第40話 魔法使いのサクリャク


 キョロキョロと物珍しそうに周囲を眺めながら、普通に道を歩く。

 演技ではなく本当に物珍しいんだけどね。

 でかい城だし。


 あと、開きっぱなしの大手門の前に立ってるのは魔族だし。

 見た目は人間とほとんど変わらないけど、頭の両側から角が生えてるんだ。一応は人間にとって不倶戴天の敵ってことになってる。


 けど、そんな言葉を信じてるのは王都で気楽な生活を送ってる連中くらいのものだろう。

 少なくともガイリアにはほとんどいないね。


 だって、ガイリア地方の経済なんて、魔族の国であるマスル王国との密貿易で支えられてるようなもんだもの。

 その恩恵のおかげで、俺たち孤児はでかくなれたわけだしね。


 ドロス伯爵と魔族の間で密約があるんだそうだ。孤児院や救護院に充分な支援をしろって。それが物資や食料を輸出してやる条件だって。

 そのせいもあって、ガイリアでは孤児院産業・・が盛んなんだよ。

 健全にやってる孤児院には、それだけ多くの補助金がおりるからね。


 もちろん中には、補助金目的で頭数だけ子供を集めて、ろくに育てもしないで虐待とかしてる孤児院もある。

 悲しいけど、悪いことを考える大人ってのは、どこの業界にもいるんだよな。


 そういう連中をなんとかして、子供たちを助けようぜって作ったのが『金糸蝶』だったんだ。

 夢はどっかで歪んじまったけど。


 ともあれ、孤児院がちゃんと読み書きや算術や、その他生きていくために必要な様々なことを教えてくれたおかげで、いまの俺がある。

 アスカやミリアリア、メイシャもな。


 その一方で、盗賊ギルドに拾われたメグみたいな子供たちもいるし、どっちにも拾われずに死んでいった浮浪児だっているんだ。

 ようするに、魔族との密貿易で潤ってはいても、ガイリアはべつに天国でも理想郷でもないって話。


 ただ恩恵は受けてるんで、魔族ってだけでいきなり拒絶反応を示すような人は少ない。


「止まれ! 何者だ!」


 入口を守る門兵が誰何の声をあげる。


「旅の者です! 道に迷ってしまいまして」


 答えたのは俺だ。


 あ、べつに変装なんかしてないよ。

 こんな場所にいるいる人間って考えたとき、どういう人ならそんなに怪しくないかって考えた結果として、答えは冒険者だったから。


 商人がこんなとこにいるわけないし、傭兵だとかは剣呑だし、かといって難民っていうには男女比がおかしいし。

 ちらっと目配せした魔族たちが大きく手を振る。


「それは大変だったな! たいしてもてなしもできぬが、我が城で休んでいくがいい!」


 親切この上ないことを言って。






 ここまでは計算通りだ。


「簡単に入れてくれましたね。ネル母さんの言葉じゃなきゃ、絶対に信じないところでした」


 くすりと笑うミリアリア。

 城に入るだけなら簡単だ、と、作戦開始前に俺は言っていたのである。


 この城を使っている人が善人なら、困っている人を見捨てるわけがないから。逆に、なにか邪な目的をもって占拠しているなら、城を見たものをだまって帰すはずがない。

 歓待するのが目的でも、暗殺するのが目的でも、どのみち城の中には入れてくれるのだ。


「問題はここからさ。相手の出方次第で対応を変えていかないとならんからな」


 あてがわれたのは客間だ。

 貴人を招くようなものではなく、出入りの商人とかに使わせるような感じの。

 食事と、一晩の宿を提供してくれるんだそうだ。


 気前の良いことではあるが、これはまあ珍しい話ではない。

 城持ちの貴族にとって、ケチだとか貧乏だとか思われるのは最大の屈辱だからね。

 道に迷った旅人に、メシと寝床を与えるくらいのことはするさ。


「メグは、トイレを借りるフリをしてざっと見て回って欲しい」

「わかったス」


「メイシャは、礼拝をしたいとか言って聖堂を見せてもらってくれ。そこまでのルートを憶えるんだ。念のためアスカも一緒に」

「判りましたわ」

「まーかせて!」


 元気に応える僧侶と剣士だ。


「ミリアリアはここで作戦立案を手伝ってくれるか?」

「了解しました」


 斥候と魔法使いの顔は、やや緊張感をはらんでいる。

 本番に弱いミリアリアを手元に置くのは当然としても、メグだけ単独行動というのは若干の不安があるが、こればかりは仕方がない。


 ほかの誰が一緒でも、彼女の足を引っ張ってしまうから。

 最悪、隠形してしまえば、誰にも見つからずに戻ってくることくらいはできるし。


「食事時まであと半刻(一時間)ってところだな。どんなに遅くなっても四半刻(三十分)以内には戻ること。いいな」


 頷いたメグ、アスカ、メイシャの三人が客間を出ていく。

 すぐに廊下から「トイレを借りたい」だの「礼拝したい」だのという声が聞こえてきて、兵士たちの戸惑った気配も伝わってくる。


 けど、とくに断られることはなさそうだ。

 人間でも魔族でも、オスってのは見目麗しい女の子のお願いには弱いことになってるからな。

 あの三人なら、それぞれのやり方で兵士どもをたぶらかすだろう。


「つまり、私は幼児体型だから残されたってことですね。よく判りました」


 つーんとミリアリアが横を向いてしまう。

 拗ねちゃった。


「いやいやいや。俺はミリアリアの知性を当てにして」

「知りませんよ? どうせ私は子供だから知性なんかありませんし」

「そんなことないって。ミリアリアは大人だよ」


 しどろもどろになりながら説得を試みる。

 もしかしたら、世の恋人とか夫婦って、いつもこんなことをやってるんだろろうか。

 などと埒もないことを考えながら。


「私はセックスアピールありますか?」

「もちろんさ!」

「一緒のベットで寝たいなんて思いますか?」

「おう。もちろんお前が成人してからだけどな!」

「ふふ。言質いただきましたよ」


 にまぁ、と、魔法使いが笑った。

 なんだろう。

 俺はなにかまずいことを言ってしまった気がするぞ。


 ともあれ、潜入作戦の始まりである。


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