第143話 オカン敗北


 森の中にいる人物、これを仮にライオネルとする。


 彼を助けるために青年団のメンバーが、せっせと物資や食料を運んでいた。この青年団メンバーを、仮にアスカ、ミリアリア、メイシャ、メグ、サリエリとする。


 最初は家から無断で持っていっていたのだが、泥棒の仕業だと噂が立ち、やむなく彼女たちは別の方法を採ることにした。

 街道を歩いている人たちから通行料を徴収し、その金で食料など買うのである。


 しかし、結局それもバレてリーダーのアスカは捕まってしまった。


「そのことを森の中にいるライオネルは知ったのだぁ。どうするライオネルぅ。また来週~」

「だーしてくれぇー」


 サリエリがクソナレーションを入れ、アスカがクソ演技で花を添える。

 その小芝居の意味は判らないけど、言いたいことは判ったよ。


「そのライオネルが俺だとすれば、どんな手段を使ってもアスカを助けるだろうな」

「やった! 母ちゃん愛してる!」


「この場合だと俺自身が盗賊として村を襲い、頃合いを見て逃げる。そしてもう二度とこのあたりには近づかない」

「ええっ!? 連れて逃げてよ!」


 ちょいちょい横から口を挟んでくるアスカをスルーしながら、俺は思考を進める。


 俺のために青年団が犠牲になるというのはダメだ。

 まあ、村の牢屋くらい破るのは簡単だけど、それをすると裁きを待っているアスカもこの村に住めなくなってしまう。


「なるほどなぁ。それで俺たちを足止めできるタイミングで矢文か」

「『希望』と戦ってぇ、まんま逃げおおせる自信があるってことだよねぇ」


 のへーっと笑うサリエリ。

 十町の距離で正確な遠矢をみせた相手だ。

 よほどの自信があるんだろう。


「なんか青年団の人たちと強い絆があるって感じだね! ちょっと戦いにくいかも!」


 俺たちにオーバーラップして考えてしまったせいで、アスカが妙に感情移入している。


「あくまで予測だからな。とっ捕まえて訊いてみないと、本当のところはわからんさ」


 赤毛を撫でてやりながら、アスカの迷いを解きほぐす。

 逃げるために戦ってくるだろう、と、勝手に予測を立てるのは危険だ。

 相手のことなんかなにも判らないのだから。


「凶猛な盗賊で、この機会こそを狙っていたって可能性もゼロじゃないですしね」

「オレ的にはぐるぐる考えるのも飽きてきたス。とっとと捕まえて終わりにしたいスよ」


 慎重論を唱えるミリアリアに向かい、メグが肩をすくめてみせた。

 いずれにしても今夜、襲撃があるはずである。

 予告状通りなら。






 村の広場に陣取る。

 寄って戦う街壁などは存在しないので、結局ここが一番戦いやすいのだ。


「きたス」


 小さく呟いたメグの姿が、すうっと闇に溶ける。

 隠形して遊撃の位置につくのだ。


 まだ相手の姿は見えないが、気配探知に優れた彼女には判ったのだろう。


 きん、と虚空に音が響く。

 一瞬だけ、メグともう一人、小柄な影が現れすぐに消える。


 まじか。

 向こうも斥候を隠形させて接近させてたってことか。


 となると、次は当然。


「アスカ。サリエリ。前進だ。メイシャとミリアリアは俺の後ろへ」


 焔断を抜いて指示を飛ばす。

 アスカが左前方、サリエリが右前方へ、放射状に広がっていく。


 それを迎え撃つように現れる影。

 やはり剣士っぽい。

 すぐに剣戟の音が響く。


「やるう!」

「闘神にそう言ってもらえると嬉しいわね!」


 聞こえた声は女性のものだった。

 やはり相手も同じような布陣で戦っている。


 斥候には斥候を、剣士には剣士をぶつけているのだ。


 なにしろ『希望』って有名になっちゃったからね。戦い方が研究されていてもおかしくない。

 アスカとサリエリが前に出ることを相手は予測していた。


 そこに剣士をぶつけたということは、意図は足止めとみて間違いない。

 がら空きになった本陣、つまり俺たち三人を狙う。


「メイシャ。回復を頼むぞ」

「お任せあれですわ」


「ミリアリア。魔法は速射系を優先して手数で勝負してくれ」

「了解です。母さん」


 待ち構える。

 前か、後ろか。

 だが俺の読んでいたタイミングで敵は現れなかった。


「ちょ! いきなり二対一!?」

「このレベル二人の相手はきついのん~」


 それどころか前戦から声が響く。

 向こうを厚くしたのか!?


 やばい!

 読み負けた!


「ミリアリア。攻撃中止。照明魔法を」

「了解。光よライティング!」


 フェンリルの杖からいくつもの光弾が撃ちあがり、闇を照らす。

 真昼のように、とまではいかないけど、薄暮くらいの明るさで。


 とにかく、読み負けてしまった以上、暗闇の中で指揮を執り続けるのは不利に過ぎる。


「うそ……だろ?」


 そして視界が開けたことで、俺は信じられないものを見ることになった。

 アスカとサリエリが防戦一方に追い込まれているのである。


 たしかに二対一で数的な劣勢だけど、敵の強さもまた半端ではない。あのサリエリをして、表情が引き締まっているのだ。

 悪魔と戦ったときだってのへっとしていたのに。


 とくにアスカと戦っている黒髪の女剣士は化け物みたいに強い。それより一段は落ちるけどもう一人を相手にしているのだから、アスカもまったく余裕がない。


 えっと、どうする。

 俺が前戦に出るか魔法で援護射撃か。


 迷いは一瞬。

 そしてその一瞬の間に勝負はついてしまった。


「あぐっ!」


 どさっと地面に落ちたメグが、右手を後ろ手に捻りあげられている。


 しまった……。


 アスカとサリエリに二枚ぶつけたんだ。メグにだって当然のようにマークは二人つくだろうって予測できなかった。


 いつも見事な活躍を見せてくれていたから、彼女のことは見る・・必要がないと勝手に思い込んでいた。

 軍師失格である。


「オレにかまわず! ネルダンさん!」

「そんなこと、できるわけないだろ。降参だ」


 焔断を地面に捨て、俺は両手を頭の上にあげた。

 

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