買い物とお茶と8

「町の漁師たちから報告があったんだ。……ここ数日、魚がまったく獲れなくなったと」


「まったく……っていうのは言葉通りに、だよね?」


「ああ。数で言うならゼロ。今までは不漁とはいえ少しは獲れていたのに、ここ数日はまったくのゼロだ」


 つまり、事態が悪化している。


「それにな……」


「まだなにかあるの?」


「よくわからないんだが、海の様子がおかしいそうなんだ」


 どういう意味だろう。


「漁師によると異様に波が高かったり、風の匂いに異臭が混じっていたり……海の中に妙な影を見たと話す者もいるんだが……」


 ロゼも半信半疑といった感じだ。

 それにしても、まさかここまで問題が深刻になってくるなんて……


「……ごめん、ロゼ」


「どうして謝るんだ?」


「せっかく頼ってくれたのに、わたし……なにもできていないから」


「なっ、クロが謝る必要はない! これは元々、自分が志願してやり始めた仕事なんだ。そこにクロを巻き込んだのは自分だ。それに……クロはよくやってくれている」


 本当にそうだろうか。


「わたしがやったことなんて、せいぜい錬金術で資金稼ぎぐらいだけれど……」


 海産物で稼げない分、わたしが錬成した物を売って町の資金を調達していたのだ。


「だから、かなりの助けになっているんだよ。先立つ物がなければ、どうにもならない。それに、町の住人や冒険者たちも助けてくれているしな。みんなクロに感謝しているんだ」


「……そう、かな」


「もちろん、自分もな」


 ロゼがそう付け加える。


「感謝しているし、すまないと思っている」


「え?」


「自分の我儘に付き合わせてしまって」


「我儘?」


「……白状すると、マリンシェルの調査に志願したのは自分勝手な動機なんだ」


 ロゼは長い睫毛を伏せる。


「どういうこと?」


「実は……父から結婚の話を持ち出されてしまってな」


「けっこん……結婚!?」


 驚きのあまり、わたしは変に高い声を出してしまう。


「ああ。お前もそろそろだろう、などと言われてな。自分は父に言い返したよ。女として嫁ぐよりも、貴族として国を守る仕事がしたいんだと」


「……そしたら?」


「鼻で笑われてしまったよ。『なんの功績もないお前が、なにを言うのか』とな……まぁ、事実だから仕方がない」


 ロゼの父親、なかなか酷いな。


「それで……相手に一度、会わされたんだ。これがまた嫌味な貴族の男でな。絶対に嫁ぎたくないと心底から感じたよ」


 思い出すのも不愉快だと、ロゼは眉をしかめる。


「そんなときだ。国からマリンシェルについてのお達しが来たのは。困り果てた父に、自分は言った。もしマリンシェルの不漁問題を自分が解決できたら、結婚の話はなしにして欲しいと」


「そっか……それじゃあ、がんばらないとね」


 わたしの言葉に、ロゼは目を丸くする。


「……怒らないのか?」


「なにが?」


「いや、自分は……結婚したくがないためにクロを巻き込んでだな……」


「ぜんぜん気にしてないよ」


 きっぱりと告げる。

 むしろ逆に、やる気が出てきたまである。


「ロゼが望んでもいない相手と結婚させられるなんて、わたしも嫌だし」


 友人には不幸になって欲しくない。


「クロ……ありがとう」


 ロゼはうっすら涙を浮かべながら、わたしに微笑んでみせた。


「問題は、これからどうするかだよ」


 状況は確実に深刻化している。


「わたしはオヤカタくんからの情報を元に調査をしてみようと思うんだけど」


 マナの穢れ。

 なにかの原因で土地のマナが穢れているなら、その原因を突き止めればあるいは……。


「具体的には、どこを調べる?」


「……やっぱり海かなぁ」


 主な異常は海で起きている感じだし。

 海は前にも調べたけど、今度は別の……精霊やマナといった角度から調べる。


「では、自分が船を用意しよう」


「うん、よろしく」


 方針は決まった。

 これが解決へと繋がる道だといいんだけど。

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