第207話 Erleuchten

 アメリカの政府関連施設は、反米派に狙われ易い。

 戦後以降だと、

・米国民政府乱入事件   (1969年7月25日 米領沖縄)

・大使館人質事件     (1979年11月4日~1981年1月20日 イラン)

・ 総領事館パイプ弾発射事件(1985年1月1日 日本・神戸)

・大使館爆破事件     (1998年8月7日 ケニア、タンザニア)

・在外公館襲撃事件    (2012年9月11日~22日 エジプト、リビア、イエメン)

 等が起きている。

 特に甚大な被害が出たのは、

 1998年のケニア、タンザニアでの事件だ。

 この時、死者224人、負傷者5千人以上と多くの犠牲者、被害者を生んでいる。

  意外にもロシアのそれは、アメリカのと比べると、それほど狙われていない。

 FSBが超優秀なのだろう。

 アメリカとは違い、秘密主義国家である為、何があっても発表しない土壌があるのかもしれないが。

「異様ね」

 カミラは、大使館の地下室の緊急対応室シチュエーション・ルームに居た。

 ここは、日本が地震が多い為、万が一に備えて作られた避難施設だ。

 ホワイトハウスとの直通電話ホットラインも設けられ、高官とも、テレビ会議が可能である。

『大統領、そちらの御様子は?』

「大丈夫よ」

 お茶を飲み、リラックスしている。

「まさか、こんな所で少佐の実力を拝めるとはね」

 過激派の恐怖より、煉への関心であった。

「それよりも、会見に行く時機で、襲撃に遭うとは。時間帯を読まれていたのかしら?」

『恐らく。現在、CIAと公安が共同で、犯人を調査しています』

「御願い」

 テレビ会議が終わった後、カミラは、生中継で映し出されている煉を見詰めるのであった。

「さぁ、お手並み拝見よ」


「少佐、これは?」

「化粧だよ」

「それは分かりますが……」

 ウルスラは、自分の姿に困惑していた。

 姿見に映るそれは、何と日本人。

 その正体は、メイクアップアーティストが作ったマスクなのだが、質感といい、見た目と言い、本当に日本人そのものに見える。

「映画のチャーチルみたいな特殊メイクですね?」

「そうだな。じゃあ、行くぞ?」

「は、はい」

 緊張した面持ちで、ウルスラは、MKEK MPTを忍ばせる。

 俺達は、大使館の裏側に行く。

 そこでも過激派が侵入を試みていた。

 俺達は、暗闇に紛れ、塀の下へ行く。

「同志」

「うん? 内通者か?」

「そうだ」

 頷きつつ、俺は考えた。

(内通者が居るのか)

