃなかったのかよ。ふもとどころかすでに道は登りだし、しかもそれは広くて緩やかな登り坂じゃあねえんだ。狭くて草とか結構生えてて急な登り坂だ。というか山道だ。ふもとの村じゃねえよーーーこれ中腹の村だよーーーー。
テーベが先頭を進む。
「村までは魔物は出ないはずだが、一応安全を確保しておく」
「分かった。無理はするなよ。それと、離れすぎるな」
おっさん二人、ふつうに仲がいい。この二人ができてるってわけではないよな? でも部屋同じだったよな。いや、まさかぁ。
てか、坂道しんどい。他のことなんてどうでもいいっていうか、考えられないっていうか、しんどい。
「お前も離れすぎるな」
「ま、待って……」
ナレディこいつ屍術師とかいうどう考えてもインドア職なのに、坂道ふつうに登ってやがる。なんで? ねえなんで? 息切らそうよ。見た目と運動能力一致してないぞ、おい。
いや、おれだってよく考えたら今の身体はいかにも身のこなしが軽そうなナイスバディなんだぞ? これは「坂道とは疲れるものだ」という元デブの先入観による錯覚なんじゃないか? とらわれるな! 歩け! 今の肉体を信じろ!
「……はぁ、はぁ」
だめ。疲れる。疲れるもんは疲れる。てか、疲れるとか思いながらはぁはぁ息切らしながらでも登れてるのは、この身体が軽いおかげであって、本来なら多分今歩いてない。そういうことなんじゃないのか? 本来の身体だったら今頃数十メートル下で転がってる。
つまり、坂道は疲れる。そういうことなんでは?
え、でもちょっと待って。それだとテーベはともかく、ナレディがふつうに歩いてるのがおかしい。あれか? 屍術師はなんか変な術?とか使って、自分の肉体も改造してるとか? 疲れを感じない肉体になってるんじゃね? それか肺が二、三個あるんじゃないのか? いや待て。肺とは元々二つあるもんだ。じゃあきっとナレディは三、四個あるんだ。そういう改造手術をしたんだきっと。
疲れる、何も考えられない、っていうわりにあれこれ考えてるじゃねーか、って? いや、まったくもってその通り。
あれだよ、ほら。気を紛らわしてんの。あほなことでも考えてないとやってらんねーの。疲れた。
「おい」
テーベが戻ってきた。
「なんだ? 何かいたか?」
表情をこわばらせるナレディ。走って逃げろとかいうことになってもおれ走れる気しないぞ。
「この村、食堂あるぞ」
えっ食堂!?
「パンじゃなくちゃんとしたメシが食えるぞ」
「ちゃんと……した……メシ……!」
おれ氏、テーベ氏に追いついた。食の力は偉大。
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