第182話 Panjshīr Resistance

 2022年3月27日(日曜日)。

 俺達は国際空港で、帰国の手続きをしていた。

 もっとも、手続きという手続きは、殆ど無い。

 貴族という身分であるが故、ノーチェック。

 今は空港のお土産屋だ。

「帰国は、寂しいものですね」

「そうだな」

 シャロン達が、土産物を吟味する中、俺は、オリビアと共にティータイムである。

 趣味、という訳ではないが、茶は好きだ。

「パパ~、家具買って良い?」

「どれ?」

 シャロンの方を見る。

 彼女は、大きなソファを指差していた。

 観た事がある。

 テレビで紹介されていた人を怠惰にしてしまう、悪魔のような商品だ。

 スウェーデンを代表とする企業の一つ、IK〇Aの様に、トランシルバニア王国でも、国営企業が家具を売りに出している。

 その売上は、IK〇Aの足元にも及ばないが、それでも一定数の顧客は居る。

 俺は、ブラックカードを投げた。

 それを受け取ったシャロンは、にんまり。

「I LOVE YOU」

 投げキッスをした後、精算に向かう。

 司、千尋、シャルロット、エレーナも何かしら購入している。

 私的な物もあるかもしれない為、商品は極力、見ない。

 家族といえども線引きは必要だ。

「ライカは買わないのか?」

「欲しい物無いんで」

「そうか」

 恐らく、オリビアの手前、遠慮しているのかもしれない。

 俺は、アイコンタクトで、「本当に良いのか?」と問う。

「……」

 ライカは、曖昧に微笑むだけだ。

 俺は、溜息を吐いた後、

「御勧めの商品、買って来てくれよ」

「え?」

 ドル札を握らせ、その背中を押す。

「後、自分のもな?」

「……はい♡」

 俺の真意が伝わったのか、ライカは、笑顔で売り場の方に行く。

「勇者様は、お優しいですね?」

「うん?」

わたくしの体面を保ちつつ、ライカの願いを叶えたので」

「んだよ? 気付いていたのか?」

 オリビアは、優雅に紅茶をすする。

 シーラ、ナタリー、スヴェン、ウルスラの4人が帰って来た。

 ナタリー以外は、侍女なのだが、ライカとは違い、無遠慮に私的プライベートを遵守しているのは、性格の違いを如実に表している。

「師匠、お揃いのマグカップです♡」

「おお、珍しいな?」

 六芒星旗が入ったマグカップに俺は、注目する。

 トランシルバニア王国には、ユダヤ人自治区があり、多くのユダヤ人が住んでいる為、日本では中々見られないが、このようなデザインの物もごく普通に売られていた。

「……」

 シーラは、俺に商品を見せた。

 トランシルバニアを開拓した海賊ヴァイキングが作った、とされる詩を纏めた詩集である。

 読書家のシーラらしい、お土産だ。

「勉強家だ」

 褒めると、シーラは目を細めて、視線で強請ねだる。

 撫でて撫でて、と。

「良い子だ」

「♡」

 シーラには、ほぼ味方が居ない為、俺が味方になるしかない。

 膝に乗って甘えて来るも、

『少佐』

「いててて」

 ナタリーに耳を引っ張られた。

『報告書に記載漏れが』

「お、おお……」

 知ってるか?

 彼女、部下なんだぜ?

