第230話 接敵


「いたス!」

「見えてる! 戦闘態勢!」


 メグの報告とほぼ同時に、俺はいつのもフォーメーションを指示する。


 十八階層。

 単独先行した俺たち『希望』は、ついに敵の尻尾を捉えた。


 接近に気づき、向こうも戦闘態勢に移行しつつある。

 切り替えが早い。


 バックアタックで先制してやろうと思ってたのに、そうは問屋が卸さないようだ。


 体格の良いっていうか、頑丈そうな甲羅のモンスターが五匹、回廊を塞ぐように立ち塞がる。

 でかい盾を構えて、隣の僚友を守るというスタイルだ。


 突進したアスカは斬り込む隙を見つけることができずに、大きく後ろに跳んで距離を取る。

 重戦士っぽいモンスターがまずは防御を固め、その背後で軽戦士っぽいのがフォーメーションを組みつつある。


 まじか……。

 なんだその練度……。


「ネルネルぅ。あれってぇ、密集円陣ファランクスっぽくなーぃ?」


 すっと俺の左側にポジショニングしたサリエリが首をかしげた。


 俺にもそう見える。

 俺がルターニャにいるときに考案した防御陣形で、そりゃもう固く守れる戦法なんだけど、まだそんなに世の中に広まっていないと思うんだけどな。


「アスカ! いったんさがれ! ミリアリア! 攻撃開始だ!」


 矢継ぎ早に指示を飛ばす。


 こちらのフォーメーションは、前衛が右からアスカ、俺、サリエリで、俺がやや下がった位置。

 後衛は同じく右からユウギリ、メイシャ、ミリアリアで、メイシャがやや上がったポジションだ。

 メグは遊撃として、すでに隠形している。


「了解してます! マジックミサイル! 多目標誘導マルチロック!」


 いうが早いか、ミリアリアの周囲に光点が浮かび、それが同時に発射された。


 すでに詠唱を終えていたか。

 さすが。


 敵の重戦士っぽいのが前に出た時点で魔法戦への移行を考えていたってことだな。

 盤面がよく見えている。


 元々、ミリアリアという娘は本番に弱くて、突発的な事態に対応するのが苦手だった。

 けどそれは裏を返せば、ちゃんと準備をして、何が起きるか判っている局面なら最高のパフォーマンスを発揮できるってことなんだ。


 だから俺は、よく彼女と盤上遊戯を楽しむようにした。

 ああなったらこう、こうなったらああ、と、頭の中でどんどん状況を構築する癖をつけるために。


 先が読めていれば、突発的な事態なんてものはどんどん減っていくからね。けっしてゼロにはできないけどさ。


 着弾、轟音。


 そして爆煙が晴れれば、敵の前衛部隊は無傷だった。

 同時に魔法防御も展開させていたか。

 なんて勝負勘だよ。


「うそ!?」


 愕然と言ってから、慌てたようにミリアリアが左手で口を押さえた。


 どんなに予想外のことが起きたとしても、チームの頭脳である魔法使いは動揺してはいけない。

 全員がカッカしているときでも、氷みたいに冷静に、クレバーでいなくてはならない。


 いま彼女がすべきは動揺することでも、選択を悔いることでもないのだ。


「動じるなミリアリア! 魔法防御!」


 同時だった。

 俺の叱咤と、敵陣から何発もの攻撃魔法が飛び出すのは。

 やばい!


「聖なる守りよ!」


 咄嗟にメイシャが神聖魔法の防御壁で押しとどめようとするけど、これは物理攻撃や呪いを軽減するだけで、魔法攻撃の無効化まではほとんどできない。

 一割程度の数を減らしただけだ。


 くそ、間に合わないか。


「剣に宿れ『叡智』の光! 其は朋友ミリアリアの力なり!」


 アスカが叫びとともに七宝聖剣をかざした。

 剣から光が溢れ、肉薄する敵の攻撃魔法を撃墜していく。


 上手い!

 七宝聖剣の力を使ったか!


「全部はさばききれないよ! リリ!」

「申し訳ありませんでした! もう大丈夫。絶対魔法防御アンチマジックシェル!!」


 白くやわらかな光が、ドームのように俺たちを包む。

 同時にアスカが打ち漏らした魔力弾が次々と着弾した。

 ぎりぎり間に合った!


「すぐ反撃だ。アスカ! サリエリ!」

「まかして!」

「りょ~」


「ユウギリ! 矢で敵の注意をそらしてくれ!」

「委細承知です」


 駆けだした前衛二人を追い抜くように矢が飛ぶ。

 何本も、不規則な軌道を描きながら。


 得意の曲射である。

 ガイリアにも弓の名手は多いけど、こんな器用な真似をするのはユウギリくらいだ。


 敵の重戦士たちは、盾を掲げてしっかり矢を防ぐ。


 堅実だ。

 だけど、本命はそっちじゃない。


 まるでダンスのステップのように緩急をつけてアスカとサリエリが敵の間合い入る。

 矢に注意を向けた、その一瞬で。


「せい!」

「とりゃぁー」


 袈裟懸けの一撃と掬い上げの一撃。

 普通の敵なら、これで二人倒せただろう。ほぼ間違いなく。


 アスカとサリエリの斬撃に耐える戦士なんて、そうそう滅多にいるもんじゃない。


 しかしモンスターは防いだ。

 たぶん装甲の一番固い部分で上手く受けたんだろう。


 一間(二メートル弱)ほども吹き飛ばされたけど、ぐらついてはいても倒れもせずに立っている。

 そしてその二人が抜けた穴を埋めるように、たぶん軽戦士が飛び出してきた。


 やはり二人だ。

 こいつらもかなり強い。


 やや背の高い青い甲虫のようなモンスターは、なんとアスカとほぼ互角に切り結んでいる。

 まっすぐで迷いのない良い太刀筋だ。


 そしてサリエリと戦っている黒いカマキリ風のモンスターは曲線的でトリッキーな動きだけど無駄はなくて、変な言い方だけどずこく的確なトリッキーさである。


「これはなかなか!」

「やるぅ~」


 アスカとサリエリの顔に不敵な笑みが浮かんだ。

 いやいや。

 なんで楽しそうなのさ。ふたりとも。



 

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