第138話 Hadji Murad
大江山から逃走したムラートは、密かに下山し、本能寺近くまで来ていた。
闇夜に乗じて、侵入する。
「……」
本能寺は、表向きは寺の為、警備が殆ど無い。
ヤクザでも流石に寺院を襲うほどの卑劣さは無い。
特に葬式会場にもなるここは、ヤクザが拘る義理場にもなる。
もし、ここで事件を起こせば、世間から猛非難が来ることは必至。
これが破られた例は、平成13(2001)年8月18日の事件くらいだ。
東京都葛飾区の斎場で営まれていた暴力団の葬儀に対立していた暴力団の
被害者側に2人の死者が出て、殺し屋達は、逮捕されたが、当然、御法度中の御法度である義理場襲撃事件に被害者側は激怒。
ただ、ムラートのようなテロ組織には、義理場でも無関係だ。
世界最悪の治安を誇る国の一つ、アフガニスタンでは、葬儀場でも病院でも所構わずテロが起きている。
―――
『【デモ死者の葬儀で自爆テロ、7人死亡 アフガン首都】』(*2)
『【アフガニスタン首都の結婚式で自爆テロ 20人搬送、死者も】 』(*3)
―――
このように同じ暴力を行使する者でも、ヤクザは、義理場を大事にする一方、テロ組織には、倫理観が無い。
一般人に迷惑をかける者同士、両方共、同じ穴の狢ではあるのだが、まだ人間味があるヤクザの方が話が分かるかもしれない。
然し、ムラートは、テロリストだ。
当初、無関係な日本人への殺傷を好んでいなかったが、もうその策は撤回し、寺ごと焼くことを検討していた。
共に戦う戦友は、5人。
大江山の生存者だ。
福岡の暴力団から買った機関銃や自動小銃、手榴弾が、主な武器だ。
福岡県警の締め付けにより、以前ほど活動が出来なくなったその暴力団は、密かに武器を売り
深夜、本能寺を取り囲む。
そして、RPG-28を撃ち込む。
900mmもある均質圧延鋼装甲板を貫通するほどの威力があるそれは、コンクリートの壁を簡単に撃ち抜く。
「何だ!」
僧侶に扮した組員が、出て来るも、AK-47で射殺される。
令和版本能寺の変だ。
夜襲で混乱する組員達だが、俺は冷静沈着だった。
「たっ君何の騒ぎ?」
「ボヤだよ」
司達を避難させた後、俺は、ベレッタを手に取る。
夜だけあって、寝惚けていたこともあり、司達が素直に応じたのは、不幸中の幸いだ。
「パパ、あの音って……」
「RPGだな」
「師匠、敵兵は5人のようです」
日本語とチェチェン語を聴き分けて、スヴェンが断定した。
「日本人は居ない?」
「はい。ナタリーの調査では、日本革命軍は、壊滅状態とされています」
ナタリー、シーラは、戦闘員ではない為、司達同様、避難済みだ。
「少佐」
眼鏡をかけたエレーナが、言う。
「今回は、私1人で応戦したいんですが?」
「自信家だな?」
「はい。少佐より頂いた恩を返したいので」
報告書を購入出来たのは、自分で言うのも何だが、俺の経済的支援があってこそだ。
「1人では出来んな。用心棒として雇われている訳だし」
「では、
「そういうことだ。スヴェン、シャロンと」
「は」
「え~。パパとが良い」
「シャロン、適材適所だよ」
「分かったよ」
俺達は、二手に分かれた。
銃撃戦の音が激しくなる。
1秒間に数十発が飛び交う。
まるでヨハネスブルクだ。
世界トップクラスに治安が良い筈の日本が、世界ワーストクラスに悪い南アフリカのようになってしまったのは、やはり、日本がそれほど、国全体としてのテロへの警戒が薄い為だろう。
有事の際は、米軍が守ってくれる。
そんな楽観視した考えが、戦後、残念ながら
最近ではアメリカは日本に対し、軍事的に国際協力をするよう、圧力をかけることが多くなっている。
朝鮮戦争では、当時、主権が無かった日本は、アメリカの要請を拒否することが出来ず、機雷の掃海の為に派兵を余儀なくされ、任務中に死者が出ている。