「シーラ、済まん。退いてくれ」

「……」

 不満げに退く。

 報告書を読もうとした時、

「旦那様♡」

 シャルロットが、代わりに座る。

「おい、読めないだろ?」

「いつでも読めるでしょ? それとも代読しようか?」

 膝から動こうとしない。

 ナタリーを見ると、案の定、

『……』

 不機嫌でおられる。

 何故、部下に気を遣う必要があるのか。

 疑問に感じるが、「怒らせるな」と第六感が示している。

 一方、シャルロットもそれに気付いている筈だが、動く気配はない。

 それ所か、煽っているようにも見える。

 それぞれ、ドイツ人とフランス人(正確には、フランス系だが)だから、仲が悪いのか。

「旦那様♡」

 シャルロットは、甘えに甘える。

 ナタリーは、その度に舌打ちをし、俺は冷や汗を掻くのであった。


 買物を終え、飛行機で帰国。

 時差を直す為に帰宅後は、直ぐに就寝するのが、我が家の慣例だ。

 沢山の段ボール箱を親衛隊が搬入する中、司達は、寝室に直行。

 皐月、司は医療活動があるので、その為にも早く日本時間に合わす必要がある。

 俺はというと、機内で仮眠してしまった為、目が冴えてしまい、眠たくは無い。

 なので、深夜にも関わらず、同じく仮眠したシャロンと公園デートだ。

 井の頭公園を歩く。

「パパ、今度、来た時は、ボート乗ろうよ」

「弁天様が怒って別れる事になるぞ?」

「あ、パパ。都市伝説、信じるタイプなんだ?」

「危機管理の観点からは、極力、悪いのは、避けるんだよ」

「良い子良い子」

 シャロンが背伸びし、俺の頭を撫でる。

 完全に舐めてるな。

「それよりも、何でここなんだ?」

「というと?」

「昔、事件があっただろ? 余り夜に来る事は無いんじゃないかな?」

 平成6(1994)年4月23日、ここでバラバラになった遺体が発見された。

 世にいう『井の頭公園バラバラ殺人事件』である。

・怨恨説

・事故説

・宗教団体関与説(*1)

・人違い殺人事件説(*2)

 等、真相に諸説挙げられるが、結局、犯人は特定出来ず。

 事件発覚日から丁度15年後の平成21(2009)年4月23日午前0時に公訴時効が成立し、平成を代表とする未解決事件の一つになった。

 昼間ならまだしも、そんな猟奇的な事件があった場所を、深夜歩く趣味は俺にはない。

 まだ明るくて、人が居そうな六本木や渋谷辺りを散策したい所だ。

「パパって案外、ビビりなんだね?」

「そうだよ。これも危機管理だ」

「物は言いようだね」

 シャロンは苦笑いしつつ、ベンチに腰掛けた。

「あーあ、パパの失禁する所、見たかったんだけど。意外と冷静で残念」

「……悪い奴だな」

「パパの娘だもの♡」

 肯定しつつ、シャロンは、しな垂れかかる。

「パパと2人きりで新婚旅行に行きたい」

「そうだな」

「でも、難しいでしょ?」

「ああ」

 一夫多妻の為、1人を特別視する事は、難しい。

 又、それを差し引いても貴族である以上、当然、従者が居る。

 俺の場合は、スヴェン、ウルスラがそれだ。

 今回も2人がついてきている。

 もっとも、遠くなので視認は出来ないが。

「最近、パパが遠くに感じる」

「貴族だから?」

「そう。変わらないのは、嬉しいけれど」

 人間、成功者になると傲慢になり易い。

 変わらない方が、少数派だろう。

「シャロン」

 俺は、シャロンを抱き寄せた

「身分的に偉くなっても、俺はこのままだよ。ずっとな」

「……うん」

 俺達の絆は、他と比べると、特殊だ。

 前世では、実の父娘。

 現世では、夫婦。

 他に親族は居ない。

 若し、俺が変われば、シャロンは、孤独になりかねない。

 俺達は、握手し、池を眺める。

 その時だった。

 ドーン!

「「!」」

 突如、池が爆発し、大量の水が降り注ぐ。

 俺達は、職業病で、動揺する暇無く直ぐにそれぞれ、ベレッタとグロッグを抜く。

「「……」」

 微かに、火薬の臭いがする。

 これで自然的な可能性は排除された。

 続いて、近くのごみ箱が弾け飛ぶ。

 中身が爆散し、周囲一帯は、汚臭に包まれた。

 二度あることは三度ある。

 俺達は、同時に諺を連想し、周囲の警戒を怠らない。

 すると、予感は当たった。

 今度は、近くの東屋が爆発。

 屋根が天高く飛び、コンクリートの壁は見るも無残に粉々だ。

 その威力の凄まじさに、俺は推測する。

(クレイモア地雷か?)

