第5話 念願が叶う………とき?

 突然だが一つ。

 今までは暗い洞窟の中で生き延びてきた。

 だからと言って、鬱になったり自膣神経が乱れたり、そんな不遇は無かった。

 しかし!!

 元人間の俺からしたら、太陽の光は恋しいものなのだ!

 別に俺が陽キャって訳でもないし──どちらかというと陰キャの部類だったし──、逆にヒキニートのように太陽を嫌っている訳でもない。

 だから!太陽の光は恋しく感じるのだ!


「ああ、出口。出口って何処なのよ」


 最近気づいたんだが、前に辰爾に出口聞いとけば良かった。


「つべこべ言わずに歩く。シエルは本当に人間くさいんだから」


 元人間なので。


『同感。本当に人間くさいです』


 だから元人間なのでね!

 十五年近く人間やってたんだから、そりゃ急に別の種族になったとしても人間の感覚は抜けないものでしょ。

 というか、見た目人間だから別に種族であることすら怪しいし。


 暗闇に中でやることも無く途方に暮れている俺たちの今の目的はなんだろうか?

 俺には一つ。


「出口、さがそ?」


 そろそろ本格的に探してみよう。


「いいよ。というかなんで今まで探さなかったの?」


 はい、訊かれました。

 なぜ探さなかったって?

 それはただ単に歩いていれば見つかると思っていたからなんだよなあ。


「いやあ、歩いていればいつか見つかるんじゃないかなって思ったから」


『馬鹿ですね』


 あ。今物凄い自然に罵られた。

 なんか唐突すぎて全然傷つかないんだけど。


「まーた面倒くさがったでしょう。ボクと出会ってから何回目のそれなのよ」


 説教が始まる予感がする。

 薄暗い洞窟のような迷宮の中でモンスターもいなければ暗視があるから火も付けなくていい状態で説教されるのは気分的に嫌なんだけどな。

 どうのこうの考えているうちにまっすぐ前から光が差してきた。

 この様子は!

 俺はここまで長かった、と回想に入………………りたかった。


『回想に入らないでください』


〈賢女〉が俺の考えを読めることを完全に忘れてましたね、はい。


「あれは、出口だ!」


 走りこそしないが、気持ち高らかに出口に向かっていった。

 近づけば近づくほどはっきりと外の景色が見えてきて、出口だということに一層実感を持てた。

 長かった。ここまで来るのに約十年


『もそんなにかかってないです』


 俺たちの、研究は、とうとう世界を救うんだ!


『なんで外に出れただけで世界が救えると思ってるんですか?というかなんの実験してたんですか?バカですか?狂いましたか?』


〈賢女〉に盛大に突っ込まれたあげく、また罵られた。

 俺はMじゃないんだから罵りはしなくていいんだよ!

