第323話 雷門と8人の女神

 令和4(2022)年9月25日(日曜日)。

 北大路家は、二つのグループに分かれた。

 皐月をおさとするA班と煉を長とするB班に。

 ―――

 A班

・オリビア

・ライカ

・皐月

・司

・エレーナ

・レベッカ

・スヴェン

・キーガン

・シャルロット

 B班

・煉

・ヨナ

・ミア

・ウルスラ

・フェリシア

・エマ

・チェルシー

・シーラ

・シャロン

 ―――

 相撲の取組は通常、地上波では午後から放送される場合が多い為、午後からのイメージがあるが、実際には序ノ口から始まる。

 その為、午前8時半頃から取組が開始される。

 午前中は、観客が多くない為、席も取りやすい。

 市役所並に早い時間帯なので、オリビア達は日曜日にも関わらず、早起きして迎車に乗り込み、国技館に向かった。

 朝食は幕の内弁当、昼食は焼き鳥という事で、オリビア達は朝早く出たのだ。

「……さてと」

 愛妻を見送った煉は、大きく背伸びすると、B班のメンバーを見た。

「所要が入って午前中しか回れんが、良いよな?」

「オ忙シイ中、午前中ダケデモ有難イデス」

「早ク! 早ク!」

 ヨナは理解を示し、ミアも制限時間タイムリミットを気にして急がせる。

「分かったよ」

 ミアを背中におんぶし、ヨナとシャロンと手を繋ぎ、チェルシー達と共に神社巡りを始めるのであった。


 煉がそれほど積極的に動かないのは、祖国に忠臣が居るからだ。

 その内の1人、ベルヒトルトは、暴動鎮圧に当たっていた。

(全く、殿下の人使いは荒い)

 嘆息しつつ、ヘルメットを被り直す。

 そして、ライオットシールドで暴徒を押し戻す部下を鼓舞する。

「国を守れ! 愛国者共!」

「「「応!」」」

 催涙弾が発射され、暴徒は逃げ惑う。

 捕まった暴徒は、警棒で袋叩きだ。

『PRESS(報道)』の腕章の記者やカメラマンも例に漏れない。

 文字通り、頭の形が変わるくらい、ボコボコに遭う。

 カメラは奪い取られ、やはり警棒で叩かれたり、盾で押し潰される。

 報道関係者に対しても、これほどなのは、『報道の自由』の侵害に当たるだろうがアドレナリンが出ている以上、治安部隊には分別がつきにくい。

 暴動の現場に居る以上は、避難しない方が悪いのだ。

「……」

 頭から出血し、倒れている日本人の記者は、警察病院の救急隊員に担架に乗せられ、救急車で搬送される。

 今後、この手の報道関係者は、「避難命令義務違反」で処罰されるのだ。

 余りにも強硬的な手段に、暴徒は蜘蛛の子散らすように逃げていく。

 それを治安部隊は、袋の鼠にして次々と拘束していくのであった。


 暴動鎮圧の報道をスマートフォンで知った煉は、満足した。

(早いな。流石だ)

「パパ」

 シャロンがスマートフォンを取り上げる。

「『午前中は仕事しない』って約束でしょ?」

「済まん」

 照れ笑いしつつ、煉は、膝のシーラを頭を撫でた。

 彼等は、今、貸切った大型バスで、都内の寺社仏閣を巡っている最中だ。

「「「「「オー!」」」」」

 初めて見る浅草寺の雷門の提灯に、チェルシー、エマ、フェリシア、ヨナ、ミアの5人は大興奮だ。

「……」

 シーラも5人ほどではないが、その大きさと美しさに目をみはっている。

 この大提灯は、


・高さ 3・9m

・直径 3・3m

・重さ 約700㎏


 もあり(*1)、約10年ごとに新調され(*2)、直近では令和2(2020)年に新調された6基目(*1)だ。

 5基目になったのは、平成25(2013)年(*2)で、6基目は、予定だと令和5(2023)年が予想されたが、


・平成31/令和元(2019)年の気候による劣化進行

・東京五輪を控えていること


 が主な理由として早まったのである(*1)。

 バスが雷門前に横づけされると、女性陣は一気に降りて、その提灯にスマートフォンを向ける。

 最後に煉も降りた。

「皆、あんまり騒ぐなよ? 観光地だけど、ここは聖地でもあるんだから」

 雷門が在る浅草寺は、天台宗の寺院である。

 宗教施設である以上、余り大騒ぎする場所ではない。

 江戸時代の話だが、幕末、富士山にイギリスの初代駐日公使のオールコック(1809~1897)が登った際、火口に向けて面白半分に発砲した。


『神社に参詣し、噴火口の最高点まで進んだ。

 ここでオールコック公使は、旗手として英国国旗を掲げ、我々はこれに敬意を表し礼砲を撃った。

 最初に公使閣下が火口に向けて拳銃を5発撃ち、他の者もそれにならって合計21発撃った。

 それから万歳三唱し、国歌を歌い、女王陛下の健康を祝して富士山の雪で冷やしたシャンパンで乾杯した。

 このように厳粛な儀式を見たことのない日本人たちは仰天していた』(*3)

 

 この話に激怒したのが、富士信仰の信者であった攘夷派であった。

 時は幕末。

 攘夷派による外国人襲撃事件(*4)が相次いでいた時期である。

 

 例 日付は旧暦

①安政4(1857)年 ハリス襲撃未遂事件

 犯人:水戸藩士数人(→投獄)


②安政6(1859)年 露海軍軍人殺害事件

 死者 :2人(海軍少尉、水兵)

 怪我人:賄い係

 場所 :横浜の波止場近く

 犯人 :数人(→露側は損害賠償を見送るも、後に見つかった実行犯は磔刑)


③安政6(1859)年10月11日 仏領事館従僕殺害事件

 死者 :清国人従僕

 場所 :外国人居留地(横浜)


 このような時代背景であった為、オールコックの行動は当然、問題視され、以降、攘夷志士の暗殺の標的となり、度々、襲われている。

 現代でも特に一部の欧米人がイスラム教を軽視する行動がイスラム教徒からの反感を買っているように、宗教というのは敬意を払えば良いが、軽んじれば、非常に不味い。

 前世で、それをイスラム圏で見ている煉は、この手には過敏であった。

「は~い」

 シャロンは元気よく返事し、チェルシー達も頷いた。

 興奮の感情を抑え、厳かな気持ちで足を踏み入れる。

「「……」」

 巫女のヨナ、ミア母娘も仏教にリスペクトし、少し固いが御辞儀して入っていく。

 迷惑そうにしていた参拝者達はその様子に、一転笑顔を見せ、歓迎するのであった。


[参考文献・出典]

*1:京都新聞 2020年4月14日 

*2:京都新聞 2013年11月5日

*3:タイムズ 1860年11月29日

*4:ウィキペディア

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る