 爆発の仕方がラングーン事件(1983年)で破壊されたアウンサン廟と似ていたからだ。

 あの時は、21人もの死者を出したが、今回は、深夜。

 俺達以外に人影は、まばらだった為、恐らく死者は居ない、若しくは少ない筈だ。

「きゃあ!」

「うわ!」

 茂みに潜んでいた若い男女が、逃げていく。

 よくもまぁ、外で出来るもんだ。

 俺にその趣味は無い為、冷ややかな視線で見送る。

「おじさん、シャロン」

「「!」」

 トイレから、若い男が出て来た。

 暗闇で、よく見えないが、義足の音がする為、恐らく身体障碍者なのだろう。

「久し振り」

 男は、俺達の前まで来た。

 街灯で顔が照らされる。

 俺が気付くよりも早く、シャロンが声を出した。

「ルーク?」

 その名前に、俺は、思い出した。

 前世で仲良くなった戦友の息子の事を。


「おじさんとシャロン、本当に夫婦なんだね?」

 ルークは、目を瞬かせた。

 場所は変わって、古民家。

 俺達が今、住んでいる家だ。

 義手に義足という姿に俺達は、気になって仕方が無い。

「一体、何があった?」

「アフガンですよ。地雷でこの様です」

「……よく生きてたな?」

「これの御蔭ですよ」

 ルークが出したのは、ボロボロの聖書。

 その表紙には、大きな硝子片が突き刺さっていた。

「……さっきの爆発は?」

「僕が起こしたんです。平和ボケした日本政府へのメッセージとしてね」

「……」

 シャロンは、未だ言葉が出ない。

 当然だろう。

 昔、よく遊んでいた幼馴染が、これ程痛ましい姿をしているとは、誰が想像出来るだろうか。

「……忠告は分かるが、俺が通報する可能性は考えなかったのか?」

「その時は、VA退役軍人省にかけ合わせて圧力をかけてもらいますよ。まぁ、日本は、その前に適当に過激派を見繕うでしょうが」

 従属国である日本は、アメリカの、とりわけ、米兵には弱い。

 日米地位協定で在日米兵は、守られ、犯罪者でも日本の司法で裁く事は困難だ。

 近年では、見直しが成されているが、それでも対等な関係とは言い難い。

 その為、日本政府は、国民の反米感情が高まる前に、罪をでっち上げてでも、ルークを守る事が予想される。

「それで御祝儀に幾らくれるんだ?」

「え?」

「冗談だよ」

 真顔で返され、俺は苦笑する。

「おじさんの冗談好きは、変わりませんね」

 ルークも微笑んだ後、真面目な顔で言う。

「それはそうと、おじさん。折角、その御若い体を手に入れたのですから、今一度、戦場に戻りたくはありませんか?」

「!」

 シャロンが、目を見開いた。

 俺は、冷静に問う。

「北部同盟?」

「察しが良くて助かりますよ。今は、『民族レジスタンス戦線』という名前ですが」

 2021年、カブール陥落を機に、北部同盟(その名の通り、アフガニスタンの北部を統治する反武装勢力。2001年の民主化後は、国連協力の下、アフガニスタンを支えた)の流れを汲む民族レジスタンス戦線なる反武装勢力派が結成された。

 活動開始日の2021年8月17日に北東部と東部合わせて2州の首府を攻略し、その対決姿勢を露わにしている。

「今、国際旅団みたいに沢山の外国人義勇兵も集めているんです。どうです?」

「……」

 俺を見るシャロンのその表情は、今にも泣きそうだ。

「俺は……」

 考える。

 正直な所、アフガニスタンには、思い入れがある。

 どうしたものか。


[参考文献・出典]

 *1:『新潮45』1999年10月号

 *2:デイリーニュースオンライン 2015年3月20日

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