 おふざけはここまでにして、今は早く外に出たい。


「おお!久しぶりの太陽だ!」


 ギラギラ輝く太陽はこの世界でも共通らしい。

 今日は偶然にも雲ひとつない快晴に恵まれたみたいだから、外は気持ちいいんだろうな。

 今はやることが無いから外で歩こうか。


「おお!ボクも久しぶりの太陽だ」


 スライムくんも久しぶりらしいな。

 なら、


「今日は外で何かしようぜ。久しぶりの外なんだからさ」


 いつものように頭の上に乗っかっているスライムくんを見て言う。

 頭の上にいるから目で見てるだけだけど。

 出口のすぐ先には森が広がっていた。

 空気がうまいと言うのに丁度いい程に澄んでいた。


「ああ、今日は本当にいい天気だな」


 森で森林浴をしていると、ポカポカした気持ちになったからなのか段々眠くなってきた。

 洞窟の中で、寝るのとはまた一味ちがう感じになりそうだな。


「今日の天気はいいね。ボクは眠くなってきたよ」


 相変わらず頭の上からの会話だ。


「結構歩いたしちょっと休憩しようかね?」


 俺の提案にスライムくんは賛成してきた。

 ついでに〈賢女〉も賛成してきた。

 近くにあった開けた空間で一時休憩する事にした。


「いやあ、久しぶりの外だなあ。ピクニックに来るにはちょうどいいところなのに」


 そよ風が涼しい今日と言う日にはそう、ピクニックがもってこいだというのに、今日はそんなセットを持っていないんだよな。

 昔、月とこんな日にピクニックしたこともあったっけな。


「…………月、元気にしてるかな…………」


 昔からずっと一緒に居たのに、突然別れるとこうも寂しいものなんだな。

 そんな気持ちを積もらせて呟いた。


「…………この声が風に乗って月の元まで届けばいいのに…………」


 また呟いた。

 空に舞う葉っぱがどうも懐かしく感じるんだよな。


「俺ももう歳じゃな」


 こんなところでもボケるのかよって思われるかもしれないが、ボケるぞ。


あるじの転生精神体年齢──転生する前の肉体年齢になる──は十五歳で、肉体年齢は一ヶ月にも満たないです。これで歳なら人間なんて滅びてますよね?主様?』


 なんて辛辣な言葉なんでしょうか。


『しかし、何故でしょう?こんな雰囲気の中では確かに歳をとったかのような感覚に見舞われます』


 お?意外にも、〈賢女〉が共感してくれた。

 ここまで辛辣だったがために嬉しく思えてきたんだが?


「おお!やっと〈賢女〉も俺に心を開いてくれたのか!嬉しいな」


 座っていたところに寝転がった。

 草が音を鳴らして揺らめいている。

 風に吹かれて気持ちいいなあ、と思う。

 まるでアニメのように太陽から六角形の光が差しているみたいに見えてしまうのは俺の目がおかしいからだろうか?


『一つ、訂正しておきます。私は今、主に心を開いたわけではありません』


 なんだよ、俺の勘違いだったのかよ。


「そうか。ゴメンな、変な勘違いして。まあ、それでも仲良くやってこうな」


〈賢女〉はもう一つ追加で言った。


『かと言って、主が嫌いなわけでも無いです』


 なんか不思議な状況だな。


「そうなのか?じゃあなんで心を開いてくれないんだ?」


 その問に〈賢女〉は曖昧に答えた。


『もう一度私の言葉を思い出してみてください。私は『、主に心を開いたわけではありません』と言ったのです』


 ?

 どう言うことだ?

 なんか「今」を強調していたけど、それと何か関係があるんだろうか?


『…………だって、私はとっくの昔から主に心を開いていますから…………』


 ぼそっと呟いた。

 この声はシエルにはかすかにしか聞こえていない。


 とっくの昔から、のところしか聞聞こえなかったからよく分からない。

 なんか小声で言うなんて、人間じみたスキルだな。

 今思えば喋り方も流暢だし、会話だけじゃ人間だって言われたら信じてしまいそうになるくらいだ。


「んー。気持ちいい」


 目を瞑ると、鳥の囁く声が聞こえるかもしれない、と思い、目を瞑ってみた。

 鳥のせせらぎは聞こえなかったけど、その代わりにいい匂いがしてきた。

 花の匂いだ。

 肺いっぱいに息を吸うと、甘い花の蜜の匂いが身体中を駆け巡った。

 こういう異世界生活を望んでいたんだな、俺は。


 *****


 目を開けると、空が緋色で染まっていた。


「ん?」


 上半身を起こしてみると、お腹の上に乗っていたスライムくんがズレ落ちた。

 何度かバウンドして、ちょっとだけ遠くまで跳ねていった。

 と言っても、ほんの数mだけど。


「寝てたんだよ」


 スライムくんは戻ると、あぐらを組んだ俺の足に乗る。


「確かに気持ちよかった気はするね」


「シエルよ。ボクが寝る前に寝てしまってどうするんだよ。最初に寝ようとしたのはボクだったのに……」


 ちょっとだけ残念そうだ。


「こういうところでは居眠りに限るね」


 昔、月と行ったピクニックでも、寝てたな。

 起きると横でまだ月が寝てたけど、本当に寝顔は可愛かった。

 今回スライムくんは起きてたけど──起きてた?起きてたことにしよう──、誰かと一緒に寝るのは本当に気持ちがいいものだな。


「そろそろ戻ろうか」


 スライムくんは俺の言葉に少し驚いていた。

 戻るって俺たちにとってはあの迷宮だからな。


「どうしたんだよ急に」


 あんなに出たがってたのにまた戻るのは不思議だろうな。


「ここまでの道のりはスキル〈探索〉でマッピングできたし、出たいときにいつでも出れるようにはしてあるよ。だから大丈夫。それに、やりたいことが出来たしね」


 スライムくんは、じゃあ行こう、と言っていつも通り頭に乗ってきた。

 やりたいことが何かとスライムくんに訊かれたけど、それは後で辰爾と一緒に話そうとした。

 ヒ・ミ・ツ、とだけ言うと、それからスライムくんは何も訊かなかった。

 まるで、俺のことを全部知ってるかのような感じで。

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