第10章
今日は入学式だ。
まさか人生で2度も大学の入学式を経験するとは。
以前通っていた私立大学ほどではないが、この大学にもかなり多くの生徒がいた。
入学式が行われる中央体育館に着くまでの間、僕はずっと周囲をキョロキョロしていた。
佐々木さんが住んでいたあの部屋から出てきた青年がどこかにいるかもしれないからだ。
しかしこの人の多さでは、たった一人の人間を見つけるのは至難の業だ。
僕は結局彼を見つけられないまま、中央体育館に到着した。
中に入るとまたたくさんの人がいて、それに匹敵するほど大量のパイプ椅子が並べられていた。
僕は自分の学部である経営学部の区分を見つけると、そこへと歩を進めた。
自分の苗字は“宮本”なので、席は思いのほか後ろのほうだった。
席を見つけると、同時に隣に一人の男が座っているのも見えた。
僕は非常に人見知りなので当然声を掛ける勇気もなく、無言で席に着いた。
その時である。
隣の男が僕に声を掛けてきた。
「はじめまして、宮川武政です!せっかく隣の席だし話そうよ。名前はなんて言うの?」
僕はビクッと身体を震わせた。
こんなにすぐ声を掛けてくるなんて、絶対現役入学だこいつ。
そんなことを思いながら恐る恐る声のほうへ目を向けた。
まさか。油断していた。
しかしそのまさかが今、現実として目の前にあった。
目の前には、僕が先程まで探していた、そして佐々木さんが気にかけていた、夢の中に出てきていたというあの少年が、いたのだ。
「はじめまして、えっと…宮本真浩です」
「宮本…?…宮本君?」
「え…うん」
なんとか挨拶を返すことはできたが、まだ夢のような心地だった。
なんだか相手も少し困惑しているような気がしたが、そんなことどうでもよかった。
こんな偶然本当に起こるんだな。相当運がいいぞ。
僕は偶然彼に巡り合えた喜びを噛み締めながら、入学式を過ごした。
隣の席の宮川君は、僕が名前を名乗ってからあまり話しかけてこなかった。
なんだろう。まあいいか。
入学式が終わると、宮川君は「また授業であったらよろしくね」と一言残して去っていった。
僕も特に用はなかったので、家に帰ることにした。
数日後、彼と再会した。
僕が一般教養科目である『心理学入門』を一人で受けようとしていた時だった。
今度の彼は気さくに声を掛けてきた。
「宮本君!隣空いてる?座っていいかな?」
「あ、うん、構わないよ」
その後、彼は授業を一緒に受けないかと誘ってきた。
こちらとしては彼に近づくことを第一の目的としていたので、迷わず了承した。
彼はやたらと僕に質問をしてきた。
まあ知り合ったばかりだし、彼も大学で友人を作りたくて躍起になっているんだろう。
僕も別に隠す意味はないと思い自分のことを正直に話した。
人は自分の内面を曝け出してきた相手を手放しに信頼してしまうものだ。
彼と友人として仲良くなれば、彼と仲が良いということを利用して佐々木さんと再び一緒になれるはずだ。
結局彼とは3限目が終わるまで一緒に過ごした。
その間他愛もない会話しかしなかったが、いくつか彼に関する情報を得ることができた。
彼の名前は宮川武政。
年齢は18歳、つまり現役でこの大学に入学している。
今は近くのアパートで一人暮らしをしている。
アパートというのは、以前佐々木さんが住んでいたあのアパートで間違いないだろう。
そして驚くことに、彼と僕の出身地はほぼ同じだった。
僕の出身高校などの名前を出しても通じていた事もあり、もしかしたら過去にどこかで会っているのかもな、とふと思った。
思い切って佐々木梨花という女性を知らないかと聞こうと思ったが、やめておいた。
まだ会うのが2回目の男にそんなことを聞かれたら誰だって不審がるだろうし、もう少し時間が経ってからでも遅くないだろう。
佐々木さんはあと2年は大学生なんだ。
同じ空間で過ごせる時間はまだたっぷりある。
もう少し時間が経ってからでも遅くない。
佐々木さんの夢には毎晩宮川君が出てきたとはいっても、彼らにそれ以上の繋がりはないだろう。
僕は彼と別れ、アルバイトに向かった。
受験のためのお金が急遽必要になったため、現在は賃金が高い場所で働いているのだ。少々忙しい店だが、休憩中は社員割引で自分の好物でもあるチーズが安く食べられるし、案外悪くない。
僕はいつものように電車に乗った。
・・・・・・・・・・
家に着くと、僕は再び先程のLINEを見返した。
差出人はやはり『Rika』というアカウント。佐々木梨花さんだ。
『武政君、今日はありがとう。あのね、二人だけで話したいことがあるの。今度会えないかな?』
二人だけで話したいこと?僕と二人だけで?
