第261話 神降ろし
ぎゅんと空中へと舞い上がるアスカ。
まるで羽でも生えたかのように。
驚いて見上げるディープワンズに左手をかざせば、魔力弾のようなものが撃ち出される。
攻撃範囲外から一方的に打ちのめされ、ばたばたとディープワンズが倒れていく。
「まだまだ!」
空中にあるアスカはさらに加速しながら急降下して、右手に持った七宝聖剣で次々に半魚人を切り捨てた。
無茶苦茶である。
物語に登場する超人みたいだった。
「うちはアスカっちから、あんなふうに見えてるんだねぃ~」
いつの間にか俺の隣に立っていたサリエリが、のへのへと笑う。
「サリエリ。お前は大丈夫か?」
「ちょと~ 手ぇ出して~ ネルネルぅ」
剣を持っていない左手を差し出す。
すると、サリエリが手のひらでなにやら指先をすべらせた。
文字のつづりだ。
イフリートカノン残弾ゼロ、と。
なんてこった。さっきのが最後の一発かよ。
その上で、にぎにぎと手を握り合う。
「うおっほんス!」
すげーわざとらしい咳払いをするメグ。
よし。身内からいちゃこらしているようにしか見えないなら、深刻な情報がやりとりされていたとは敵は気づかないだろう。
「叱られたのでぇ~ うちは前線にいくのぉ~ いじめだぁ~」
てきとうなことを言ってからサリエリが駆けだした。
アスカの背中を守るため。
ここからさき、俺の指示は必要ない。
サリエリが最善と考える動きをしてくれれば、それが最適解になるようにこちらで調整する。
「母さん。もう大丈夫です」
すっとミリアリアが俺の横に立つ。さっきまでサリエリのいたポジションね。
すっかり震えも止まって気持ち的にも立ち直ってるようで重畳だけど、なんでちょっと怒ってるの? あなた。
「あのあたりにかたまってる三匹を倒します。八つ裂きリング!」
氷狼の杖をかざすと高速回転する氷の刃が飛び出し、宣言通りディープワンズを千々に切り裂いた。
「ん」
そしておもむろに右手を差し出す。
なにさ?
「ん!」
ぐっと。
握れってこと?
よくわからないまま、首をかしげつつミリアリアの手を握る。
にこっと笑顔が返ってきた。
意味がわからん!
「まあ、ネルダンさんには一生わからんスよ」
ひどい。
俺が鈍感みたいにいうの、やめてもらえませんかね。メグさんや。とんでもない風評被害だよ。
苦情を申し立てている余裕もないんだけどね。
「秘剣! 皓月千里!」
「
前線で戦う二人を援護するのに忙しいから。
もちろんメグも忙しい。メイシャとユウギリの介抱をしているからね。俺をからかっている暇はないんだよ?
「我慢しないで全部吐いちゃった方が楽スよ」
右手でメイシャの背中を、左手でユウギリのそれをさすりながら声をかける。
いまユウギリがまとっているのはメグの予備の服で、吐瀉物まみれになってるんだけど嫌な顔ひとつしない。
「わ……たくしの荷物……ぅぅぅぅぇ……」
吐きながら、メイシャがなにか言おうとしている。
「荷物がどうしたスか? おやつスか?」
「ポケット……に……ぇぅぅぅぅ……」
ひとつ頷き、メグがごそごそとメイシャのザックを漁った。
やがて取り出したのは小さな袋に入ったなにか。
中にはクッキーみたいなものが入っている。
この状況でおやつなの?
まじで?
「
メイシャに食べさせようとしたメグの手を押し返して、切れ切れに告げた。
自分で食べないのは、なにか理由があるのだろう。
聖餐ってのはたしか聖別された食べ物で、普通の食料品とは違うはずだ。
「ユウギリ。食べるス」
「ぅぐぅ……」
なんとか口に含み、水筒の水で流し込む。
口からこぼれた水が首筋へと滴っていく。
やがて、蒼白だったユウギリの顔に血の気が戻ってきた。
息づかいも落ち着いてくる。
さすがメイシャ、自分のことより人のことを優先させるんだよな。
でもこれじゃお前、しんどいままじゃないか。
「メイシャさん。もうちょっとの辛抱ですからね」
震える膝を叱りつけ、しっかりと地面を踏みしめて立つ。
切られる聖印。
「ひふみよいむなやここのたり、布瑠部由良由良止布瑠部」
魔力のない俺にすらユウギリのチカラが膨れあがったのが判る。
爆発的に。
たぶん増幅系の呪文なのかな。
「御魂、降りくださりませ」
次の瞬間、ユウギリの身体が輝く。
至高神の力を宿したときのメイシャよりも、なお眩く。
姿形は変わっていないのに、まるで太陽を背負っているかのような印象だ。
「ダゴンごときを相手にするのに我の力は過大であろうが、先日弟が迷惑をかけたでな」
声はユウギリよりややハスキーな感じかな。
でも、弟が迷惑?
なんだそりゃ。
「クトゥルフばらの邪気で地を満たしたか。笑わせおる」
とんと一歩踏み出す。
しゃらんと鈴が鳴るような、優雅な一歩だ。
たったそれだけで空気が変わった。
陰鬱なインスマスの大気が、まるで初夏の草原のように爽やかに、かぐわしく。
「アマテラス……っ! てめえっ!!」
歯ぎしりするようなダゴンの声だが、仕掛けてはこない。
あきらかに警戒しているな。
ユウギリが降ろしているアマテラスという神族は、ダゴンより格上ということなのかもしれない。
「人の仔らよ。我が力を振るえば、この娘の身体が砕けてしまうやもしれん。だがダゴンごときは滅ぼせよう。それで良いな?」
「まったく良くないです」
「ほう?」
間髪いれず応えた俺に対し、アマテラスは面白そうに小首をかしげた。
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