第60話 草原の退却戦(3)


 頭を潰された王国軍が秩序を失い逃走を開始する。

 蜘蛛の子を散らすように、統制もなにもなくバラバラな方向へ。


「剥ぎ取りは禁止! 負傷者を収容してガイリアへ急ぐぞ!」


 王国軍の遺体に群がろうとする連中がいたため、俺は声を張りあげた。

 人道的な理由ではなく、時間が惜しいのである。


 戦利品は、兵士にとっても冒険者にとっても大きな収入だから、心苦しくはあるけどね。


「こんなもんを拾わんでも、某が充分な報奨を約束しようぞ!」


 カイトス将軍も大声を出してくれた。

 潮が引くように、味方も撤収準備に入る。


 死者が八人。重傷者が十四人。それがこちらの損害だ。重傷者のうち幾人かは状態が悪く、プリーストたちの回復魔法があってもダメかもしれない。


 対する王国軍は、概算で百二十ほどが戦死している。

 じつに半数以上の損害を出したわけで、とっとと諦めて逃げてくれれば良かったのに、というのが俺の偽らざる感想だ。


「この損耗比率でも、ずっと戦い続けていたら私たちが負けたでしょうね」

「ああ。最後は数の多い方が勝つ。それが消耗戦だからな」


 ミリアリアの呟きに頷く。

 王国軍を百二十名倒したが、まだ敵の方が数が多いのである。


 味方の疲労だって無視できなくなりつつあった。

 時間経過とともにこちらの損害が増えていったであろうこと、万に一つも疑いない。

 だから『葬儀屋』の加勢は、まさに値千金の活躍だったのだ。


「お久しぶりです! ネル副団!」


 ジョシュアが駆け寄ってくる。

 俺より二つ年下の数え二十一(満二十)歳で、『金糸蝶』にはかなり早いうちから加入していた男だ。


 戦い方は勇猛果敢で献身的。俺もここぞという局面には好んでジョシュアを投入していたっけな。

 反対に、彼の親友であるニコルは神速で曲線的、奇襲や陽動なんかを得意としていた。


 懐かしいなぁ。

 と、思ってから俺は苦笑する。


 俺が『金糸蝶』を追放されてから、まだ一年も経過していないのである。


「助かったよ。ジョシュア。良いタイミングで駆けつけてくれた」

「昨日、ギルドに駆け込んできた将軍の使者とかいうのが、緊急依頼だって騒いでたんですよ」


 当初は、冒険者ギルドとしても渋ったらしい。

 だって王国軍と事を構えることになるからね。

 下手をしなくても公然の敵として認識されてしまう。


 けど、カイトス将軍に俺たち『希望』が同行しているのだと知ったとき、決然とジェニファが動いてくれたらしい。


 ガイリアの冒険者を害しようとする者は、王国軍だろうがなんだろうが敵である、と。

 冒険者を、ただの無頼漢だと思って舐めている連中の舌を引っこ抜いてやれ、なんて扇動アジ演説までぶったんだってさ。


 ちょっと見てみたかったね。

 ともあれ、すぐに『葬儀屋』が名乗り出て、即日のうちにガイリアを出発した。


「ありがたいけど、よくもまあナザルがうんといったなぁ」


 ジェニファの扇動演説はともかくとして、王国と正面から対立するなんて事態は避けたいはずだ。

 普通に勝ち目なんてないから。


 ガイリア地方とリントライト王国の対決が不可避となったときに、初めて去就を決めるってところかな。

 それまでは様子見が最も利口な判断だろう。


「そりゃいいますよ。あの人は副団のファンですからね」


 からからとジョシュアが笑う。

 どうでも良いけど、俺はもう『金糸蝶』の副長ではなくて『希望』のリーダーなんだけどな。

 まあ、馴染んだ呼び名ってのはなかなか変えられないものか。


「ファンて」

「ファンさ。アンタが追放されたって聞いたとき、すぐにスカウトに動いたんだけどな」


 ぬっと横からナザルが現れた。

 ずいぶんと買ってもらえてるらしい。


「けど、一足遅かった。まさか即日のうちにスカウトしてた連中がいるとはな」


 俺の近くにいるミリアリアとメイシャ、それから戻ったアスカに視線を送る。

『希望』の初期メンバーだ。


「先見の明!」


 などとアスカが威張っているが、ただの偶然である。

 この危なっかしい娘たちと出会ったことによって、俺は冒険者を続けようと思った。


 そうでなかったら、今頃はどこかの商家で事務の仕事でもしていたかもしれない。

 たぶんね。


 ナザルが誘ってくれても、首を縦には振らなかったんじゃないかな。

 彼は一人前の冒険者で、俺の手助けなどなくても立派にクランを運営しているし。


「で、仕方ないから、アンタが抜けてガタガタになった『金糸蝶』から、ニコルとかジョシュアとか十人ばかり引っ張ったのさ」

「俺らは仕方なく引き抜かれたのか!」


 ジョシュアはげらげらと笑ってるけど、仁義にもとる引き抜き行為だ。

 普通だったら、厳重な抗議があってしかるべきなんだけど、抗議をする『金糸蝶』はもう存在せず、リーダーだった男ももうこの世にはいない。


「今さら俺が口を出す筋ではないけどなぁ」

「アンタはそういうと思ってた。だからアンタのいる組織に対して不義理は絶対にしないのさ」


 ナザルが唇の端を持ち上げる。

 なんとも奇妙な道徳観だな。

 俺に対しては義理を立てるけど、俺のいなくなった『金糸蝶』に対しては容赦しない。


 よくわからん。


「ともあれ、来てくれて本当に助かったよ。ナザル」

「俺はよ。いつかアンタと肩を並べて戦いたかったんだ。今日、夢が叶ったぜ」


 俺が差し出した右手を、がっちりとナザルが握り返した。

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