閑話 新たな戦争


 マスル王国とガイリア王国が強固に結びついたことで、ダガン帝国の立場は微妙になった。

 これまでマスルにとって最大の貿易相手国がダガンであったから、多少の無理を押し通すことができたのである。

 援助金を出してくれとか開発援助をしてくれとか。


 断ると、五百年前の建国のときに力を貸した恩を忘れたのか、などといってごねるのだ。

 あげく戦争の準備まで始めるから性質が悪い。


 マスル王国首脳部としては、面倒くさいことこの上ない相手だ。

 しかし、マスルが誇る魔導機械たちを動かすために魔晶石は絶対に必要なのである。その輸入元がダカン帝国だった。

 これまでは。


 今後はガイリア王国から、もっとずっと良質な魔晶石を買うことができる。

 だからといってマスル王国政府としては、いきなりダガンと断交するつもりはなかった。


 隣国として誠意と礼節をもった付き合いをすべきだとして、毎年毎年要求されている支援金をストップするという決議をしただけである。

 それを受け、ダガン帝国は宣戦布告をおこなった。


「というのがこれまでの状況さ」


 リアクターシップの船内。帰路を急ぎながらソンネル船長が説明する。


「ダガン帝国とやらが面倒くさい相手だってことはよく判りましたよ」


 ライオネルが肩をすくめた。

 インダーラからマスルまで魔導汽船なら七日の距離も、リアクターシップの速度ならば一昼夜の飛行で到着できる。


「けど、そこに俺たちが絡む理由が判らないですね」


 ことはマスルとダガンの問題だ。

 ガイリア王国はもとより、市井の冒険者にすぎないライオネルにとっては、はっきりと無関係な事態なのである。


「うちの王様からも説明があると思うけどね。ガイリアは援兵を送ることを決定したんだ。それがきみ」


 ぴっとライオネルを指さすソンネルだった。

 かるく軍師が肩をすくめる。


「判っていたんだろう? 僕に言われるまでもなく」

「そうでなければ良いな、とは思ってましたよ」


 ガイリア国王ロスカンドロスは、軍師ライオネルを長として二百名の派遣を決定した。

 内訳としては冒険者と傭兵の混成部隊である。

 志願兵を募り、集まった中から精鋭だけを選抜した。


「それにしても二百は少なくないです?」


 下顎を右手で撫でながら、ライオネルが訊ねる。

 なぜ自分なのか、という趣旨の質問はしなかった。


 リントライト動乱で名を馳せたライオネル隊である。

 その名前が意味を持つのだ。下手に正規軍を派遣するよりずっと。


 軍師ライオネルを中心として、闘神アスカ、聖女メイシャ、大賢者ミリアリアなど、そうそうたるメンバーが名を連ねているのだから。

 もちろん勇者サリエリや韋駄天メグも忘れてはならない。

 これに、ナザルやジョシュア、ニコルといった強者たちが加わるのだ。


 千人もいれば、かなりの戦果があげられることだろう。

 しかし二百では、採れる作戦だって少ない。


 戦局全体に影響を及ぼすなど、できるわけもないのである。

 そしてさすがに、カタチだけの参戦ならライオネル隊を使うのは人的資源の浪費というものだ。


「まあ、定員があるから仕方ないね」

「定員?」

「そこは、リーサンサンに着いてのお楽しみとしておこうかな」


 にやりと笑う船長である。






 そしてライオネルをはじめとした『希望』の一行は、魔王イングラル貸し与えられた武器をみてのけぞることとなった。


 フロートトレイン。

 リーサンサンとガイリアシティを結ぶことになっていた、魔導列車である。

 地上から少し浮いて走るため、どんな悪路でも走行することができ、最高速度なら二頭立て馬車の十倍も出すことができるという、古代魔法文明の英知だ。


「これを貸してやるから、好きなように暴れてくれ」


 とは魔王直々の言葉である。

 二百人というのはフロートトレインに乗れる数だったのだ。


 当初イングラルは、この魔導列車を物資輸送に使うつもりだったのだが、魔導通信で会話したカイトス将軍にアイデアをもらったのである。

 ライオネルに預けて、好きなように使わせてみたらどうか、と。


 これを魔王は面白いと思った。

 両国首脳部が一目置く軍師に古代魔導技術の結晶。

 どのような化学変化があるか、見てみたいと思ったのである。


「そんな理由で俺にフロートトレインを貸して、壊してしまっても責任は取れませんよ? 陛下」

「なるべく壊さないでくれ。技術的には解明できたから、じきに量産できるとは思うが」


 一年くらいはこれひとつしかないから、などと言って魔王が笑う。

 ライオネルとしては苦笑するしかない。

 もう量産の目処がついているのか、と。


「ともあれ、国境付近にダガン帝国軍が集結しつつある。推定数は六万。進軍を始める前にライオネルが戻って良かった」


 対するマスル王国軍は、グラント魔将軍、サムエル魔将軍、アバンチ魔将軍、ドズル魔将軍がそれぞれ一万を率い、魔王イングラル自らが総指揮を執る。

 ざっと五万の兵力だ。


「ていうか、俺、べつにいらなくないですか?」

「まともに戦ったら双方ともに損害が大きくなってしまうからな。一大会戦になる前に、ダガンの連中が諦めてくれたら最高だ」

「つまり、嫌がらせをしてこいってことですか」


 両手を広げてみせるライオネル。

 魔王は肯定しなかったが、べつに否定もしなかった。


 ここから先は軍師ライオネルの裁量。

 どのように判断し、どのように行動したとしても、イングラルは掣肘するつもりがない。


「どんな奇跡を起こしてくれるか、楽しみにしてるぞ。ライオネル」

「あまり過大な期待はしないでください。陛下」


 差し出された魔王の右手を、がっちりと軍師が握り返した。

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