第278話 ト独断交案

『―――成立から約半年間のシュトレゼーマン首相は、苦境に立たされています。

 マスク着用義務化法案に対し、反対派の暴動や、経済対策による不況で支持率は急降下。

 直近の地方選挙では、与党は惨敗を喫し、更には、政府高官による度重なるトランシルヴァニア王国に対する侵略行為が露呈し、その対応に忙殺されています。

 首相は、8月1日に退位予定のアドルフ国王に対し、謝罪する為に訪問の調整を行っていますが、トランシルヴァニア王国側が受け入れるかどうかは分かりません』


 ドイツの国営放送がそう報道する中、

「閣下、この度の不祥事について政府は一切関知していません。恥ずかしながら、高官の独断です」

 シュトレゼーマンは、平身低頭であった。

 50歳なのだが、70代に見えるのは、多忙で老けた為である。

『我が国は貴国に対し、散々、無礼を果たしました。

 国民の貴国に対する信頼が回復するまでの間は現在、行われている全ての交渉及び交流は凍結させて頂きます』

 電話相手のウラソフの言葉は、厳しいものであった。

 ドイツとは同胞のよしみで、長年、友好関係を努めていたが、流石に今回の侵略行為は見過ごす事は出来ない。

 トランシルヴァニア王国は、正式な独立国である。

 決して、出自の祖国の従属国ではない。

 そんな意思表示が、強く見てとれる。

「それは断交、ということですか?」

『そうなりますかね』

「御一考出来ませんかね?」

『無理ですね。少なくともフランスと貴国は、我が国とは、友好出来ない国です』

 はっきりと言われ、シュトレゼーマンは閉塞感しかない。

 合邦計画、そして今回の政変未遂は本当に関与していないのだが、首相として責任を負う必要があるだろう。

「……関係改善には、何が条件でしょうか?」

『そうですね。貴国で持ち上がっている海底隧道トンネル計画の破談ですね』

「!」

 両国の間には、北海がある為、船と飛行機以外の交通手段は無い。

 その為、英仏海峡隧道ユーロ・トンネル(開通式:1994年5月6日)のような国際隧道構想が両国間の政治家の間で交わされていた。

 英仏海峡隧道以外にも、


 隧道                   :開通日

・フレジュス鉄道隧道   (仏    ~伊):1862年

・シンプロン隧道     (スイス  ~伊):1906年5月19日

・ミシガン中央鉄道隧道  (米    ~加):1910年7月26日

・モンブラン隧道     (仏    ~伊):1965年7月

・ロキ隧道        (ジョージア~露):1984年

・フェーマルン・ベルト隧道(デンマーク~独):2024年予定

・ジブラルタル隧道    (モロッコ ~西すぺいん):2025年予定

・ブレンナーベース隧道  (オーストリア    ~伊):2026年予定

・チャンネル諸島隧道   (仏    ~英):未完成

・中韓海底隧道               :未完成

・ヘルシンキ・タリン隧道 (エストニア~フィンランド):未完成


 がある為、不可思議なことではない。

 然し、度重なるドイツの醜聞が露わになった以上、トランシルヴァニア王国の国民の対独感情は、不信感で一杯だ。

 ドイツとの交流関係を見直す時機が来た、ということだろう。

「……既に連邦議会で予算の審議が始まっていますが?」

『それは、貴国の事情でしょう? 条約は未締結です。白紙には、良い時機かと』

「……」

 国家間の条約は、基本的に覆すことは出来ない。

 中には、戦争や拡大解釈で反故にする国家があるが、そのような国は、国際社会では、「規則が守れない国」と見られ、村八分に遭うだろう。

『貴国は、我が国の大事な時期を汚したのです。相応の対応をお願い致します』

「……はい」

 シュトレゼーマンは、穏健派な政治家だ。

 その為、強く主張することは殆ど無い。

『我が国の信頼を取り戻したのであれば、筋を通して下さい。それ次第で断交は、凍結となるでしょう』

「……は」

 蚊の鳴くような声で、シュトレゼーマンは、頷くのであった。


 トランシルヴァニア王国とドイツの仲が悪くなる中、煉達はプライベート・ビーチで夏を楽しんでいた。

「勇者様~」

「あいよ」

 落ちて来たバレーボールを、煉はスパイク。

 対戦相手の皐月、司の母娘コンビは、《東洋の魔女》ばりに回転レシーブを行おうとし、お見合い。

 1セット目は、21-15。

 そして、今のは、2セット目の最終得点。

 これで21-17。

 ストレートで、煉&オリビアのコンビが、母娘を下した。

「も~たっくん。チート!」

 怒る司とは対照的に、

「勇者様、スポーツ万能ですわ!」

 興奮したオリビアは、抱き着く。

 煉は、スパッツ型競泳水着。

 オリビアは、タンクトップにショートパンツ、という出で立ちだ。

 なので、煉の胸部に、オリビアの豊かな双胸が押し当てられる。

 因みに、母娘は、スクール水着。

 司の方は分かるが、皐月は経産婦であり、然も三十路。

 にも拘わらず、視線が注がれるのは、そのスタイルの良さが際立っているからだろう。

 医者な手前、痩せていたり、太っていたりすると、と患者が不信感を招く場合がある為、体型にも気を遣っているのだ。

 アルフレッド・アイゼンスタット(1898~1995)の『勝利のキス』のように、2人は、熱いキスを交わす。

