第180話 Machiavellianism

 1人を殺害された白人帝国党は、残り4人となった。

 スマートフォン等の撮影機材は没収され、ルドルフ達4人は俺の前で、逆さ吊りにされていた。

「領主様、これは、事実ファークトなので?」

「残念ながらな」

「……」

 招待されたロシア系住民代表は、息を呑む。

 同じく招待されたドイツ系住民代表も、言葉が出ない。

「……」

 両者を呼んだのは、俺の発案だ。

 部外者ではあるものの、陛下が御憂慮されているのは、目に見えている。

 その為、逸早いちはやい解決が望まれ、今回、このような方法を採ったのだ。

 戦闘時間は、5分ほど。

 弓矢で射貫いたのはウルスラで、彼女は、スヴェンと共に他の3人の収容にも活躍した。

 最後にルドルフを捕らえたのは、俺とシャルロットとシーラだ。

 あらかじめ、予想された逃げ道に泥を撒いたのは、シーラ。

 田んぼに引きずりこんだのは、シャルロット。

 最後に全身の筋力を低下させる薬を注射したのが、俺である。

 ナタリーも活躍した。

 5人に向かってマイクロ波攻撃を行い、

眩暈めまい

・バランス感覚の喪失

・聴覚障害

・不安症

・認識に霧がかかったような症状

 と、所謂、『ハバナ症候群』(*1)を発症させたのだ。

 何故こんなことが出来たのかというと、ここは旧国営農場だけあって、元々はソ連の施設だった。

 その際にパルス無線周波エネルギーの効果を研究していたようで、俺はそれを防衛に利用した、という訳だ。

 領民が不在だったのは事前に通知し、避難させていたからである。

「どうする? 残りは、山分けするか?」

「! 領主様、良いんですか?」

「武装解除が条件だ。出来なければ、両者共に、武力行使し、殲滅するしかない」

「「……」」

 目の前で見た圧倒的な武力に2人は、戦意を失っていた。

「……俺の方は良い。もう十分だからな」

「こっちもだ」

「じゃあ、活きの良いのを1人ずつ持って行け。残りは、俺が処分する」

「「分かった」」 

 両者は、仲良くグロッキーなネオナチを1人ずつ連れて帰る。

 無論、抵抗出来ないよう、逃げないように、両手首とアキレス腱を切った上で止血させてのことだ。

 残ったルドルフは、薬の影響か、まだ放心状態だ。

「スヴェン」

「は」

「イゴールに連絡しろ。『土産スベニール』だってな」


 手土産にイゴールは、喜ぶ。

「ルドルフ、か。副総統と同じ名前だな」

 ロシア連邦国家親衛隊ロスグヴァルディヤによってボコボコにされたルドルフは、もう死に体だ。

「長官、同胞が武装解除を始めました」

「理由は?」

「少佐です。表向きには、大統領の説得、になっていますが」

「恩を売るつもりが売られたな。あの野郎」

 苦笑いしつつ、イゴールは、指示を出す。

「少佐の描く絵に乗ってやろう。長官、今回の暴動鎮圧の功労者は、私であることを大々的に国営放送で伝えろ。後、FSBロシア連邦保安庁GRUロシア軍参謀本部情報総局で印象操作だ」

「は」

 今の所、国民に土産らしい土産が用意出来ていないが、これは、大きな土産だろう。

 新冷戦やドーピング問題等で国際的にロシアのイメージが下がる中、このような平和政策は、民主主義を重んじる西側諸国好みだ。

 ロシア国民に対しても大統領が「訪問先で暴動に遭ったが、対話で鎮圧させた」というイメージも付く。

 又、外交でも有利に働く。

 首脳会談が難航していたが、を作ったのだ。

 領土は、困難だが、何かしら譲歩はするだろう。

「大統領、御時間です」

「うむ」

 襟を正し、官邸に入る準備を始めた。


 白人帝国党は5人の内、1人が死亡し、2人がドイツ系、ロシア系住民それぞれに引き渡され、私刑に遭った。

 ルドルフは、ロシアに渡され、残る1人は、トランシルバニア王国に譲渡される。

 これで万事解決だ。

 トランシルバニア王国国営放送は、報じる。 

『テロ組織・「白人帝国党」の容疑者は、最高裁判所に出廷しました。

 容疑者は心神耗弱状態であり、不起訴の可能性もありましたが、国選弁護人も起訴を主張し、裁判が始まることになりました』

 日本では、

 ———

『・心神喪失者の行為は、罰しない。

 ・心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する』(*2)

