花と樹

１ 私は私。あなたはあなた。

　花と樹

　登場人物

　花（はな）　眠っている女　十六歳

　樹（いつき）　目を覚ました少女　十六歳

　プロローグ

　……本当に、どうもありがとう。

　……私と友達になってくれて。

　……私とこうして出会ってくれて。

　純粋だったころの、あのころのなにも知らない（今もすごくたくさんのことを知っているわけじゃないけど）自分のことを、本当に強く、……深く、懐かしく思う。

　本編

　私は私。あなたはあなた。

　花は初めて樹と出会った日のことを思い出してみる。

　その記憶は、樹との初めての思い出は、今になっても色褪せることなく、本当に鮮明な色とはっきりとした音を伴って思い出すことができた。（そのことが、すごく嬉しかった）

　二人が初めて出会ったのは、小学校の五年生のころで、花と樹は二人とも十一歳になったばかりだった。

　二人の誕生日は同じ日で、二人とも四月一日生まれだった。

　樹は光の中にいた。（それはそれからずっと、今の今までそうだった）

　小学校の窓の開いた廊下から差し込んでいる春の太陽の眩しい光の中に樹は立っていた。そこからじっと、なにもない空中をとても真剣な眼差しで見つめていて（もしかしたら樹にはそこになにかが見えていたのかもしれないけど、花にはなにも見えなかった）それから少しして、ふとそんな樹のことを廊下の隅っこからそっと盗み見ていた花の存在に気がついて、花を見た。

　二人の視線が重なると、樹はにっこりと優しい笑顔で花に笑いかけてくれた。

　その樹の笑顔を見て、花は一瞬で樹のことが大好きになった。

「ねえ、そんなところでなにしてるの？」

　樹は花のすぐ目の前までやってきて、そんなすごく難しい質問を花にしてきた。

「私にも、よくわからないんです。ただ、あなたの姿に見とれてしまって……、あっ」

　と（思わず自分の正直な気持ちを素直にそのままの言葉で）最後に自分の手のひらで自分の口元を思わず隠して花は言った。（そんなことが自然と言葉にできて、自分でもすごくびっくりした）

「私に？」と自分の整った鼻先を長くて白い指で指差して樹は言う。

「はい。あなたに……」と顔を赤くしながら花は言った。

　すると樹は「どうもありがとう」とにっこりと笑って花に言った。（その樹の光の中にある眩しい笑顔を思い出して、十六歳になった花はなんだかすごく泣きそうになった）

　それから二人は友達になった。

　ねえ、私たち、友達になろうよ、と最初に言ってくれたのは、やっぱり樹のほうだった。