ハルフェン戦記 -異世界の魔人と女神の戦士たち-
レオナード1世
本編
プロローグ
重厚な黒雲をも突き破る程の高層ビル群。その隙間を飛び交う飛行ビークルの軌跡。繁華街で乱雑に建てられたネオン看板群の激しい自己主張と、遥か遠方の軌道エレベーターの仄かな輝き。そして時折雲の隙間から見える三日月に刻まれた、月面コロニーの明滅するライン。これらの光が暗い夜をいかに彩っても、シティに住む人々は一瞥もせず、小ぶりな酸性雨に降られながら、ただ黙々と、煩く、静かに激しく自分達の生活に没頭していた。
行き交う人々の喧騒の中で、通勤ビーグルに無気力なまま、互いを押しては乗り降りする肉体労働者達。違法に仕込んだ生体電子部品を売り出している中古品屋。小さな巷で勢力争いのために銃撃戦を繰り返すサイバー化ストリートギャング達。そして流れ弾に撃たれた路上タクシーが、直ぐ隣の店に突っ込んで爆発しても、表情一つ変えずに屋台での食事を終えていそいそと仕事場へと駆けるサラリーマン。
「先日トライオラクル社の株価が史上最高値を記録し…」
「これで貴方も一発元気!最新電子型ハッピードーピング・ラブラビット!オプションまとめ買いで30%オフ…」
「先日、アナーキスト集団トーラスによる、コロンビアシティの旧議会図書館での爆破事件…」
刺激的な見出しと美人レポーターが、高層ビルのホログラムウィンドウや路上の宣伝看板で次々と映り出されても、足を止めてそれを聞く人は一人もいない。
******
「はははっ!どうしたウィル!そんなぬるい攻撃で俺を止めるつもりだったのか!?」
「くっ…!」
さながら鋼鉄が人の形をした二人の異形。ウィルと呼ばれ、胸に大きな青色のクリスタルが付いていて、両手に剣を持つ銀色の異形と、胸に鮮血を思わせる赤色のクリスタルと長槍を持つ黒い異形が、互いに傷だらけなまま、艦の心臓部と思われる広大な空間内で高速飛行しながら刃を交えていた。警報が鳴り響くその部屋の中心にある、人の半分ぐらい大きさをもつ虹色の結晶が発する眩い光を浴びながら。
「
満身創痍の銀色異形が雄々しい叫び声と共に双剣を交差して振ると、両腕にある結晶から青いエネルギーが点火の火花のように飛び散り、双剣が眩く輝き出す。
「くははっ!
同じ傷だらけな黒き異形もまた、同様に腕の結晶を槍に当てて叫びながら打ち滑らすと、赤色の輝きが弾けては槍に纏う。
銀色の異形が黒き異形に突っ込み、輝く双剣を連続で打ち込む。高熱化した二つの武器がぶつかるごとに光と衝撃の火花が飛び散る。だが黒き異形は間合いを維持して飛びながら、難なくそれらを全ていなしていく。
「甘い!お前にこんな甘い打ち込みを教えた覚えはないぞ!」
「くそっ…!」
銀色の異形はいったん間合いを取り、結晶からのエネルギーを帯びた右手を前にかざしてはエネルギー弾を連射するも、黒き異形が身を守るように腕をクロスし、腕の結晶からバリアを張って全て防いでいく。
「おおっ!」
爆発により巻き上げられた煙を突き破り、銀色の異形が大きな一撃を斬りつける。だが黒き異形は槍を大きく振って切り払い、その勢いと共に強烈な回し蹴りを喰らわせた。
「ぐあっ!」
鈍く重い衝撃音とともに銀色の異形は地面へと叩きのめされ、黒き異形もまた少々興ざめと地面へと降り立つ。
「まったく、さっき俺を止めると言い放った時の気迫は見かけ倒しか?メルセゲル!チャージ進捗とエレベーターへの衝突時間予測は!?」
『現在エネルギーチャージ率150%、軌道エレベーター・アレフへの衝突予測時間、あと五分三十八秒になります』
メルセゲルと呼ばれる中央の虹色結晶から、無機質な応答が流れる。
「聞いたかウィル、もうあまり時間は残ってないぞ?俺を止めるためにお前は必死こいてここまで来たんじゃなかったのか?立てっ!」
「ぐ、ぐぅぅ…っ」
剣を地面につっかえ、銀色の異形は痛みを堪えながらふらりと立ち上がっては黒き異形を見据える。