 ———

 との刑法により、不起訴される場合があるが、この国ではそれは無い。

 法の下の平等が強く意識され、犯罪者に精神疾患があろうが、罪人は罪人と罰せられる。

 この歴史は、冷戦期が原因だ。

 共産政権がトランシルバニアを支配していた際、共産貴族の間では、『ベリヤのフラワーゲーム』なるが流行っていた。

 これは、スターリンの忠実な側近の1人、ラヴレンチー・ベリヤ(1899~1953)の女性に対する凄惨な暴行に由来している。

 これが明らかになったのは、ベリヤが政争に敗れ、逮捕された後の裁判である。

 ———

『ベリヤは大変な漁色家であり、誘惑を断ったが最後はその女性とその家族に身の破滅が待っていると恐れられた。

 暇があれば部下と共にモスクワ内にいる好みな女性を捕えて暴行をし、自分の命令に従わない者は殺害をしていた。

 流石に苦情が出たものの、せざるを得なかった。

 ある夜、ベリヤは通行人である未成年の女性をいつものように車に乗せ、本部に連行後、解放した。

 女性は帰宅しても何があったか両親に話そうとせず、結局、その事件を苦にしてしまった。

 遺体を解剖した医師によれば、彼女の体にははっきりと暴行された形跡が見られたという。

 彼女の父親はベリヤの護衛を務めた警備隊長で、後にベリヤが政争に敗れて処刑される際には処刑の執行人となりたいと嘆願したが、政府から、

「私刑は認められない」

 という理由で要望は聞き入れられなかった。

 又、アメリカの外交官と交際していた女性にベリヤが迫った所、酷く嫌がられ関係を拒否された為、彼は、

「収容所の埃となれ!」

 と言い放ち、

「アメリカのスパイ」

 という罪状で彼女を強制収容所送りにしてしまった。

 ベリヤに対するこれら非難は近年まではソ連内外の政敵による宣伝として片付けられていたが、ベリヤが女性を暴行し、政治的な犠牲者を私的に拷問し、殺害していたという疑惑は歴史的な証拠を得つつある。

 ベリヤの暴行、サディズムの最初の嫌疑は、1953年7月10日のベリヤ逮捕の2週間後に党中央委員会本会議においてニコライ・シャターリン党中央委員書記によって告発された。

 シャターリンはベリヤが多くの女性と関係を持ち、娼婦との関係の結果、梅毒にかかったと述べ、ベリヤと交渉をもった25人の女性の名簿について言及した。

 やがてこの非難はより劇的な展開を迎える。

 フルシチョフは彼の死後に出版された回想録において、

「我々は100人以上の女性の名前を記した名簿を見せられた。

 彼女達はベリヤの部下によって、ベリヤの元へ連れて行かれたのだ。

 彼はいつも同じ手口を使った。

 女性が彼の家に到着すると、ベリヤは彼女を夕食に招待する。

 そしてスターリンの健康を祈って乾杯しようと持ち掛ける。

 その乾杯のワインには睡眠薬が混入されていたのだ」

 と述べている。

 1980年代にはベリヤが10代の女性達を暴行したという噂まで出始めた。

 ベリヤの伝記を著したアントン・アントノフ=オフセーエンコは、あるインタビューにおいて、ベリヤが複数の若い女性達の中から1人を暴行する為に選び出す際、彼女達に強いたといわれる明らかに倒錯した行為について語っている。

 この時に行ったとされる行為は、『ベリヤのフラワーゲーム』と名づけられている。

 それは、部下に5人乃至ないし7人ほどの少女を連れてこさせ、靴だけ履かせたまま彼女たちに服を脱がせた上で、頭を中心に向けた四つん這いの姿勢で円陣を作らせるというものだった。