ベトナム戦争でも在日米軍基地が、ベトナム戦争の拠点になり、反米運動が盛んになる等、どれだけ、日本が平和憲法を謳おうが、戦争からは避けては通れないのだ。
結局、湾岸戦争はお金で派兵を免れたものの、その後、イラク戦争では自衛隊が派遣される等、平成になって以降も、日本は戦争に間接的に関与せざるを得ない状況が続いている。
その為、アルカイダやISからは、明確に日本が標的の一つに挙げられ、実際に日本人が狙われ、殺傷される事件も起きている。
若し、今回のように俺達やトランシルバニア王国の協力が無ければ、9・11並に多くの死傷者が出ていたかもしれない。
それほど、日本は外国からのテロに脆弱な国なのだ。
俺とエレーナは、本能寺の屋根に上った。
「RPGの射手を最優先に殺せ」
「は」
エレーナが、ドラグノフ狙撃銃を用意する。
眼鏡も無しに感覚だけを頼りに撃っていた狙撃手は、眼鏡を得たことで視力を取り戻した。
これからは、八面六臂の活躍を見せてくれるだろう。
俺の期待に見事、応え、エレーナは、観測手もつけずに、射手に照準を合わせる。
そして、引き金を引いた。
7・62x54mmR弾が発射され、そのまま射手の頭部を撃ち抜く。
「!」
ダラスで非業の死を遂げた大統領のように脳味噌の一部を四散させ、射手は、斃れた。
双眼鏡で一部始終を見ていた俺は思わず、叫ぶ。
「ナイスだ!」
《
否、実際に見た事はないが、リュドミラ・パヴリチェンコかローザ・シャーニナ
の方が、
・同性
・ロシア人(エレーナは、正確にはロシア系日本人だが)
という点では、近いかもしれない。
残り4人。
京都府警が到着するまでに片付けておきたい所だ。
「あそこだ! 糞!」
狙撃に気付いたムラートが叫び撃ち返してくる。
仲間の復讐だけあって、AK-47の連射だ。
「一旦、退却だ」
「は」
俺達は、瓦を滑り台のように滑り落ちていく。
そして、市立高校の砂場に着地。
駆け付けて来たテロリストを俺が射殺し、ムラートを探す。
ムラートは、
FSBからも執拗に狙われている。
ここで討っておけば、モスクワに恩を売る事が出来るだろう。
『師匠、こちら2人の死亡を確認しました。
「了解。残り首領1人だな。
鬼気迫る表情でムラートが、走って来た。
余りにも分厚い防寒着を着て。
「……自爆ベストですね」
「それごと、撃て」
「は」
テロリストは、神風特攻隊の影響で自爆が好きだ。
尤も、神風特攻隊は、非戦闘員を巻き込まないように努めていたのに対し、自爆テロは、非戦闘員もろとも、殺傷する卑劣な犯罪だ。
多くの日本人は、その辺のことをよく理解しているのだが、欧米では、同一視され、9・11の時も、報道によっては、神風特攻隊が引き合いに出された。
両者は似て非なることである。
それをイスラム過激派は、悪用し、神風特攻隊を貶めている、と言える。
「……」
想いを込めて、エレーナは、照準を定めて撃つ。
真っすぐに飛んだ7・62x54mmR弾は、爆弾に被弾し、ムラートは吹っ飛ぶ。
テロリストらしい、末路だ。
血肉が雨のように降り注ぐ。
「終わったな」
「はい……」
エレーナが頷いた後に、パトカーのサイレンが聴こえてくるのであった。
[参考文献・出典]
*1:エキサイトニュース ヤクザのおくりびと①住吉会VS稲川会“流血抗争”の発
端「四ツ木斎場事件」『週刊実話WEB』
2021年5月5日
*2:CNN.co.jp デモ死者の葬儀で自爆テロ、7人死亡 アフガン首都
2017年6月4日 一部改定
*3:CNN.co.jp アフガニスタン首都の結婚式で自爆テロ 20人搬送、死者も
2019年8月18日 一部改定
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