第6章

第76話 新年! 新国家!


 年明けとともに、ガイリア王国の建国が宣言された。

 国王はドロス伯爵あらため、ロスカンドロス一世陛下。王国軍三万を統べるのは大将軍に就任したカイトス閣下。

 まあ、順当な人事だね。


 全軍で三万しかいないのに大将軍ってのも、ちょっと滑稽ではあるけど、国軍のトップだよって印象づけるためには必要だし。

 それに、実利のないことに頭を悩ませる余裕もなかったりするんだ。


 というのも難民問題が、どーんと迫ってきてるから。

 リントライト王国の王城が愚王モリスンの放火によって燃え落ちてしまったため、どの貴族もガラングランの支配に乗り出さなかったのである。


「え? どういうことです? ネル母さん」


 俺が洗った食器の水分を拭き取りながらミリアリアが訊た。

 ちょっと言葉が足りなかったかな。


 新しくなったクランハウスで新年を迎え、お祝いムードも一段落したはずの『希望』だけど、まだまだぜんぜん緊張感は戻ってこない。


 あ、年が明けたんで、みんな無事に歳を取ったよ。


 俺は数え二十四(満二十三)、アスカ、ミリアリア、メイシャは数え十七(満十六)。サリエリは数え十九(満十八)。

 そして、今年メグか数え十八(満十七)になって、大人の仲間入りをした。


 だからこそ、新年のお祝いはものすごく盛大になったんだけどね。

 ちゃんと生きて大人になれたから。


 これだけでもたいしたものなのに、去年の激動はすごかったもの。

『希望』が一人も欠けることなく新年を迎えられたことを、みんな至高神に感謝したよ。


 ともあれ、ガラングランは非戦闘員の命をひとつも犠牲にすることなく解放された。

 これ自体は喜ばしいことなんだけど、モリスン王は城に火を放ってしまったんだ。家族みんなと自害してね。

 中には乳飲み子もいたっていうから後味の悪い話さ。


 で、燃え落ちたのは城と彼らだけでなく、代々ため込んできた財宝なんかも一緒だってこと。


 ガラングランを支配する目的って、じつはそれを独り占めしたいってのが八割くらいなんだよ。

 生産より消費の方がはるかに過大な街だし。


 一国の首都として、各地の富が集散していたいままでならともかく、これからは、ただのでかい田舎町になっていくだろう。

 城もない、財宝もない、ただ人が多いだけ、なんて街を支配したい新国家なんてなくて、ガラングランは空白地になってしまった。


 そしたら当然のように蔓延はびこるのが悪党どもだよね。

 取り締まる人がいないんだもの。

 普通に生きたい人たちにとっては、この世の地獄になってしまう。


「で、乱立した新国家の中で、最も豊かで最も信義に厚く、最も民を大切にするガイリア王国に、難民が押し寄せてきたってわけさ」

「ちなみに、ガラングランの至高神教会の方々もガイリアに逃げてきましたわ」


 ひょこっと台所に顔を出したメイシャが言う。

 そして、さも当然のように作業台の上のお菓子を持って去っていった。


 うん。

 まるで息をするようにつまみ食いをする娘である。


「でもそれって、けっこう困ったことなんじゃないです?」


 苦笑でメイシャを見送ったミリアリアが、こてんと小首をかしげた。

 もちろんつまみ食いの話ではない。






 パウル平原会戦で恭順を誓った王国軍は、なんと三万を超える。

 これをそのまま軍に組み込んでしまうわけにはいかない。

 元々のガイリア軍より多い投降兵を内包してしまったら、統制どころではないからだ。


 義勇兵が解散し、二万まで数を減らしたガイリア軍は、それでもなんとか一万人を兵士として採用したが、かなり苦肉の策である。

 カイトス将軍の人望とキリル参謀の組織運営能力があるから、ぎりぎり可能だったというべきかな。


 残り二万は軍役には付かせず、普通の移住希望者として扱うことになったわけだ。

 言うだけなら簡単だけど、二万ですよ?


 住居をどうするか、仕事をどうするか、食べ物をどうするか。

 問題なんて、一山いくらで数えるくらいある。


 そこにもってきて、ガラングランからの難民が数十万だもの。

 どうすりゃ良いんだって話だよね。

 まさか追い返すわけにもいかないし。


「ネル母ちゃん! お客さんだよ!」


 洗い物を追えて居間に戻ると、たたたっとアスカが駆け寄ってきた。

 応接間に通しているという。


 すごいだろ? 『希望』のクランハウスには応接間があるんだぜ?

 居間と屋根裏しかなかった小屋とは大違い!


「わかった。すぐいく。どなただった?」

「伯爵様の使者!」

「こらこら。もう伯爵じゃないだろ」


 見事な赤毛を撫でてやると、てへっとアスカが舌を出した。


「王様だった!」


 まあ、即位から半月も経っていないからね。簡単には慣れないよな。


「お茶とお菓子……は、メイシャに持って行かれたんだった。お茶だけ頼む」

「わかった!」


 びしっと騎士風の敬礼をして、アスカが台所へと走り去ってゆく。

 なんか彼女の中では、ああいうのがブームらしい。

 騎士ってのは奉ずる者で、形だけ真似れば良いって話でもないんだけどね。

 子供のやることだから仕方ないけど。


「お待たせしました。ジーニカさん」


 応接間に入ると、第一秘書官のジーニカ女史がなぜか立ったまま待っていた。

 並み居る俊秀をおさえて女だてらに第一秘書に抜擢された才媛である。

 ロスカンドロス王の隠し子って噂もあるけどね。


「こちらこそ、先触れも出さずに突然押しかけてしまい、申し訳ありません。軍師ライオネル」


 かしこまって頭を下げる。


「ですが、どうしても伝えて欲しいと陛下に言われまして。しかも一字一句、ポーズまで再現しろと」

「再現て、なんですか? それは」


 笑ってる俺の前まで歩いてきて、なんとジーニカ女史ががたっと両膝を床に付いた。


「へ?」


 面食らう俺の足にすがりつく。


「たすけてぇぇぇ! ライオネルぅぅぅぅ!」

「なんじゃそりゃああああ!」


 俺の絶叫が、クランハウス中に響き渡った。


 

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