第228話 ラクリス奪還作戦(3)


 ホールの出入口は一ヶ所しかない。

 これは、守る側にとって非常に有利だ。


 だって、入ってきたところを叩けば良いだけなんだもん。

 扉を同時にくぐれるのは、どう頑張っても二人くらいまで。ちゃんと戦える状態でって考えたら一人でもしんどいだろう。


 対して守る側は普通に三、四人くらいで待ち構えられるしね。

 その程度軽く突破してやるぜ! なーんて考える人は、たぶん最初の冒険でお亡くなりになっていると思うよ。


「つまり、厄介な場所に逃げ込まれたということだな。ライオネル」


 やれやれとギルド長が大きく息を吐く。

 だからモンスターどもは簡単に後退したのか、と。


「そう、それはたしかに正解ですよ。ギルド長。半分だけですけどね」

「半分だと?」


「敵さんは、わざわざ不利を抱え込んでくれましたから」

「いや、お前さっき守る側が有利っていったじゃないか」


 眉間のあたりに手を当てたりして。

 そりゃあ言ったさ。

 けど、どうして敵が守る側だと決めてかかってるんだい?


「モンスターたちは、一匹ずつしか出てこられないってことですよ。そして俺たちは数人で待ち構えることができる」

「……これだから軍師は……」


 苦虫を噛み潰したような顔だ。

 褒められた、と思っておきますよ。


 敵は守りやすく攻めにくい場所まで後退した。

 じつはこれ、俺たちにとってものすごく有利な話なのである。


 まず、敵が攻勢に出るポイントを絞ることができる。同時多発的にあちこちから攻めてこられたら対処は大変だけど、いまは一ヶ所しかない。

 これだけでも、こちらの負担はものすごく軽減するんだ。


 そして俺たちが守ろうとしたとき、敵は常に各個撃破のリスクを背負わなくてはいけないってこと。


「攻める側は大変だ。さて、そこで問題です。俺たち冒険者は攻める立場でしょうか? 守る立場でしょうか?」


 そういって、俺はぐるりと周囲を見回した。

 唖然としている者や、ハンマーで頭を殴られたような顔をしている者もいる。


 くすくす笑ってるのはミリアリアとサリエリくらいだね。

 まあ彼女たちはいつも俺の作戦を実行している立場だから。


 あまりにも敵がためらいなく退いちゃったから勘違いしてしまいがちだけど、俺たちは攻め手じゃない。

 このラクリス迷宮に一定期間敵を封じ込めておくだけで、充分な勝利だったりする。


 なぜならこちらには補給線があるから。

 ガイリアシティからいくらでも物資が送られてくる。

 三年でも五年でも持久戦を展開できるだろう。


 でも敵はそうじゃない。

 ダンジョンの中にどうやって物資を届けるかって話になるからね。現実を見れば、一年なんて絶対に保たないさ。


「だから母さんは、アスカに追撃させなかったんですよね」

「あまりにも見事な逃げっぷりだったからな。罠を疑いたくもなる」


 訳知り顔のミリアリアの頭を、わしゃわしゃと撫でてやる。

 小柄な魔法使いがくすぐったそうに目を細めた。


 敵の行動があまりにも徹底していたからこそ、俺は作意を感じたのである。

 普通は、あそこまで完璧になんて逃げられない。

 むっきー! 俺が食い止めてやるぜー! なんていう近視眼の輩が一人や二人は出るものだから。


「つまり敵には戦術が判る人間がいて、前線の連中はその指示に従って戦ってるんじゃないかって思ったんだ」


 一方的に攻める展開だったのが、こちらが反撃に転じたのを敏感に察知したのだろう。

 こっちの勢いを逆用して各個撃破しようと目論んだ。

 そして、それを読んだ俺が仕掛けたのである。


「封じ込め作戦をな」

「……軍師って連中は、いったい何手先で読み合いをしてやがるんだ」


 げっそりと疲れたような顔のギルド長である。

 そんなに褒めるなって。

 照れるだろ。


「ともあれ、うまいことホールに陣取った敵さんだけど、じつは追い込まれたんだってことにすぐに気づく。あるいは、もう気づいているかもしれないな」


 そしたら、次は行動しないといけない。

 どう選択するかな?

 俺はまたぐるりと仮作戦室に集ったメンバーを見回した。


「不利を承知で攻勢に出るか、こちらの出方をうかがって膠着状態を維持するか、あるいは十階層の維持は諦めて十一階層に撤退するか」

「一つめを選ぶような敵ならぁ、そもそもこんなに鮮やかに後退しないよねぃ」


 のへのへと気の抜けまくった言い方をして、しまりのない笑い方をするのはサリエリだ。


 ガイリアにきたばかりの頃は、この口調と表情のせいで、もしかして少し頭が緩いんじゃないかって思われていたくらいなんだけど、いまはそんなことを思う人間は一人もいない。


『希望』のセカンドアタッカー。

 エースのアスカが思う存分に戦えるのは、まさしく彼女のおかげなのである。

 アスカをさりげなくカバーして、フォローして、おびただしい戦果をあげてきた。


 じつはアスカより高く評価している軍人さんなんかも多いくらいだったりする。

 マスル時代にいわれていた『寝惚け眼スリーピーアイズ』の通称は伊達ではないってところだろう。


「サリエリはどう読む?」

「きっとネルネルがぁ、やられたらやだなって思ってる方を選ぶよぉ」


「大変ス! ホールがもぬけの殻になったス!」


 モンスターどもの動きを見張っていた斥候たちを代表して、メグが駆け込んできた。


「ほらねぃ」


 のへーってサリエリが笑う。


 俺はなんともいえない表情で両手を広げてみせた。

 読み勝って敵を追い込んだのが、これでさらっとリセットされてしまったわけである。


 十一階層で、一から仕切り直しだ。




 

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