閑話 魔王さまの憂鬱 3


 サリエリというダークエルフの少女は、べつに愚鈍ではない。

 ただ、たいそう眠そうな顔立ちをしているため、幼少の頃から誤解されやすかった。


 しゃんとしろとか、ちゃんと話を聞けとか、ぼーっとするなとか、親や教師から口が酸っぱくなるくらい言われたものである。

 まさに身におぼえのない叱咤というやつだ。


 学業でも武術でも、同世代の者たちと比較してけっして劣ってなどいなかった。もちろん、数十年に一人の天才などという冠詞のつくものではなかったが。

 それなのに、どういうわけか不真面目に見られる。


 子供の頃はすごく不本意だったし、こんな顔立ちに生んだ親を憎んだりもしたのだが、あるときからサリエリは考えを改めた。

 これは武器である、と。


 周囲の人たちは、この顔に油断してくれる。

 勝手に無能だと、真面目にやっていないと、勘違いしてくれる。

 これほど有利なことはない。


 特性を活かし、士官学校卒業後に彼女が奉職したのは特殊部隊、通称『火消しピースメイカー』である。

 彼女の従姉が司令官だったため多少なりともコネクションがあり、簡単に合格できたという事情もあるが、そこでサリエリはどんどん頭角を現していった。


 相手に安心感を与える、というのとは少し違うが、油断を誘えるというのは非常に有用性の高い個性である。

 無法者や反体制過激派がささやく『寝ぼけ眼スリーピーアイズ』という二つ名は、蔑称ではなく畏称だ。


 眠そうな顔で、のへーっとした言動で、ぼけぼけしているフリで、確実に相手を追いつめ、始末していく。

『火消し』最年少の数え十八(満十七)歳は、すでに伝説になりつつあった。


「いや、うん。それは知っていたし、デキルやつだって報告も何度も受けてるけどな」


 今朝方、早馬が届けた報告を読んで、魔王イングラルは盛大なため息をついた。


 その横では、ミレーヌが頭を抱えている。

 なにしろ彼女が、サリエリの国外活動を許可した張本人だから。


 王宮から宝物を盗み、よからぬたくらみを始めたばかりだったギューネイの捕縛に成功した。

 この報告は喜ばしい。

 報奨の金一封をあげたいくらいだ。


 しかし、五百年も昔に袂を分かっていたピラン卿と会見したとか、捕縛に功績があったのは人間の冒険者だとか、彼らを王宮に招いて謝辞をおくるべきとか。


 もうね、なんでそんな大事になってんの? と問いたい。

 すごく問い詰めてやりたい。


「文面から、まったく状況が想像できない報告書ってのも珍しいよな……」

「しかも書いてることは冷静で虚飾なく、事実のみを羅列してる感じなんですよね。なんなんでしょう? あの娘」


「予に訊くなよ。お前の従妹だろうが」

「じつは陛下と私の子です。こっそり生んで育てました」


「マジで!?」

「嘘ですけどね。で、どう対応しましょうか」


 爆弾発言をしておいてさらっと流す秘書。

 サリエリのサプライズ好きも絶対にお前の血筋だろうとか思いながら、しばし魔王は黙考した。


 功績のあった者を称揚しなくてはならない。

 信賞必罰は、国の寄って立つところだからだ。

 となれば、人間の冒険者とやらと、ピラン卿。これらを王城に招き、歓待の宴を催して、さらにはなんらかの報奨を与えるべきだろう。


 しかし、前者は公敵であるリントライト王国の人間。

 後者のピランにいたっては、名目はともかくとして実質的には独立都市国家だ。その元首を招くってことである。

 ほいほいとできるわけがない。


「どうしよ……」


 ぼそりと呟いてしまう。


「冒険者の方は、個人として招くしかないでしょうね。国とか関係なしで」

「それしかないよな。やっぱり」


 助け船を出してくれたミレーヌに頷く。

 個人として個人に礼を述べる。すこし無理があるが、これで体裁は整うだろう。


 問題はピラン卿の方である。

 彼が今後、マスル王国とどういう関係を築きたいかによって、とるべき対応がまったく異なってくるのだ。

 となれば、ピラン卿の意向を確認し、細部を詰めなくてはならない。


 だれが? って話である。

 現状、彼の地に王国関係者って一人しかいない。すなわちサリエリだ。


 あいつに交渉を委ねるの?

 落とし穴の上に置いた板でタップダンスを踊るようなものじゃん。

 無理無理無理。

 絶対に、間違いなくおかしな方向で解決しちゃう。


 益体もない思考が魔王の頭で渦を巻く。


「私が行きますわ。陛下」

「おおお! 心の友よ!」


 またもやミレーヌが助けてくれた。

 彼女なら能力的にも信頼できるし、イングラルとの付き合いも長いから、代弁者としても過不足ない。


 秘書ということで容儀も軽いから、下手に大臣とか送り込むよりずっと波風が立たないだろう。

 まさに絶妙な人事采配といって良い。


「友ではなく愛人です。イングラル」


 ニコッとミレーヌが笑う。

 怖いことを言いながら。


「愛人として行っちゃダメだよ? 秘書として行くんだよ?」

「わかってます。魔王様は心配性ですね」

「事態を面白くしてやろうとか考えないでね?」

「私をなんだと思ってるのですか?」


 騒動師、という言葉をイングラルはかろうじて飲み込む。

 期待に応えなくては、とか思われたら困るので。


「もちろん、もっとも信頼する部下だ。期待しているぞ。ミレーヌ」

「安んじてお任せあれ」


 優雅な一礼を見せる秘書に、微妙な不安を感じる魔王だった。


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