騒動を呼ぶ共同戦線

──────



 ルーリィが目を覚ますと、そこには見慣れた天井があった。身体を包む布団は慣れ親しんだ感触と匂いで目覚めを阻む。ルーリィは、その心地よさに引き摺られ、再び眠りに落ちそうになるが、ハッとして飛び起きた。


(ここは……わらわの部屋か……。たしか、『血族』に誘拐されて……助けてくれた男を召し抱えようとしたが、断られたんじゃったか……)


 ルーリィは眠ってしまう直前のことを思い出し、俯いたが、すぐに顔を上げる。


(一度断られたから何じゃ! 妾には、彼奴あやつを雇うしか道はないのじゃ! ……しかし、彼奴がどこの人間なのかサッパリじゃ……)


 溜息を吐き、再度俯くと部屋の扉を叩く音がした。


「気分はどうだ?」


 入って来たのは、第一王女のファティスだった。いつも装着している鎧や軍服ではなく、ドレス姿であり、ルーリィは少し驚いた。


「ファティス姉様……」


 ファティスは部屋に入るとルーリィが座っているベッドの横に立つ。


「すまないな。自室は不可侵とする取り決めを破ってでも、お前に急いで伝える必要があると思ってな」


 ファティスの謝罪にルーリィは慌てて首を振る。


「やめてください。私は、ファティス姉様にその取り決めを守っていただきたいとは思っていません」


 自室の不可侵。王族は互いに蹴落とし合うことを是としているこの国において、この代の兄妹は安寧を得るために互いの自室に赴かないという決まりを作っていたのだ。


「そう言ってもらえるのは、ありがたいな」


 ファティスは微笑んだが、すぐに真顔に戻る。


「伝えたい事というのはな……お前を助けた男のことだ」


「あの者がどうかしたのですか?」


「ああ、再び投獄されてしまった」


 ファティスの言葉にルーリィは顔をしかめる。


「そんな……仮にも、王族を救出し、『血族』の支部を壊滅させたんですよ!?」


「ああ、私もその点から擁護したのだが、聞き入れられなかった」


 ルーリィは親指の爪を噛んだ。


(あの男は、命の恩人だ。召し抱えるとかいう以前に、その恩は返さなければならない……)


「何とかして助けねば……」


「そうだな……恩人をこのままにしていては、王族の名折れだ。私も協力する。何かあれば言ってくれ」


 ルーリィは、ファティスに頭を下げる。


「ありがとうございます。姉様。……早速なのですが、折り入ってお願いが……」



──────


 この牢獄という所は、恐ろしく退屈だ。何もやることがない。板の上で寝転がっているくらいしかやることがないが、コーネの家で使わせてもらったふかふかのベッドを知ってしまった今となっては、それもただのストレスの種だ。

 何故か、脱獄前のような取り調べが行われないので、余計に暇なのである。牢獄に戻った当初は、憎悪むき出しの衛兵達がつっかけて来ていたが、効果がないとわかったのか来なくなってしまった。

 牢獄に素直に入らないで、逃げた方が良かっただろうか? いや、ファティスとかいう奴に迷惑がかかる可能性がある以上、得策ではないな。ルーリィを助けたという手柄もあるのだから、すぐに出れるだろう。

 そう楽観的に考えてゴロゴロしていると、いつのまにか眠ってしまっていたようだ。自分を呼ぶ声に目を覚ます。


「おい! 起きんか! おい! 起きろ!」


 眠い目をこすり、牢の外を見ると、そこにはルーリィが立っていた。


「……なんだ、結局は『血族』に洗脳されていると認定されて、捕まったのか?」


「違うわ! ……お主に話があって来たのじゃ」


 ルーリィの真剣な眼差しに嫌な予感を感じる。


「俺を雇うって話以外なら聞く」


「それならちょうど良い。妾が伝えに来たのは、悪いニュースじゃ」


 こいつ。自分に雇われることは良いニュースだとでも思っているのか?


「何だよ、悪いニュースって」


 俺は、思ったことを口にしないで、話を促す。


「妾を救出するというお主の功績は、なかったことにされてしまった」


 本当に悪いニュースだった。


「マジかよ……」


「マジじゃ」


 俺はルーリィを恨めしそうに見る。


「お前の救出が功績にならないって……本当に人望ないんだな」


「何を言うか! あるわ! 山ほどあるわ! これは陰謀なんじゃ!」


 俺の言葉にルーリィが顔を真っ赤にして否定する。


「はあ、それだけを伝えに来たのか? なら、こんな所に長居しないで早よ帰れよ」


 俺はそう言うとゴロンと寝転んだ。


「馬鹿を言うな。こんな事を伝えるためだけに来るわけなかろう? 妾は、助けてくれた恩人を見捨てるような人間ではないからのう」


「人望のない姫様が見捨てないって言ってもなあ。ここから俺を出せるわけでもあるまいに」


 俺は横になったまま文句を言う。


「フッフッフッフ。お主は、妾を甘く見過ぎじゃ。あるんじゃよ。お前をここから出す方法が……お前を救う方法がな」


「何? 本当か? それは……」


 俺は思わず起き上がる。


「クックックック。興味津々なようじゃのう」


勿体振もったいぶらずに教えてくれ。どうすれば出られる?」


 俺の言葉にルーリィはニヤリと口元を歪める。


「なあに、簡単な事じゃ。妾への忠誠を誓い、仕えれば良い」


 こいつ、このに及んで足元を見てきやがった!


