第63話 軍師ライオネル


「ネルママ。全員の治療が完了しましたわ。今後の戦闘参加は無理な方が十二名おりますが、死者はおりませんわ」

「お疲れさん。お前さんたちがいてくれるから、兵士は思い切り戦えるよ」


 報告にきたメイシャの金髪をぽんぽんと撫でた。

 重傷者はガイリアの街に後送するよう指示して、俺は王国軍の天幕を遠望する。


 夜が明けとともに、損害があきらかになり、絶望的な表情で部隊の再編成をおこなっているようだ。

 怒りにまかせて宿とかを壊し回ってる連中もいるけど。


 昨夜の夜襲に先立って、宿場の人たちは全員避難させている。今頃はガイリアの街に入っているだろう。

 つまり、昨日宿場町にいたのは、働いている人も客も含めて、すべてライオネル隊のメンバーだったというわけだ。


 給仕の娘に絡んでいた酔客も、それを助けた王国軍の隊長に形ばかりのお礼だといって高級ワインを差し入れた宿の主人も、幹部連中の侠気を称えながら酌をしていた商売女たちも、ぜーんぶ仕込みである。

 もちろん飲ませた酒には、朝までぐっすり寝られるように、眠り薬が入れてあったという寸法だ。


 こういう小細工をできるのが冒険者の冒険者たる所以で、ただ戦っていれば良い正規軍とはひと味違う。


「さて、敵さんはどう動くかな」

「普通に考えれば撤退ですよね。三割も失ってしまったんですから」


 俺の横に立ったミリアリアが言った。


 一割が戦死したら、たとえ勝ったとしても喜べない、というのが軍事上の常識である。

 すでにして三割、九百名を超える損害を出してしまった王国軍は大敗といっても過言ではなく、撤退という選択をとる理由としては充分だろう。


「けど敵としてはだまし討ちにやられただけ、という思いが強いだろうからな。なんらかの戦功を立てないと、退くに退けないだろうさ」


 頭に血が上って、カッカきちゃってるわけだ。

 宿場の建物とかを無意味に壊してるのがその証拠。騙された怒りを無機物にぶつけているのである。


「でも、物資も少ないですし、退くしかないのでは?」

「それなー」


 ぽりぽりと俺は頭を掻く。

 王国軍の補給物資を焼くように、という指示を俺は出していない。


 けど、突撃を敢行していたジョシュア中隊が、たまたま物資の集積場所を見つけてしまったのだ。

 見つけたら焼いちゃうでしょ。普通に。

 素通りしてやる理由なんかないからね。


 まさか俺も、物資集積所を見つけられるなんて思ってなかったから、敵の補給に大ダメージを与えたことについては、まったくの計算外である。

 良いことではあるんだけどね。


 これはこれで、またべつの計算が必要になってくるのだ。


「怖いのは、近隣の村を襲って食料を調達しよう、とか考えることなんだよな」

「そこまでやります?」

「ガイリア領内の人間は全部敵だ、って、思い詰めないとは言い切れないな。だから、余計なことをする前に、ほうほうの体で逃げ帰って欲しいんだよ。こっちとしては」


 肩をすくめた俺は、ミリアリアに依頼して、また幹部連中を集めてもらった。

 次の短期的な作戦を伝えるために。







 草原に布陣する俺たちを発見し、王国軍は戸惑ったように足を止めた。

 しばらく前に、王都からの追撃部隊をやっつけた場所である。


 奇しくも、とはいえない。

 大軍を展開しやすく戦いやすい場所ってのは、限定されるからね。


 俺が指揮棒代わりの剣を振ると、ライオネル隊はゆっくりと後退を始める。

 まるで相手の攻勢を誘うように。

 しかし王国軍は動かない。

 二千名ちょっとっていう、こっちの倍の兵力があるのに、やたら慎重に出方をうかがっている。


 そうこうしているうちに、俺たちは三手に分かれた。

 ジョシュア中隊とニコル中隊の四百名は左翼へ、ナザル中隊とサリエリ中隊の四百名は右翼へ。


 天頂から俯瞰すれば、王国軍二千を三方から包囲しようとしているように見えるだろう。

 半数の兵力で。

 どう考えても無謀すぎるのに王国軍は動かない。


「ネル母さんのいうとおりになりましたけど、なにを考えているのでしょう? 王国軍は」


 とっとと突撃すればいいのに、と、ミリアリアが首をかしげる。


「一昨日、罠にかかって散々に打ちのめされたからな。こっちがことさらに隙を見せてやると、また罠なんじゃないかって疑ってしまうのさ」

「でも、そんなことやってる間に、支隊ふたつは最も有利なポジションについちゃいましたよ?」

「そうだな。やっと敵さんもやばいって気づいたみたいだぞ」


 ざわざわと動揺が伝わってくる。

 そして、腹を決めたように、俺たち本隊の方へまっすぐ進撃を始めた。


 まあ、本隊が二百名で一番少ないからね。

 ここをまず潰そうとするだろうさ。


「そして、そう動くだろうと予測してないわけがないんだよな」


 俺は、王国軍の先頭を剣で指し示す。


「魔法隊。斉射三連! 最大火力!!」


 徐々に速度を上げ始めた敵の出鼻をくじくように、攻撃魔法が降り注いだ。


 走り出した先頭が魔法によって氷像になったり燃え落ちちゃったりしたら、普通の人間は驚く。

 いくら鍛えていたって、まず一歩二歩は蹈鞴たたらを踏んでしまう。

 そういうものだ。


 だから先頭の部隊には魔法防御アンチマジックシェルをかけて、しっかりと対策するのである。

 普通はね。


 これは、その普通をやらせないための小細工さ。

 進もうとする兵士ととどまろうとする兵士がぶつかり合い、王国軍の陣形が乱れる。


「いまだ」


 俺は剣を振り上げ、そして振り下ろした。

 その瞬間、左右両翼から、四百ずつの支隊が突入を開始する。


 錐形陣で。

 大型の魔獣の横っ腹を貫くように。


 渋滞が起きてしまった王国軍は迎撃どころではない。

 見事に貫通されて突破を許してしまう。

 そして敵陣を突き抜けた支隊は、ぐるりと方向を変えて再突撃を敢行する。


 ここだ。このタイミング。


「アスカ! いってこい!」

「りょーかい!!」


 喊声を上げ、アスカ分隊も突撃した。

 つまり、前方、右後方、左後方の三方から、同時に突撃されたのである。


 逡巡し、動揺し、混乱している王国軍に、防ぐ術はなかった。

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