「同志、済まんが、手を貸してくれ。そちらのお嬢さんも」

 過激派が手を伸ばす。

 流暢な日本語だが、多くの場合、初対面の人に「お嬢さん」とは言わないだろう。

 暗闇が手伝って、俺達の正体はバレにくい。

 手を貸して、引き入れると、過激派は笑った。

「有難う」

「所で同志、欧州に幽霊は居るのか?」

「いきなり何の話だよ?」

 その回答に俺は確信した。

「同志は、『共産党宣言』の冒頭も知らない共産主義者コミュニストなのか?」

 ―――『欧州ヨーロッパに幽霊が出る――共産主義コミュニズムという幽霊である』

 1848年、カール・マルクス(1818~1883)とフリードリヒ・エンゲルス(1820~1895)によって書かれた『共産党宣言』の有名な冒頭の一文だ。

 共産主義者コミュニストの癖に『共産党宣言』の冒頭を知らないのは、共産主義者コミュニストの面汚しだろう。

「!」

 過激派は、真っ赤になり、ゲバルト棒に手を伸ばす。

 直ぐに暴力を選ぶのは、内ゲバが盛んな過激派らしい。

「糞! 資本主義者か?」

 思いっ切り鉄バットを振り上げ、俺に振り下ろす。

「少佐!」

 ウルスラが叫ぶも遅い。

 数瞬後には、俺の頭が勝ち割られていた。


「少佐!」

 カミラが、勢いよく立ち上がった。

 居並ぶ職員達も言葉を失う。

 あれほどの勢いで、殴られたのだから、誰もが撲殺されたと思うだろう。

「直ぐに軍医と衛生兵を向かわせて!」

「は!」

 緊急対応室が、にわかに慌ただしくなった。

「……ん、待って!」

 カミラは、あることに気付いた。

「「「!」」」

 準備を始めていた職員達も立ち尽くす。

「そんな馬鹿な……」

「嘘だろ? 不死身ダイ・ハードなのか?」

「おいおい、冗談ジョークはよしてくれよ」

「奴は……化物モンスターだ」

 彼等の目に映るのは、弁慶のように仁王立ちの煉。

 頭部から思いっ切り出血しているが、元気そうに


「少佐?」

 ウルスラが、尻もちをつく。

 過激派も、震えていた。

「なんで……?」

 頭を割られたにも関わらず、俺は、痛みを感じていなかった。

 避けられるのだが、それを敢えて受け止めたのも、生と死のはざまを無意識的に感じたかったのだろう。

 どす黒い血だまりが出来る。

 過激派もへたり込む。

「……化物……!」

「人を殺すくらいなら1発で仕留めないな?」

 俺は、鉄バットを拾い上げると、舌なめずりしつつ、思いっ切り、過激派の顔を振りぬく。

「ごふ!」

 歯が数本吹き飛び、過激派は、吹き飛ばされ、塀に叩き付けられた。

「が!」

 頭部を強打し、ずるずると、落ちていく。

「ウルスラ」

「……」

「ウルスラ!」

「は、はい!」

 茫然自失のウルスラを奮い立たせる。

「確認くらい出来んのか?」

「は、はい!」

 慌てて、過激派に駆け寄り、瞳孔と脈を診る。

「……死亡確認しました」

「有難う。常に冷静クールにな?」

「……は」

 それから俺は、こちらを見詰めるカメラを見た。

 自分の頭を指で指し示しつつ、

WIA戦傷だ。名誉負傷パープルハート章、頼むぜ?」


「何て男なの……?」

 カミラは、驚いていた。

 否、他の職員も。

 生中継されている為、この映像は、ホワイトハウスでも流れている筈だ。

「軍医、何故、少佐は、敢えて怪我を?」

「恐らくですが、我が国に借りを作らす為かと」

「借り?」

「はい。読唇術で読みましたが、少佐は、名誉負傷章を希望されています。アメリカに貢献した、という事実を我が国に認めさせる為の行動だったかと」

「……それで、少佐は何を望むの?」

「分かりませんが、これまでの言動から察するに、『不介入』が御望みかと」

「……」

 カミラと職員達は、唇を真一文字に結ぶ。

 死ぬかもしれない、にも関わらず、煉は敢えて自殺行為を選んだ。

 その心理は、神風や自爆テロを行うイスラム過激派の様に思えた。

 厳密には、神風は、非戦闘員を攻撃対象にしていないのだが、外国では、自爆テロと同一視する傾向がある。

 補佐官が提案する。

「大統領、あの男は危険です。我が国に招くのは、危険かと」

「そう……かもね」

 カミラもあのような男が近場に居るのは、内心では、恐怖だ。

(……若しかして、私に恐怖心を持たせる為に、自分の命を賭けた?)

 真相は分からないが、政府高官の間には、煉脅威論が生まれたのは、事実だ。

(だとしたら策士ね……賢いクレバー


 死体を引き摺って、死角に隠した後、俺は、死体から衣服を剥ぎ取って着た。

 これで、外見上は、過激派だ。

「少佐……」

「うん?」

「その……全て計算づくだったんですか?」

「かもな。気付いたら体が動いていた」

「……共産主義コミュニズムにも御詳しいんですね?」

「昔は傾倒していたからな」

「え……?」

「何も知らないガキの頃は、『平等』に憧れたものだ。何も争いが無い、自由で平和な世界だと思ってな」

 遺体から身分証等を鹵獲しつつ、俺は続ける。

「でも、成長するにつれて、歴史を学び、その限界と本性を知った。自分で憧れていた癖に、それに幻滅し、以来は、反共なんだよ。ストーカーみたいなもんさ」

「……」

「良かったよ。早い時期に転向出来て。大人になったら、中々、自分の非を認めたくなくなるからな」

「……」

 財布から札束とカードを抜き取り、風船に吊るす。

「……何を?」

「人間ってのは、昔からお金に弱いんだよ」

 風船を飛ばす。

 過激派が沢山居る、通り《ストリート》の上空10mで破裂し、札束とカードが飛散する。

「おお、金だ!」

「カードもあるぞ!」

『共産党宣言』もろくに知らない連中だ。

 学が無く、単純な可能性があった。

 あっという間に襲撃を止め、争奪戦を始めた。


「おい、馬鹿! 何してる!」

 大道寺が叫ぶが、金に目が眩んだ以上、馬耳東風だ。

 仲間同士で殴り合い、奪い合い、内ゲバに発展する。

「止めろ! 止めないか!」

 どれだけ叫んでも、内ゲバは止まらない。

 そこら中に鉄バッドによる撲殺死体が生まれる。

「糞!」

 大道寺は、少数の部下と共に引いていく。

 テロ、というのは、目標を殺す事が出来なくても、相手に恐怖テロリズムを与えれば、ほぼ成功だ。

 それで相手が弱体化し、交渉の席に着かせたら尚良い。

『逃がさないよ』

 私は呟くと、AI搭載のドローンを出動させる。

 その数、10機。

 近年、ドローンは、戦争に利用されるようになった。

 ナゴルノ・カラバフ紛争(2020年9月27日~11月10日)では、トルコ製のAIドローン兵器が勝敗を分け他(*1)。

 直近では2021年、リビアで、やはりトルコ製のドローンが、自律型攻撃で活躍した(*2)。

 今回のはアメリカ製だが、2021年のリビア内戦で活躍したドローンのように、直ぐに活躍する。

 海兵隊、警察官、機動隊と過激派を識別し、機銃掃射していく。

『フルメタル・ジャケット』(1987年)の専属射撃手ドアガンナーのように。

(全員、死ね)

 憎悪が込められたドローンは、まるで私の生き写しかのように過激派を虐殺していく。

「ひぃ!」

「逃げろ!」

 逃走しても袋小路に追い詰めるまでだ。

 大使館の外で活動しているが、正直、主権侵害など、今の私に考える余裕が無かった。

(あ、そうなんだ)

 大量の死体を前に、私は悟った。

(少佐のこと、好きなんだ)

 ドローンの準備をしている際、私は少佐の動きをカメラで観ていた。

 撲殺されかけた時、私は発狂しそうなほど焦ったが、その後、彼が生きていることに安心して、涙が止まらなかった。

 今では、怒りさえある。

 御自分の命を軽視する少佐に、だ。

 号泣からの激怒、感情の移り変わりが非常に激しく、情緒不安定であるが、今、はっきりした。

 少佐への恋心を。

 これが終わったら、告白しそう。

(世界一のハッカーを垂らし込んだ貴方の罪は、七つの大罪並に重いわよ?)

 私は、死体を前に微笑むのであった。


[参考文献・出典]

 *1:JBpress 2021年7月22日

 *2:航空万能論 2021年6月1日

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