「足元見やがって……」


 俺は呆れて呟く。


「足元?」


 ルーリィが首をかしげる。そして、ハッとして顔をあげる。


「違う違う! 違うわタワケ! 助けるための交換条件で妾に仕えろと言っているわけではないぞ」


「じゃあ、何でだよ……」


 俺の不信感は払拭されない。


「お主がここから出る一番手っ取り早い方法は、妾に仕えることなんじゃ。妾の私兵になれば、妾がお主の身元引き受け人となり、ここから出すことができるのじゃ。まあ、様々な制限はつくことになるがのう」


「そんな制限ついた奴なんか雇ってどうするんだよ」


「制限がつこうが、外に出れればこっちのものじゃろ? 外に出れれば、お主の身の潔白を証明するために動けるじゃろ?」


 俺は溜息を吐く。


「潔白ねえ。殺人の方はそうだが、資格外はどうにもならんぞ?」


「資格外なんぞ、本来は罰金刑じゃ。お主の場合は、『血族』の嫌疑やら余罪がありそうだから捕まったのだろうな」


 その言葉に唖然とする。だが、よく考えてみればそうなのかもしれない。取り調べは、すべて『資格外活動』以外のことだった。

 潔白さえ証明できれば、自由の身か……。しかし……。


「問題は、どうやって『その潔白を証明するか』ってことだ」


 俺の心が雇われる側に傾いてきていることを察したのか、ルーリィがニヤリと笑う。


「確かに、問題はそこじゃ。一番単純なのは、『血族』を壊滅することじゃな。お主と『血族』に関係がないことを一番わかりやすい形で表すことができる」


「その方法は……」


「うむ。問題だらけじゃ。時間は無駄にかかるし、何よりも支部を壊滅しての今じゃからのう。確実性に欠けるのも確かじゃ」


「じゃあ、言うな……」


 俺は力なく抗議した。


「フッフッフッフ。まあそう焦るな。物事には順序があるのじゃ。こちらが本命じゃ」


「さっさと言え」


「目撃者を探す」


「……は?」


 拍子抜け……とういうのは、今みたいなことをいうんだろうな……。


「いるんなら、最初からこんな事にはなってないだろうが……」


 俺の言葉にルーリィが邪悪な笑みを浮かべる。


「愚か者。何を正攻法でいこうとしておるのじゃ? 相手が功績を潰したりと正攻法ではきていないのじゃ。こちらも正攻法など捨てていくべきじゃ」


 その笑みと言葉に、この少女が権力の中で戦って生き抜いていると言うことを実感した。


「つまり……証人をでっち上げるのか?」


「方法は、これから考えるわい。どうする? 妾と共に手を汚してでも自由を手に入れ、己をめた奴を探さぬか? それとも、このまま、ここで、そいつの思惑のままに野垂れ死ぬか?」


 こいつは……嫌な聞き方をしてくる……。


「俺を嵌めた奴……か」


「いるのは明白じゃろ? わざわざ、お主の功績を潰した奴がいるのじゃからな」


 ルーリィの言うことには一理ある。


「復讐をするとかではないが、純粋にそいつがどんな奴かは気になるな」


 俺の言葉を聞き、ルーリィが黙って鉄格子の間から手を差し込んでくる。俺は、俯いて溜息を吐くと顔を上げ、ルーリィの手を握った。


「決まりじゃな。妾の名は『ルーリィ=グリンガム』じゃ。一時的とは言え、妾の私兵としてなるのじゃ、よろしく頼むぞ」


 俺はルーリィから手を離すと床に手をつき、頭を垂れる。


「私の名は『クロウ=プラグブロック』と申します。一時的ではありますが、粉骨砕身、この身に代えてお守りします」


 俺が仰々しく誓うとルーリィが笑いを堪えて肩を震わせ始める。


「なんじゃそれは? なってないにもほどがあるぞ?」


「うるさいよ。田舎者なんだからしょうがないだろ?」


「ふっ。何はともあれ、最強タッグの誕生じゃな!」


 自分で言うか……。と呆れる俺を無視して、ルーリィは俺の牢を開けさせるために衛兵を呼びに行った。

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