第14章
集合場所のHEP FIVEに到着した。
今日は茶屋町の定食屋に行くことになっていた。
暫くスマホを見て時間をつぶしていると、いつもの様に集合時間より少し遅れて梨花さんが走ってくるのが見えた。
「ごめんお待たせ!今日は間に合うと思ったんだけど…」
「いえいえ、僕も暇なので問題ないですよ」
「武政君は優しいね。じゃあ、行きましょうか。今日は予約できるお店じゃないから、空いてるといいんだけど」
彼女は笑顔でそう言うと、長い髪をふわっとなびかせて僕の前を歩いた。
直接会うのはもう3回目なので最初ほどは緊張していないが、やはりドキドキしている自分がいた。
彼女から溢れ出るオーラは、人を虜にする力があるのだろうと確信した。
暫く歩くと店に着いた。
先に彼女が店のドアを開けて、迎えてくれた店員さんに「2人です」と指を2本立てながら伝えた。
しかし我々の期待とは裏腹に、その店の先は一杯になっていた。
僕でも聞いたことのある店なので、やはり人気店なのだろう。
「いっぱいだったねえ。どうしよっか」
「僕はこの辺りはあまり詳しくないので…。できれば梨花さんにお任せしたいですね」
「そうだなあ…。あ!この間3人で行ったお店にする?あそこ昼の方が混んでるから、今なら入れるかも!」
「あ、この間の店ですか…」
咄嗟に宮本君の存在を思い出した。
彼はあの店でアルバイトをしている。
もし今日も彼がいたら、また話を聞かれてしまうのではないか。
「あの、梨花さん。あの店はちょっと…」
「ねえ見て!新メニュー追加されたって!ほら、唐辛子入りペペロンチーノ!今日はこれ食べない?」
彼女の眼はいつにも増してキラキラと輝いていた。
そんな透き通った瞳に僕はあっさりと負けてしまった。
「…そうですね、前に食べてないメニューも気になりますし、その店にしましょうか」
そういった矢先、僕はこの間の宮本君の言葉を思い出した。
「僕は彼女に危害を加えるつもりはない。」
彼は真実としてこう言ってきた。
彼からの協力依頼を断っておいてこの言葉だけあっさり信用するのは都合がよすぎる気がしたが、あれが本当ならば彼を警戒する必要性はかなり低下したと言ってもよい。
それに彼は僕に協力を求めた挙句断られているのだから、最早打つ手なしであろう。
折角彼女がここまで行きたがっているのだ。
ここは彼女の意向をくんであげよう。
店はすぐ近くなのですぐに到着した。
梨花さんの言う通り店内を見るとぽつぽつと席が空いており、2人で座れそうであった。
席に着くとすぐにメニュー表と水が運ばれてきて、2人でメニューを眺めた。
彼女は先程言っていたペペロンチーノ、僕は前回から気になっていたナポリタンを注文した。
それと、互いのメニューをシェアできるように小皿も2枚持ってきてもらうようお願いした。
店員さんが席を離れると、早速梨花さんが口火を切った。
「ねえ武政君、突然なんだけど君は私の味方だよね?裏切ったりしないよね?」
「え、そりゃあ、もちろんですよ。そうでなきゃ協力してません」
突拍子もない質問に戸惑ってしまったが、素直に答えた。
それが紛れもない本音だったし、むしろ梨花さんを安心させるためにもそう伝えたいと思っていた。
「そっか、嬉しい」
梨花さんは顔を赤らめていた。彼女の顔はよく赤くなる。
「ねえ武政君、最近の宮本君の様子はどう?」
またもや意表を突かれた。
彼女は時折唐突に予想外のことを聞いてくるのだ。
先週彼に関する話を全くと言っていいほどしなかったので、てっきり僕と2人の時は彼の話をしないようにしているのかと思っていたのだが。
「ああ、彼ですか。そういえば先週その話をしていなかったので、先週のことも含めてお話ししますね」
僕は先週彼が無口だったこと、僕に協力を依頼してきたことを伝えた。
ただ、彼がこの店でバイトをしていて、前に美由紀さんと3人で集まった時の話を聞かれていたことなどはあえて伏せておいた。
本来伝えるべきなのだろうが、先程からの様子を見るにやはり梨花さんは宮本君にひどく怯えており、僕を心から頼っていることが察せられた。
となると、彼女を変に刺激したり不安に陥れることはする必要はないだろう。
また、彼が言っていた3つの真実については、「僕は彼女に危害を加えるつもりはない」という部分だけを伝えてやった。
彼女は僕の話を聞くと、ホッと胸をなでおろした。
そしてちょうどいいタイミングで料理が運ばれてきて、僕たちは食事を楽しんだ。
途中お互いのパスタを分け合うなどして、幸せな時間を過ごした。
パスタを食べ終えると、梨花さんは水を飲んで一息ついてから話しかけてきた。
「ねえねえ、先週会った時に私たちの地元が近いって話したっけ?」
「そうですね、今日会う約束をした後にその話をしてました」
「それのことなんだけど、武政君はゴールデンウィークに帰省したりする?」
「する予定ですね。最近母親から電話がかかってきて、両親ともに寂しがっていたので」
それを聞くと彼女は嬉しそうに笑みをこぼした。
「あのね、1つ提案なんだけど、私たち地元で会わない?この前武政君の顔を絵に描きたいってお願いしたけど、それを地元で果たしたいなって思って」
「いいですね!大学で知り合った人と地元で会うなんてなんだか不思議な感じですけど」
「…そうね!できるだけ武政君が映えるように描きたいから、よければ武政君の思い出の場所に行きたいんだけど」
思い出の場所か…。
いきなり実家に招待するのは気が引けるし、近所の公園とかが妥当かな。
小さい頃よく遊んでいた場所ならたくさんあるし。
「あのね、その…場所のリクエストしてもいいかな」
「ええ、構いませんよ。梨花さんも知っている場所なら行きやすいですし」
「ありがとう!えっと、私ね、武政君が通ってた小学校に行きたいの。小学校って6年も通うから思い出がたくさんあると思うし…」
「ああ、小学校ですよね。えっと、僕が通ってた小学校は…」
僕は梨花さんに小学校時代の思い出を語ろうと記憶を手繰り寄せた。
…しかし、どれだけ手繰り寄せても、そこには虚無が広がっているばかりであった。
そう、小学生時代の記憶がないのだ。
いや、厳密に言うと全くないというわけではなく、入学当初のことと小学校5年生の後半あたりからの記憶は鮮明に残っていた。
しかし、それ以外の記憶が何一つ残らず抜け落ちていた。
まさに脳内にぽっかり穴が開いているといった感じで、どう考えても不自然であった。
これまで全く気にしていなかったし気づいてもいなかった。
これはどういうことだ?