「そうこなくっちゃな。
黒き異形は槍を構えなおし、銀色の異形もまた、ひび割れた鋼鉄の体を奮い立たせては、双剣を構えた。
「ギル…!」
「いくぜウィル…ぬぉ!?」
戦闘による艦体への損傷のせいか、激しい爆発音とともに船が大波に打たれたごとく大きく傾く。黒き異形がよろめくと同時に、銀色の異形は背中の結晶スラスターを全力噴射させ、閃光の如き瞬発力で黒き異形へと突っ込む。
「ウアアアァァァッ!」
「があぁっ!?」
青きエネルギーを纏った銀色の異形の右ストレートが叩き込まれる。さながら軍用艦と衝突した如き衝撃が、黒き異形を弾丸のように吹き飛ばしては壁へと深くめり込ませた。
銀色の異形はハアハアとよろめきながらも、一息つくことさえ惜しんでるように資材コンテナに置かれた、血塗られた生体チップらしきものを取ると、中央の結晶の下にある制御コンソールに駆けつけてはそれを打つようにコンソールパネルに貼り付ける。
「メルセゲル!最高指導者権限により制御権ロックを解除!チャージを今すぐ中止して艦の軌道を変えろ!」
『最高指導者の生体チップ確認。制御権ロック解除。エラー、チャージ既に不可逆ポイントを超え、中止不可能。エラー、艦体損傷率70%を超え、軌道修正不可能』
ひと際大きな振動が艦体を揺らす。
「ぐっ…!なら全エネルギーを艦の次元跳躍プロセスに移せ!跳躍先は跳躍空間そのものだ!」
『警告、超過チャージしたまま次元跳躍した場合、艦体は跳躍先で解体もしくは爆発する可能性あり。それでも実行――』
「実行するんだ!はやく!」
『了解。座標設定完了。次元跳躍プロセス開始』
「ウィルーーーーッ!」
「っ!おおおっ!」
壁から抜け出し、叫びとともに高熱化の槍を構えて突っ込む黒き異形の攻撃を、銀色の異形は双剣で辛うじて防いだ。青と赤の衝突が激しい衝撃波と光熱を伴って周りに解き放たれる。制御パネルはもろくも吹き飛ばされ、メルセゲルと呼ばれる結晶にヒビが走った。
『警告、警告、システム損傷、跳躍シーケンスにエラー発生、跳躍シーケンスにエラーラララ…すす推進ノズルにいじょじょじょう―――』
アラームランプが鍔迫り合う二人の異形を赤く染め、けたたましいサイレンと共に艦体が更に小さな爆発が連鎖して起きながら下に向けて傾け始めた。
「…?なんだあれ?」
「アドシップじゃないの」
無関心に歩くシティの人々の何人かは、ようやく炎を纏いながら飛来する漆黒の艦体に気付く。
「ひょっとしたらシップのエンジントラブル?」
「ちょっと…このままだとこっちに落ちてこない?」
「いや、まさか…」
それでも人々は手元の仕事をやめて逃げ出すことに、日々変わらない日常から抜け出すことに戸惑う。
「ぐぐっ…やっぱ甘いなウィル…さっきのが殴り飛ばしでなくそのまま剣で突き刺せば俺を殺せたのにな…っ」
高熱化した槍と双剣がバチバチと激しくせめぎ合い、二人の異形が鍔迫り合いする。
「俺は、あんたを止めに来たんだ…っ、殺すために来たんじゃない…!お願いだギル、もうこんな無意味な戦いは、やめるんだ…っ!」
「はっ、泣けるじゃねぇか、やっぱあんたは俺たちのお人よしのウィルだ、嬉しいぜ…!」
黒き異形は足を踏みなおし、更に力を入れて槍を押し込むと、銀色の異形は徐々に押し負けて跪いてしまう。
「くぅっ!」
「悪いがやめる気なんざ毛頭ない。とはいえ、このまま二人きりで異空間で爆散するってのも風情がないってもんだ。道連れは一人でも多くあった方が…いいなっ!」
銀色の異形を槍で押し込んだ体勢で、黒き異形は槍の柄を大きく上へとスイングし、銀色の異形は大きく弾き飛ばされ、地面を転がって倒れてしまう。
「があっ!」
『跳躍シーケンスかかか開始…アアスティルエエエネルギー、くううかんれんれん続体へかんしょかかかんしょう…』
「ぜぇ…跳躍される前に今ここで爆散させてやる!
