『その男、商人につき』―アキンド、かく語れり



 俺の名は、アキンド・ナッシュ。

 かつては世界を股にかける冒険家だったが、今は引退して商人をやっている身だ。

 まぁ、どっちも生き方としてそう変わらねー。リスクを覚悟し巨万の富を築きあげる。基本は一緒さ。判っていたはずだが、やらかした時の衝撃には慣れないもんよ。


 やっべぇな、人生を賭けた東方貿易船が沈んじまった。俺の計画を信じてくれた乗組員の命、出資してくれた貴族の野心、東国から持ち帰った積み荷、全部パァときたもんだ。


 オリエンタルな陶器や浮世絵。うるし塗りの重箱なんかは西欧諸国じゃ高値で取引されている。それに目を付けた決死の貿易業だったのに。

 借金返済の期限を気にして「魔の海域」を突っ切ろうとしたのが不味まずかったのか。クソッ、いったいどうすれば。手ぶらで母国に帰ったら、腹を切っても許されねぇぞ。

 それに、このザマじゃ彼女との約束も果たせそうにない。


「ああ、ミランダ。俺を許してくれ」

「ん? 女の人ですか? 貴方は既婚きこん者?」

「いや違うけど……空気よめよ」


 なんだ、このお邪魔人魚は。

 美人でスタイルもいいが、こっちはそれ所じゃねぇっての。いや、待てよ。何か逆転の策を閃きそうな気がする。

 追い詰められた時ほど、俺の脳は活発に動き出す。

 涙も引っ込み、腕を組んで悩み始めたその時だ。


「兄貴ぃ~ご無事でしたか」


 聞きなれた声が思索しさくを巡らす俺の邪魔をしにきやがった。どこに雲隠れしたのかと思えば、小舟の下で様子見してやがったな。自称、俺の相棒め。まぁ、あんな奴でも死なれたら困る。喜んでやるか。


「よぉ、悪運が強いな。よほど日頃の行いが良いと見える」

「兄貴、それは言いっこなしッスよ」


 人魚ちゃんがいぶかしんでコッチを見てるぜ。


 そりゃそうだ。がま口財布さいふに手足の生えたバケモンが、俺の肩に跳び乗ってピョンピョンしているんだからな。


「あの、そちらの方は? 変わった友人ですのね」

「これはガマクジラ。俺についてる邪神のシモベだ」

「あ、兄貴! 商いの神、ゼニゲバンの使いですぜ」

「同じようなもんだろ。そう言えばまだ名乗ってなかったな。命の恩人に、失礼をした。俺の名はアキンド、不幸のどん底にいる貿易商人だ。人魚ちゃん、アンタは?」

「リップルです~私の王子様」

「滅相もない。商人だって」


 うん、痛い子だな。恋に恋する田舎娘という所か。

 こういうのは人も人魚も変わらないらしい。なんせ俺様ときたら貴族の令嬢から恋文をもらうレベルの色男だからな。そのせいで散々痛い目にもあってきたが、今回はそれに助けられたようだ。窮地を脱する為、この状況を利用しない手はない。

 ここからは営業敬語だ。


「時にお嬢さん。もしかして外の世界に興味あったりします?」

「あります~人間の国には美味しい物や素敵な恋が沢山あるって。でも、長老さまが遠出の許しをくれないんですよ」

「成程、では命の恩人に御礼もかねて、俺達の文明がいかに素晴らしいかを堪能して頂くことにしましょう。しかし、それにはまず帰る為の船と先立つ資金が必要なのです」

「船なら長老様が『捕虜を追い出す用』の船を持っています。でも、お金? お金ってよく判らないわ。私たちは物々交換ですもの」

「マジかよ」

「とんだ蛮族ッスね」

「財布は黙ってろい! おっと失礼。では私めの沈んだ船から積み荷を引き上げて頂くわけには? 人魚さんなら水中でも平気でしょう?」

「えー、重い物は無理ですよぉ」

「じゃあ、貴賓きひん室の貯金箱だけでも。中にはたんまり金貨が詰まっているんです」

「それくらいなら。お土産、期待してますよ~」


 割と現金だね。食い気と色気がゴッチャになってないか?

 どうも女って生き物はミステリーに満ちている。だから男女は互いに惹かれ合うんだろうな。お互い様だよ、理解不能なのは。



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