 ベリヤは歩き回りながら彼女達を品定めして、その内1人の足を掴んで引っ張り出して連れ去り、暴行したという。

 2003年12月、ロンドンの日刊紙デイリー・テレグラフは、

「(トルコ大使館で)キッチンのタイルが改装された際、大きな大腿骨と小さな足の骨が発見されたのは、ほんの2年前のことだった。

 この大使館で17年働いているインド人のアニルは、地下室で彼が発見した人間の骨が入ったプラスチックのバッグを見せてくれた」

 と報じた。

 政治的に動機付けされた非難として、暴行とベリヤに対する暴行告訴については、妻のニーナ、息子のセルゴといった近親者と、元ソ煉情報部長官パヴェル・スドプラトフによる議論がある。

 歴史学者のサイモン・セバーグ・モンテフィオーリによると、ベリヤは個人的知り合いであるアブハジアの指導者ネストル・ラコバが1936年末に粛清された後、その家族を拷問にかけた。

 彼の未亡人サリヤは独房で毎日拷問にかけられ、衰弱死。

 息子ラウフは死ぬほど叩かれ、その後、強制収容所送りになったという。

 後に生還している。

 モンテフィオーリは、ベリヤについて、

「強迫観念的な堕落行為をほしいままにする自身の力を利用した性犯罪者」

 と暴露している。

 ベリヤは小さな子供を拷問・暴行する為に、自分の事務室に隣接した特別室を独占したという』(*3)

 ———

 これがからトランシルバニアに伝わり、このような暴行事件が横行。

 後に1989年の革命の際、共産貴族の虐殺事件の引き金になる理由の一つになった。

「オリビア、あれって―――」

「内乱罪でしょうね。今回の事件に限っては、余りにも内容が悪質の為、我が国の人権派も死刑を支持していますわ」

 ここから死刑を回避するのは、相当な弁護士でも難しいだろう。

 フランスやロシア等の死刑廃止国は、終身刑で済ませるだろうが、生憎、ここは、死刑執行がある度にEUから抗議や非難声明が来るだ。

 ベッドの上でオリビアが、抱き締める。

「一度ならず、二度。今回で3回目ですわ。勇者様が救国の英雄になるのは」

「国は救った気は無いよ。観光を続けたかっただけだ」

「そうですが」

 オリビアは、俺の頬にキスし、口紅のマークを作る。

 同じくベッドに居るシャロンが尋ねた。

「どうしてパパは今回、優しかったの?」

「優しかった?」

「うん。1人しか殺していないじゃん」

 同衾どうきんしているスヴェン、シャルロット、エレーナ、ライカも頷く。

「観光中の殺人は、気分的に良くないだろ?」

「そう?」

「あと、この2人だよ」

 俺は、視線を落とす。

 胸板には皐月、司が熟睡していた。

「2人が頑張って治療しているからね。国防とはいえ、殺人は気が引けるよ」

 そして、2人の頭を撫でた。

 落ちた化粧も気にせずに俺を枕にして、寝ているのだから、相当、御疲れなのだろう。

 旅行先で治療に当たるのは、時間外労働を請求しても良い筈だ。

 それをしないのも頭が下がる。

 流石、篤志家だ。

 2人のそんな崇高な精神に俺は敬意を表し、起きないように、そっとその額にキスをしていく。

 すると、

「「……♡」」

 にへら、と2人の頬が緩んだ。

 何処までも似た者母娘である。

 俺は、微笑んで、その頭を優しく撫で続けるのであった。


 カタカタ……

 真夜中、煉が寝た部屋で、ウルスラはキーボードを打ち鳴らしていた。

 ———

『【北大路煉観察日記】

 少佐は、脳味噌筋肉の肉体派のイメージでしたが、頭の切れる人物でもあるようです。

 これまでは、イスラエルに少佐の独占を許していましたが、今後は、も負けてはいないでしょう。

 引き続き、調査及び監視を継続する予定です。

 ボスポラス海峡の光より』

 ———

 最後のは、彼女の暗号名コードネームだ。

 この報告書をアンカラにある、MITトルコ国家情報機構に送信するのであった。


[参考文献・出典]

 *1:BBC 2020年12月7日

    米外交官らがキューバで体調不良、マイクロ波攻撃の可能性=米報告書

 *2:刑法第39条 Wikibooks

 *3:ウィキペディア 一部改定

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