黒き異形が腕をクロスして力を込むと、両肩と両膝に胸と同じ赤色の結晶が目を開くように生えた。黒き異形の蒼白な目が開いてマスクと思しき部位が裂けて口を成し、唸りとともに口と体の各隙間からシューッと大きく排熱される。
そしてバグった通知音を発するメルセゲルの結晶に両手を向けてかざすと、小さなエネルギースフィアが手前に生成され、胸と両肩両腕、そして両膝の結晶からエネルギーの奔流が流れ込み、スフィアは膨張と縮小を繰り返しながら徐々に大きくなっていく。
「や、やっぱりこっちに落ちてくるぞ!」
「に、にげよう…!」
分厚い黒雲を突き破り、今や破滅の滑空音まで聞こえるまで迫る艦を見て、道で茫然と見つめていた人々はついに足を動かして悲鳴を上げながら逃げ回る。
いまや小さな太陽のごとき光を発するメルセゲルと、黒き異形が作り出したエネルギースフィアの赤色の光が空間の色全てを塗りつぶした。
「さあ吹きとっがああぁぁ!」
横から肩に飛び刺さった剣が黒き異形の動きを止め、スフィアもまたあっけなく消えてしまう。剣を投げた勢いで地面に手を付いた銀色の異形を見ながら、黒き異形は剣を抜いて投げ捨て、槍を片手でわなわなと持ち上げる。
「ウィィィル…!貴様ぁ…!」
メルセゲルの周りに虹色の波動がうねり
「はあ…ギル…っ」
『ざざ座標座標ここていてい、じげんん位相シシフトトかくにんにん』
艦体がビリビリとメルセゲル結晶と共に震え
「いい加減にしやがれえぇぇっ!」
黒き異形が怒りと共に槍を銀色の異形めがけて、投げた。
『テテてててンイ、すたーととと』
「きゃああああっ!」
「うわああああっ!」
パニックで逃げ惑い
「
視界が、最後の通知音とともに真っ白に染められた。
「…?」
「あ、あれ…?」
さっきまで逃げ回り、或いは目を伏せて死の衝撃に備えたシティの人々は、訝しげに空を見上げた。なにもない。すぐ目の前まで迫った漆黒の艦は今や跡形もなく消えており、突き抜けられた黒雲だけが、その存在の跡を形で残していた。
「…なんだったんだいまの…」
「ひょっとしたら例の異星人と関係あるもの…?」
「まさか、どっかの
飛び交う人々の議論も長くは持たなかった。
「やばっ、遅刻確定だなこりゃ」
「はやくこれ終わらせて酒飲みにいこ…」
数分後に人々もまた、何事もなかったようにいつもの生活を続けた。
それは、高度に発達した技術や飽和した人口が生み出した混沌の世界に暮らす人々にとって、あくまで次の食卓での話題に持ち出されることもなくすぐに忘れられる、些細な出来事の一つに過ぎなかった。
【プロローグ 終わり 第一章に続く】
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