第8話「バレていた——先輩との密会?」
「んでさ、昨日のは何なんだよ……?」
「別に……」
次の日。
案の定、俺は昨日のことについて追及されていた。
いやしかし、逃げたのは不正解だったかもしれない——我ながら得策だと思っていたのだがどうやら違ったらしい。答えてしまえば馬鹿にされ、噂をされるのは明白で、隠している意味がない。これじゃあ沼だ。
「別にって?」
「いや、特に何もなかったってことだよ」
「へぇ……でも、あれのどこが何もなかったのか、俺には良く分からないけどな」
「まぁ……同感だ」
「同感?」
「え?」
「え——って、何が同感なんだよ?」
「ふぁ?」
「————だって昨日の、数学の課題やばくねってさ?」
「……」
「?」
「え?」
しかし、その疑念は一瞬にして晴れたのだった。俺と彼の話題は清々しいほどにすれ違っていたのだ。まるで林檎と桃くらいに、話題がすれ違っていた。
「——どうした?」
「いや、別に……」
ただ、あれを問いたださないのは本人の俺とてさすがにびっくりしている。もしも立場が反対なら一番のスクープだし、話の大きな種になるから確実に問いている。
それに、なにより初日だぞ? 初日から先輩にお呼ばれしたんだぞ? しかも、女子から。
だというのに彼の反応はイマイチだった。
いや、確かに……昨日の先輩の呼び出しから帰ってきた後の反応が薄かったような気もする——と言うより、ほぼ無反応だった。俺の勘違い――——なけ……。
「あ、まさかもう終わってるってことか?」
「え? いや——」
————まてまて、ここは俺としては好都合なんだ。終わってはいないが、そう言うことにしておかないとバレるかもしれない。
「——おわ、終わってるぞ」
「お、まじ!?」
「まじだ」
「そっかぁ~~、やっぱりなぁ……数学だけは得意なお前なら分かると思ったんだよな!」
「そ、そうか……」
「でさ、そう言えばさ、俺たちって腐れ縁じゃん?」
途端に疑問符をぶつける田中陽介。俺の型に乗っかった彼の手はどこかぎこちなく、微かに動悸を感じる。
「そ、そうだけど……どうしたんだよ?」
「だからさ……答え、見せてくれよ?」
だよなぁ……。
まあ予想通りだが、しかし課題なんてまだやっていない。どうやって言い訳をしようか……そう悩んでいると隣に座る女子が一言。
「あ、私もやってるよ?」
「え、まじ!?」
「うんっ、字が汚いけどそれでもいいなら……」
「全然っ! 見せてみせて!」
「おい……」
「なんだよ、そんなに横取りされて嫌なのかお前? もしかして俺のことが好きなんじゃ……」
「馬鹿言え——まあいいよ、その……」
「竹林です」
「そ、そうだ、竹林さんに見せてもらいな」
にんまりと微笑む陽介。
さすが彼女募集中の男は一味違う。俺みたいに一人しか友達がいない人間とは違い、コミュ力のある人間はこうやって女子を捕まえていくのだ。生憎、この女子にも友達いなそうだし。
学校始まって二日でこれかよ、すげえな。
——と感心しつつ、俺は心の中でホッとしていた。
無論、あの話はなかった——ことになっていた。さすがなのか、おかしいのかは良く分からないが能天気な先輩が見せたステルス機能にひとまず感謝はしたい。
ありがとうございます、先輩!!
よ、実は陰キャな先輩!!
「それでさ——」
「どうした?」
陽介がその答案を写している間、予想外なことがもう一度起きる。
「——昨日の先輩、誰なんだよ?」
「……え」
そう、彼は断じて忘れていたのではなく————。
ただ、優先順位を決めて俺に訊いていただけだったのだ。
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