「……幸せ♡」

 離れたオリビアは、ビクンビクンと体を震わせ、ぐったり。

 興奮し過ぎて、もう一歩も動けないようだ。

「ライカ、キーガン」

「「は」」

 タンキニのライカとキーガンがオリビアを担架に乗せて、パラソルが設置された仮の東屋に避難させる。

「たっくん泳ごう~」

「煉、泳ぐわよ」

「了解」

 母娘に腕を掴まれ、煉は海に引き摺り込まる。

 トランシルヴァニア王国が北欧に位置する為、夏は涼しく、海も冷たい為、日本のように楽しめないのだが、それでも皆、楽しんでいるようだ。

「はい、1、2! 1、2!」

「……!」

 シャルロットから泳ぐ講義を受けているのは、シーラである。

 ビート板を用いて、必死に足を動かしていた。

 ナタリーとエレーナは、器用に浮き輪に座って読書している。

『……』

「……」

 完全に集中した様子なので、誰も話しかける事は無い。

 スヴェン、ウルスラの2人は、潜水対決中だ。

『『……』』

 2人とも「煉の忠臣第1位はどちらか?」を巡って、毎日、対決中なのである。

 こうもずーっと対決しているのなると、逆に仲良しなのではなかろうか。

 シャロンとチェルシー、エマ、フェリシアの4人は水を掛け合って遊んでいる。

 この中では、シャロンが年長者なのだが、年齢差無関係に距離が縮まっているようだ。

「あ、パパ!」

 シャロンと目が合い、彼女は煉に向かって大きい手を振る。

 その度に、やはり大きな胸がゆさゆさ。

 震度7級だ。

 あの地面で立ち続けることが出来る猛者は居ないだろう。

「だ~れだ♡」

 そして、目を手で塞ぐ。

「いや、シャロンだろ?」

「ぶっぶ~。正解は、愛娘でした~♡」

 それからキスされる。

「あ~私も♡」

 嫉妬した司と、

「可愛い♡」

 どさくさ紛れに皐月も行う。

「おいちゃんのうわきもの~」

 レベッカがビート板で突っ込んできた。

 この中では、最も露出度の高いマイクロビキニだ。

「レベッカ、似合うな?」

「でしょう? うふふふふ♡」

 褒められて笑顔が戻る。

「レベッカちゃん、危ない水着だね?」

「うん。ちょっとそれは、親として黙認は出来ないかな?」

 スクール水着な2人は、マイクロビキニを問題視。

 マイクロビキニがアウトならば、養母のスクール水着もアウトな気がするが、北大路家は、家長・皐月の独裁国家だ。

 こと、煉に関しては、皐月が白と言えば、娘達は白と言わなければならない。

「うへ~」

 嫌な反応だが、『捕まった宇宙人』(*1)のように、レベッカは連行されていく。

 代わりにシャロン達が取り囲んだ。

 全員、見目麗しいビキニだ。

 シャロンは、星条旗柄。

 チェルシーは、米十字旗柄。

 エマ、フェリシアはそれぞれ、緑と青色だ。

「パパ♡」

 1番の好敵手である司が不在になった為、シャロンは思う存分甘える。

「大好き♡」

「俺もだよ」

 シャロンと抱擁しつつ、煉は3人を見た。

「「「……」」」

 恥ずかしいのか、3人とも目を逸らし、胸を隠す。

「……淑女とは思えんな」

 そうポツリと漏らした後、煉は、1人を凝視した。

「フェリシア、似合うよ」

「! 本当ですか?」

「ああ」

 フェリシアを抱き寄せて、キスする。

「……!」

 嬉しさと恥ずかしさで一気に発汗するも、煉は気にしない。

「「……」」

 じーX2。

 褒められていない新妻2人からの視線が痛い。

「……きゅ」

 変な声を出した後、フェリシアは腰砕け。

 それを煉は、何とか抱き支え、残りの2人を見た。

「チェルシー、エマ。御出で」

「「……はい」」

 不満気に頷いた後、2人は近付く。

 気絶したフェリシアに羨望と嫉妬の入り混じった視線を送る。

「2人も似合ってるよ」

「「……有難う御座います」」

 最低限のフォローだが、フェリシアが優先されたのは、やはり、不満だ。

 煉としては、3人の中で最初に注目したのがフェリシアであって、愛情は変わらないのだが、2人には、それが分からない。

 どうしてもフェリシアが1番、と解釈したことは言うまでもない。

(悪手だったな)

 困りつつも、煉は、シャロンを肩車し、

「シャルロット、済まんがフェリシアを頼む」

「は」

 シャルロットに頼んだ後、煉は向き直った。

「さっきは済まんかった。次からは気を付ける」

「では、お詫びに即位式の日、舞踏の相手をお願いしますわ」

 チェルシーの提案に、煉は眉を顰めた。

「良いけど、舞踏の心得は無いぞ?」

「無いんですか?」

 エマが両目を瞬かせた。

 貴族である以上、舞踏は必須条件だ。

 出来ない者は「平民」と嘲笑されることが多い。

「出来ないよ。そっちは全然だから」

 恥を煉は包み隠さない。

「では、私がお教えしますわ」

「私もします」

 2人は左右から煉の腕を取った。

「……それでは踊れないのでは?」

 至極全うな指摘だが、2人は気にしない。

 それ所か、更に密着し、胸を押し当てる。

「「踊れますわ」」

 シャロンを肩車したまま、煉は舞踏の講義を浅瀬で受けるのであった。


[参考文献・出典]

 *1:『Neue Illustrierte』1950年4月1日号(1950年3月29日発売)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る