始末屋・安針 

西久史

序章

 夜、暗がりに目を慣らしながら梯子を使い、屋根裏に上がる。天井の板を外し、下に飛び降りる。繰り返すうちに、着地の音は少しずつ小さくなる。ほとんど音がしなくなったら、今度は「得物」を手にして同じことを繰り返す。他の手だてがない以上、この動きを体に覚え込ませるしかない。若い筋肉は、疲れを知らなかった。七分丈の筒袖に裁着袴(たっつけばかま)。着物自体は古着である。上下黒だが、少し赤みも含んだ黒だった。夜の闇では、真っ黒よりも赤みがあった方が目立たない。


 天井裏から飛び降りている人影は、背丈四尺七寸。首周りにしっかりとついた筋肉のせいで、背中から見ると「達磨」に手足が付いたように見える。手足はあまり長くはない。袖から見える二の腕から手首にかけても肉付きが良く、目方もそこそこはありそうだ。だが飛び降りるときの音は、ほとんど聞こえなくなってきている。自分の体をどう動かせばいいのかをわきまえて、それを自然にこなしている感じもする。


 半時ほど繰り返すと、男は部屋の真ん中に座り込んだ。

「できると分かっていても、これだけ繰り返すのはきついもんだな。何度『観』ても、同じものしか見えぬ。この形で『始末』できるよう段取りをつけるしかないようだ」

低い声で独り言が漏れる。うっすらと汗ばんだ額を袖で拭い、男は土間に降りた。手にした「得物」を、黙々と研ぐ。目が冴えて眠れないときは砥石に向かい、こうして気を静めるのが習慣のようだ。障子越しの月明かりに、時折「得物」の先が光る。研ぐ音だけが聞こえる。夜明けはまだ遠い。

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