なぜこんなにも不自然に記憶が抜け落ちているんだ?
「武政君、どうかした?」
気がつくと梨花さんの顔が思っているよりも近くにあって、少し驚いてしまった。
僕の驚いた顔を見ると、彼女はいたずらっ子のようにふふっと笑った。
「武政君ってさ、よく見るとかっこいい顔してるよね。昔からモテてたんじゃない?」
その言葉を聞いた時、以前にもあったように電撃のような記憶が一瞬だけ脳内を走った。
『武政君、よく見ると結構カッコイイね!ちょっと似顔絵描かせてよ!』
『に、似顔絵?恥ずかしいよそんなの…』
『えー恥ずかしいの?…じゃあ頭の中で描くからさ、しばらくお顔を見ててもいい?』
『ちょ、頭の中ってどういうことだよ』
…………
この前もあった断片的な記憶の想起。
これはいったい何なんだろう?
いつのことだか全く思い出せないし、喋っている相手の顔も名前もよく思い出せない。
…まさか、これは僕の中から抜け落ちていた小学生時代の記憶…?
もしそうだとしたら、前に突如頭に浮かんだあの記憶もその頃のものなのか?
しかし、これらの記憶には何の関係性も見当たらない。
「武政君?もしかして照れちゃってる?」
「…ああ、いえ、えっと、間違ってはないですけど…。すみません、ぼーっとしちゃってました」
僕はとりあえず考えるのを止めた。
「えっと、小学校ですよね。その、当時のことあんまり覚えてないので、とりあえず小学校の場所だけ案内しますね。行けば思い出すかもしれませんし」
「えー!案内してくれるの!嬉しい!」
彼女は少女のようにはしゃいだ。
その後僕たちは、ゴールデンウィークになって僕が帰省したら二人で会う約束をした。
時間を見ると梨花さんがそろそろ駅に向かわねばならない時間になっていたので、2人で店を出た。
駅で梨花さんを見送ると、僕は一人電車に乗って最寄り駅へと向かった。
車内でもずっと、今日思い起こされた記憶と、依然思い起こされた記憶を交互に思い出し、それらの正体について考え続けた。
しかし、相も変わらずその記憶がいつ頃のものなのかは皆目見当もつかなかった。
結局何もわからないまま電車を降り、帰路についた。
アパートに近づくと前から歩いてくるのが見えた。
目を凝らしてよく見ると、それは美由紀さんだった。
彼女も気づいたようで、大きく手を振って合図してきた。
僕も控えめに手を挙げ、それに応えた。
「武政君じゃん!お出かけしてたの?」
「はい。梨花さんにお誘いしてもらって、2人で食事に行ってました」
「あらあら、私も誘ってくれてもよかったのにい。…あ、今梨花と2人きりがいいなって思ったでしょ!」
「そんなことないですって!今度は3人で行きましょう」
僕たちはエレベーターに乗り込んだ。
住んでいるのは3階なので階段でもいいのだが、いつもなんとなく面倒でエレベーターを使ってしまうのだ。
「でもあの子にしては珍しいわね。いくら武政君とはいえ男の子と2人で食事なんて。きっと宮本以来よ」
「そうなんですか?実は今日は2回目で、ちょうど1週間前もご一緒したので、てっきり慣れているものだと」
僕がそう言うと、美由紀さんの眉間に皺が寄った。
「先週も会ってたの?あなたが梨花と?」
「え、ハイ。なんばに行って焼き肉を食べに行きました」
「…妙ね」
彼女は腕を組んで考え込むようなポーズをとった。
「妙ってどういうことでしょうか?」
「いや、実はね、ちょうど1週間前の梨花は夕方まで私の家にいたのよ。夜ご飯に行く用事があるからそれまで寄りたいって言って。その時武政君と会うとは言ってなかったなあ…。普通言いそうなものなのにね。あの子、あの日は授業もないはずなのになんであの時間にこの辺にいたのかしら」
梨花さんがこの辺りにいただって?
たしかあの日も、梨花さんは少し遅刻していた気がしたけど…。
僕と一緒に行かずにあえて時間をずらしたってことか?
何故だ?
僕は今日梨花さんに言われた言葉を思い出した。
「ねえ武政君、突然なんだけど君は私の味方だよね?裏切ったりしないよね?」
なんだか僕が裏切らてしまったような気分だった。
とりあえず美由紀さんに別れを告げ、僕は自室へと戻った。
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