美由紀さん抜きでならねばならない理由はなんなんだ?
僕と梨花さんだけに共通することはあるか?
…夢。
僕と梨花さんは、同じ光景を夢に見続けている。
梨花さんは、僕が現在住んでいるアパートを離れてから見なくなったと言っていたけれど、それと入れ替わるように僕がその夢を見るようになった。
その夢に関する話だろうか?
でも、夢のことなら美由紀さんだって知っているはずだし、わざわざ2人だけで会って話す必要もない気がするが…。
疑問は尽きなかったが、別れてすぐに連絡を入れてきていることも考えると早めに返事をしたほうが良さそうだ。
『こちらこそいろいろとお話していただきありがとうございました。僕でしたらいつでも大丈夫ですので、日程はそちらに合わせますよ』
思えばついこの間まで赤の他人だったにも関わらず、この一件にここまで首を突っ込んだんだ。
梨花さんが話したいと言っているなら協力すべきだろう。
そう思った僕は、前向きな返事をした。
返信はすぐに返ってきた。
日程は速やかに決まり、来週会うことになった。
その日の授業の予定を確認してみると、偶然にも宮本君と一緒に授業を受ける日だった。
僕はスマホをテーブルの上に置くと、そのままベッドの上で横になった。
まだ大学生になって1ヶ月も経っていないが、既に不思議なことが沢山起こっている。
梨花さんに僕と会う理由を聞いてみたが『当日話すね』としか返ってこなかったので、その理由について僕は考え続けていた。
夢のこと、宮本君のこと、梨花さんのこと。
時計を見ると23時を回っていた。
もうそろそろ寝る準備をしよう。
僕は歯磨きをする為に洗面台へと向かった。
数日経って、梨花さんと会う日がやってきた。
約束の時間は夜なので、それまではしっかり授業を受けなければ。
今日は宮本君と授業を受ける日だし、またいろいろと話をしてみよう。
何か新しい情報が得られるかもしれない。
ホールに着くと、先週とほぼ同じ場所に宮本君が座っていた。
僕は少し手をあげて宮本君に挨拶をした。
しかし、彼はこくりと頷いただけで、とくに言葉は発さなかった。
「宮本君、おはよう!3限の小テストやった?あれ難しくない?」
彼はまたしてもこくりと頷くだけだ。
なんだろう。確かに出会った時から落ち着いた青年といった印象ではあったが、ここまで無愛想ではなかった気がする。
授業が始まってからも、昼食を食べている間も、彼は僕の声かけに対して殆ど反応を示さず、適当に相槌を打ったり頷いたりするだけだった。
結局そんな状態のまま3限目の授業が終わった。
今日の宮本君はなんだか様子がおかしかったな。
このことも一応梨花さんに伝えておこう。
そんなことを考えながら席を立とうとしたその時だった。
「ねえ宮川君」
僕は驚いて声のする方を見た。
今僕を呼んだのは、紛れもなく宮本君だった。
「ど、どうしたの?」
恐る恐る聞き返すと、彼は小さくため息をついた後、それを吸い込むように深呼吸をした。
そして少し間をおいた後、こう口にした。
「君、佐々木梨花って人と知り合い?」
心臓がどくんと鼓動を打ったのを確かに感じた。
それほどどきりとしたのだ。
宮本君は続けた。
「この後時間はあるかい?少し話したいことがあるんだ」
なんだ?なんなんだ?
こいつ、もしかして僕のことを知っているのか?
彼の目は、それまで見たことがない目をしていた。
それは獲物を見つけた時の獣の目に相当するほどの鋭さをもっていたのだ。
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